第23話 みんな優しい
「あら、お久しぶり。こんな所で何をしているのかしら」
「……部活を頑張り過ぎた結果、かなぁ。咲子ちゃんは?」
夏休みも終わりに近付いている季節。相変わらず俺の睡眠不足は解消されずこんな事では他の誰かを幸せにすることも不可能だってことで一先ず部活でがむしゃらに身体を苛めてみた。倒れた。すぐに意識は回復したけど一応保健室で休んでから帰る事になった。ちなみに夏休み中なので保健室の先生は特定の日にしか出勤していなくて今日はいない。結果的に少し寝れたから良しとしよう。咲子ちゃんが来なければもう少し眠れた気もするけど。
「部活が終わって帰ろうと思ったら、あなたが倒れたという話が聞こえてきたから」
咲子ちゃんとは最後に彼女の家に行ってからは会っていなかった。連絡先を交換している訳でもないし最近の俺は部活が終わったら綾香ちゃんを待たずに帰っていたから会うこともなかったのだ。
「……少し見ない間に、痩せたというか、やつれた?かしら。まさか。旅行から帰ってきた彼女とよろしくやってるのかしら」
いやどんだけ?漫画やアニメではお馴染みの表現だけど現実でそんな事ある?
「咲子ちゃんの予想は外れてるけど、まぁ、色々あってさ。ああ、そうだ。咲子ちゃんの事、綾香ちゃんに報告してみたよ」
「……あなた凄いわね。プロポーズされましたって?」
「いや。流石にそこまで言ってないけど。美人で、とても料理が上手いんだって説明した」
「あなた、馬鹿じゃないの。それとも、私の話を受けてくれる気になったと解釈して良いのかしら。彼女はなんて?」
「俺の事を取られたくないから、もう会わないで欲しいってさ」
「なるほど。手強いわね。良い彼女さんじゃない」
「そうかもしれない。俺には勿体ないくらいだ」
「それで?何でそんなに疲れてる訳?」
「……」
誤魔化されてくれないというか彼女は彼女で俺の事を心配してくれてるのだろう。鏡を見たら実際病人みたいだから当然なのかも知れない。睡眠って大事だよね。
「いやぁ、最近眠れなくて。咲子ちゃんがプロポーズしてきて以来、ずっと動悸が止まらない。疲れたら寝れるかと思って頑張った結果倒れた訳です」
起点はそこだしまぁ嘘ではない。
「……私のような美人から告白されたのだから分からなくもないけど、そうはならないでしょう」
ですよね。しばし沈黙。
「……咲子ちゃんてさ、前の人生で色々あって、眠れなくてボーッとして事故にあった訳でしょ?今は大丈夫なの?」
「あの話、本当に真に受けてるの?私が言うのもなんだけど、良く考えると頭おかしいわよね。私も、それを信じる正吾も」
……やっぱりそうだよな。咲子ちゃんもあの日は感情的になっていたようだから違和感を感じなかったのかも知れないけど冷静になればおかしいのだ。
「……そうねぇ。言っても私が今の人生をスタートしたのって8歳くらいだから。当時は混乱してたりで色々あったけど、7年も経てば流石に耐えられるようになってくるわ。あ、最近は正吾のせいで少しフラッシュバックしてるかも。責任取ってくれるかしら」
「……ちなみに、咲子ちゃんが死んだ時って何歳だった?」
「27の時ね。……ねぇ。あまり思い出したい記憶でもないから、そろそろ勘弁してもらえると有難いのだけど」
つまり彼女の中身は34歳な訳だ。俺は30で死んでこっちで一年経つから31歳。
「咲子ちゃん、俺より3歳上だったんだなぁ……」
あ。やば。
「は?あなた、何を言ってるの……?」
「あ、……いや。道理で大人びてるなってね」
「あなたより3歳だけ?……ねぇ。もしかしてだけど。正吾も、そうなの?それなら私の話を信じるのも分かるし、自分がそうだから気にしてなかったけど、あなたこそ、中学生にしては大人過ぎる」
「……」
「出来れば、話して欲しいのだけど。駄目かしら」
バレた。いや別にバレた所で何も困らないか。この気の緩みも結局のところ誰かに理解されたいという己の脆弱性から来ているのだろう。……綾香ちゃんには流石にぼかして話したけど咲子ちゃんになら正直に言っても良いだろうか。決して楽しい話じゃないけど彼女の話も聞いてるわけだしお互い様ということで。それに誤魔化せそうにない。
「……あまり、愉快な話じゃないんだけど」
「良いわよ。私も聞いてもらった。背中も押してもらった。今度は私の番」
お言葉に甘えて俺は俺のやり直し前の人生について咲子ちゃんに語る。そしてそれが原因で現在不眠気味であることも。
「……重い。重いわね。なんなら私よりもずっと。正直、なんて言ったら良いか分からない。私は子供を生んだことないから。難しいわね。私みたいに、新しい人生で前より上手くやれば良いとか、単純な話でもない。……ごめんなさい。どうすれば良いか、すぐに思い付かないの」
「……いや。話を聞いてもらって、少しすっきりしたような気がする。今日はいつもより長く眠れそうだ。ありがとう」
「でも。正吾は、凄く頑張ったんじゃないかと思う。気休めかもしれないけど、そんなになるまで、自分を責めなくても良いんじゃないかしら」
「……もっと、やれたことがあったんじゃないかって。考えてしまうんだよ」
「ないわ。あなたは最善を尽くした。だからあなたの息子さんも、きっと幸せだったはずよ。亡くなってしまったことは、本当に残念だと思うけど」
……あり得ない。そんな馬鹿な話があるか。そんなこと。
俺は思わず叫びそうになった。全く俺らしくない。感情的だ。しかし声が出ない。口は動けど音にならない。目頭が熱い。俺はそれを急いで手で隠す。顔を伏せる。見られただろうか。情けない。嫌になる。
駄目だ。止まらない。抑えられない。それは俺が何より望んでいた言葉なのだ。お前は良くやったのだと。お前は悪くないのだと。誰かに許して欲しかった。ずっと。
「……これは、流石に運命でしょう?あなただけが私を理解出来るし、私だけがあなたを理解出来る。だから、正吾には私を支えてほしい。私が正吾を支えるわ」
……君もか。分からないな。今の俺に君たちが優しくしてくれるだけの価値があるとは思えない。こんな姿を、きいちゃんには見せられない。
このままじゃ駄目だ。それだけは分かる。
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