第22話 ラリってる

「正吾君、お久しぶりです!沖縄は本当に楽しかったのですが正吾君に会いたくてしょうがなかったので帰って早々にこうして会っている訳です!夜分遅くに申し訳ありません!お土産どうぞ!」


 場所は夜のファミレス。旅行から帰ってきた彼女は以前にも増して良い具合に日焼けしていてとても健康的だ。お土産はお馴染みのちんすこう。まぁ嫌いじゃない。


「ああ。ありがとう。俺も綾香ちゃんに会いたいと思ってたんだ」


「私達、やっぱり両想いですね!……あれ。正吾君、痩せました?それに隈が……」


「……ああ。最近ハマってるゲームがあってさ。綾香ちゃんもいなくて暇だったから、遅くまで遊んでたんだ」


 もちろん嘘だ。やり直し前の記憶が甦ってから以前と同様に眠れなくなっただけ。……いや。同じではないか。前よりはマシだ。そしてその事実が更に俺を苦しめる。それは詰まる所きいちゃんの死に慣れ始めてしまっている事に他ならないのだから。


「そうだ……。綾香ちゃんに謝らないといけないことがある。君がいない間に美人の先輩と知り合ったんだ。両親がイタリアンのお店をやっていて本人も料理が上手だった。彼女の家に招かれてご馳走もしてもらった。彼女、親も忙しくて友達もいなくて一人だったから。可哀想だなって思ったんだ」


 ああ。疲れる。脳が動いていない。支離滅裂な事を言ってるかもしれない。


「……正吾君は、その先輩の事が好きになったんですか?」


「いや。別にそういう訳じゃない。なんとなく、助けなきゃって思ったんだ」


 その予感は当たっていたと言って良い。少しは彼女の踏ん切りの後押しになっただろう。そして何より、俺にとって忘れてはいけない記憶を思い出せた。


「……信じます!正吾君はヒーローですから!日常茶飯事です!ちゃんと私に報告もしてくれてますし!セーフです!……でも。できればもう会わないで欲しいです。……すみません。私が嫌なんです。誰にも貴方を取られたくない」


「……いや。俺は、綾香ちゃんが思ってる程価値のある人間じゃないよ。過大評価だ。君を助けたのだって、別に俺が手を出さなくてもなんとかなっていただろうさ」


 それが一年後か二年後かは分からないが。少なくとも高校生になればリセットされていただろう。


「……何でそんな事言うんですか。正吾君、何だか今日はおかしいです。私、重かったですか?旅行でいない内に、嫌になってた事に気付いたんですか?」


「そんな事はないよ。ただ、そうだな……。綾香ちゃんやしゅんちゃんを見て、君の家族を見て、とても羨ましいと思ってたんだ。ずっと」


「羨ましい、ですか?」


「ああ。とても、幸せそうな家族だなって」


「……普通、だと思います」


「それがさ、その普通は、意外と頑張っても届かないものなんだ。いや。結局のところ、幸せになれないって事は、頑張りが不足しているんだろうな。足りないんだ」


 俺がもっと頑張れていればきいちゃんはもっと幸せだったはずだ。そうでなければ。俺がいくら頑張ったところで同じような結末だったのだとしたら。きいちゃんがあまりにも報われないだろう。


「そんな事ないです!正吾君はいつも頑張ってます!正吾君のお陰で私はとても幸せです!」


 ……全く情けない。こんな子供に気を使われている。良い迷惑だろう。彼女からしたら旅行から帰ってきたら何故か彼氏がネガティブになっているという意味不明な状況。面倒臭いことこの上ないだろう。……俺は何で来てしまった。誰かに弱音を聞いて欲しかったのだろうか。本当に救えない。甘えている。


「いや。ごめん。突然、意味分からないよな。このまま話してても綾香ちゃんを不快にさせるだけだ。今日はお茶だけ飲んだら帰るよ。綾香ちゃんは好きなもの頼みな」


 ピンポーン。従業員の呼び出しボタンを押す。何も頼まず帰るわけにも行かない。間もなく店員が来てオーダーを取る。俺はホットティー。綾香ちゃんはピザ。ピザ?来るのも食べるのも時間掛かりそうだけど。お金だけ置いて帰れば良いか。


「そんなにすぐには帰しませんよ。少なくとも、正吾君がおかしな事になっている理由を聞くまでは」


「……」


 なるほど。確かにこのまま訳が分からず俺が帰ってしまったら彼女は気持ち悪いだろう。……馬鹿だな。来なければ良かった。来るならいつも通り接すれば良かった。理由なんか言えないのだ。本当の事を言おうが嘘を言おうが同じこと。素直に理解出来るのは咲子ちゃんだけだろう。いや彼女でさえ疑うはずだ。本当に困った。うまい言い訳を。なるべく嘘にならないように伝えなければ。


「そうだな。第一に、睡眠不足だからだ。コンディションが良くない。誰だって体調の悪い時には前向きになれないものだ」


「そうだとしても、私には、正吾君が後ろ向きになる理由が思い付きません」


 ……だよな。何も知らない第三者からすれば俺の自己評価が低い意味が分からないだろう。どうしたものか。……疲れた。とりあえず本当の事を言ってみるか。


「実は俺にとってこの人生は二回目なんだ。人生をやり直すにあたって親切な天使に前の人生であった嫌な記憶が封じ込められてたんだけど、綾香ちゃんがいない間にそれを思い出してしまってね。まぁなんというか、前の人生では俺が至らなかったせいで息子を不幸なまま死なせてしまった」


「……」


 綾香ちゃんは黙って聞いている。信じているのかいないのか分からないけど。残念ながら今の俺はうまい嘘を付けるだけの頭は回らない。だから勝手に口が開く。言わなくて良い事もペラペラと。


「……あの時、転校初日に綾香ちゃんを助けたのは、あのままだと君がイジメに会うことを知っていたからだ。実際に行動に出た理由は、今にして思えば少しでも息子に誇れる父親でいたかったからだと思う。綾香ちゃんと付き合うことになったのはオマケ。結果的に言えば綾香ちゃんは俺の嫁としては悪くなかったんだけど、それも、君の事が好きだからとかじゃなくて、君の家庭環境や諸々を判断した結果、綾香ちゃんとなら子供を幸せにできると思ったからだ。まぁ、この人生できいちゃんが生まれてくることはないんだけど」


「……」


 ホットティーのお客様。はい、僕です。

 ……ああ。また間違えた。さっさと帰るならホットじゃなくてアイスにするべきだった。ふぅー、ふぅーと一生懸命紅茶を冷やす。俺は猫舌なのだ。少しだけ喉を潤してから俺は更に余計な事を言う。


「そうだな。頑張る理由を見失ったというか、いくら頑張っても意味がないし、そもそも俺が幸せになること自体が間違っている。天使は親切だと思うけど、余計な事をしてくれた。……ああ。いや、考え方を変えれば、これは罰なのかもしれない。そう。きいちゃんの代わりに、少しでも誰かを幸せにするんだ。前向きに考えれば、俺は贖罪の機会を与えられたとも取れる。まぁでもさ」


 こんな理由で、俺に幸せにされるのも嫌だろう?


 俺は告げる。綾香ちゃんは未だ口を開かない。ピザが届く。彼女は無言で食べ始める。俺は俺でホットティーを飲み終わる。もう話すこともない。財布から紙幣を取り出し席を立とうとする。


「待ってください。私、まだ食べてます。考え中です!座ってください!」


「いや、今の話が本当でも嘘でも、もう、ありえないだろう?」


 本当なら重すぎるし嘘なら狂人だ。それか余程綾香ちゃんと別れたいか。そうだな。普通に考えたらそれだ。俺が美人の先輩と付き合いたいがために無理な嘘を言っている。というかこの話を本当だと判断するようならそれこそ狂人だろう。


「考え中です!大人しく座っていてください!」


 ……仕方ないので俺は座る。特にやることもない。店内は他の客でガヤガヤしていて少し安心する。睡眠不足もありウトウトする……。


「正吾君!起きてください!結論が出ました!」


 ……綾香ちゃんの声で起こされる。いつの間にか寝ていたようだ。


「正吾君の言った事は本当だと信じることにします!だから正吾君は私と生まれてくる子供を幸せにしてください!私は、子供と正吾君を幸せにします!」


 ……ははっ。綾香ちゃん、良い感じにラリってんなぁ。



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