第18話 イカスミのパスタ
「うむ。焼肉、とても美味であったな」
「そうね。お礼に、今度アクアパッツァをご馳走するわ」
出たよアクアパッツァ。得体が知れないけど旨いのは旨いだろう。なんたって伊勢海老が添えられてくるのだ。
……焼肉を食べ終えた俺は咲子ちゃんに別れを告げて図書館へと歩みを進めたのだが何故だか彼女が離れる様子はない。進行方向がたまたま同じらしい。嘘やん。
「ぐ。それは、とても気になる。しかしご馳走になるには咲子ちゃん家に行く必要がある。うーん。困った」
「別に、友達なら良いんでしょう。それとも、間違いを犯すのが怖いのかしら」
実際のところ咲子ちゃんの家に行ったからといってそういう事が起きるのかといえば答えはNoだ。ならないと断言できる。少なくとも綾香ちゃんと付き合っている今はあり得ない。俺は尊敬できる大人でいる必要がある。後ろめたさがあってはならないのだ。
「ちなみにさ、今日の夕飯って、やっぱり一人で食べるのか?」
「……そうなるわね。今日の献立はイカスミのパスタ ~ローストガーリックを添えて~ よ。ニンニクはもちろん国産を使うわ」
「いや、ニンニクは添えないで素直に刻んで混ぜたら良くない?」
「ふぅ。これだから素人は。素材の味を生かすことが大事なのよ。何でも混ぜれば良いってものでもないの。まぁ実際、オリーブオイルとニンニクを使えば大概美味しくなるのは認めざるを得ないけれど。一流はその先を目指すものよ」
やべぇ。さっき食べたばっかなのに話を聞いただけでも旨そう。プロかな?……しかしそれよりも俺は先ほど涙ぐんでいた咲子ちゃんが気になってしまう。冷静に考えると焼肉の煙が原因の可能性もあるけど。駄目だ。想像する。親が不在。一人で食べる息子の姿を。可哀想だ。なんとかしなくては。
そしてそれが出来るタイミングは綾香ちゃんが旅行中の今をおいて他にないのだ。所詮は一時しのぎ。大して意味がある行動でもないのだが。気付けば俺の口は勝手に開いていた。
「分かった。焼肉のお礼を今日もらって良いか?イカスミパスタをご馳走してくれ」
「……本当に?彼女さんのことは?」
「帰ってきたら言うさ。たまたま知り合った美人な先輩に、イタリアンをご馳走になったってな。なんなら今度連れてきてもいい」
「嫌よ。何でわざわざ修羅場を作るわけ?」
その通りだ。だがどうだろう。綾香ちゃんは嫉妬とかするのだろうか。100%俺の事を信じてそうだから浮気の可能性すら疑わないかもしれない。そしてそれは正しい。俺は決して浮気はしない。フリじゃないよ?
「でも、正吾が来るならメニューは変更かしら」
「え?何で?イカスミのパスタ普通に食べたいんだけど」
「口が黒くなるしニンニク臭くなるから」
「咲子ちゃんはめっちゃ美人だから多分大丈夫だよ」
「そんなわけないでしょう」
そんなわけない。
「どうしようかしら。ひとまずスーパーに買い出しね」
「伊勢海老売ってるかな」
「近場にはないわね」
そうだね。俺も見たことない。
とにかくスーパーに行ってから考えることにした俺たちはここから咲子ちゃん家までの道中にあるスーパーを目指すことにした。
「ところで、咲子ちゃんって子供好きだったりする?」
折角だから俺は情報収集を行う事にした。聡明な読者はお気付きでしょうが彼女のスペックは非常に高くルックス:SSS、家事料理:SSS(多分)、根性:未知数、である。つまるところ根性が普通以上にあれば文句なしに嫁候補足りうるのだ。ただ根性の部分に関しては子育てに耐えられるかという話であり子供好きであるに越したことはないので聞いてみる。根性あるか?って聞いても意味ないし。
「嫌いよ」
……そっかぁ。
「まぁ、俺も別に好きではないんだけど、自分の子供だったら可愛いかもしれない。という話を良く聞く」
「私は自信がないわ。だって、自分が可愛がられてきたという実感がないもの。自分が経験してないことを、誰かにしてあげられるとは思えない」
そうかもしれない。俺はその実例を知っている。やり直し前の人生において俺の妻の母親は妻がまだ子供の頃に他界していて父親とも仲が良くなかったらしい。子供の愛し方が分からなかったんだろう。俺は俺で他人の愛し方が良く分からなかったから実は妻は孤独だったのかもしれない。そうだ。俺には、出来ることがあったはずなのだ。……一体何を?何のために?……駄目だ。いつものようにこれ以上思考が進まない。
「分からないぜ。人生は長い。誰かが、咲子ちゃんの事を愛してくれるかもしれない」
「それも自信がないわ。だって私は美人過ぎるから。中身を見られない、あるいは中身に関しては妥協されるかもしれない」
「それは。うーん。解決の仕方が分からない。難しいな。例えばネット上で顔伏せてやり取りは、意味ないか。あー。わざと不細工に見える化粧をしてみるとか?変な髪型に変な眼鏡を掛けてみたり」
流石だ俺。逆転の発想!それならスッピンになった時に相手も得した気分になれるしwin-winじゃない?
「やってみたこともあるけど、美人は隠しきれないのよ」
そうなの!?言われてみれば咲子ちゃんの髪型ってあんまりパッとしない。ちびまる子のたまちゃんみたい。丸眼鏡掛けたら完璧。でも美人。しゅごい。
「そんなことよりもっと簡単な方法があるじゃない。正吾は私の中身を見てくれるのでしょう?」
「そこまで外見を重要視しないってだけ。それに、俺も咲子ちゃんが望むような形で咲子ちゃんの事を想える自信はない。恋愛感情分からないし童貞だし」
「そうでもないわ。一緒に焼肉に行ってくれたし、家にも来てくれるじゃない。私はとても嬉しいし、愛を感じるわ」
……チョロ。
え?こんなんで良いの?もっと優しい人いくらでもいると思うよ!?
「はぁ。だって咲子ちゃん、友達いないし一人なんだろ?俺はそれを知ってしまった。だったらなんとかしたいと思う。普通のことだよ。でも俺には彼女がいるから、ずっと一緒にいられる訳じゃない。ただの偽善だ。気持ち悪かったら言ってくれ」
「十分よ。それに人生は長いんでしょう?正吾が今の彼女と一緒になるとは限らない。別れるのを気長に待つわ」
……これキープって言うのかな。どっちがされてるのか分からんけど。
っていうかマジで綾香ちゃんになんて説明すれば良いんだろう。孤独で美人な先輩と知り合って可哀想だから遊んであげてるんだ。はい、アウト。泣かれるかもしれない……。
……はぁ。全く気が重いぜ。
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