第17話 ジャージも似合う

「本当に良く会うわね。やっぱり運命だと思うのだけれど、どうかしら」


「今回は咲子ちゃんが俺の部活終わりを狙い打ちしただけなんじゃ……」


 未だ綾香ちゃんは旅行から帰ってこない。部活が終わりまた図書館でも行こうかなと思っていたら校門の辺りで声を掛けられた。ちなみに咲子ちゃんとは連絡先の交換は行っていない。浮気みたいで嫌じゃん?


「さて。今日はどこに行きましょうか。美味しいランチのお店でもどうかしら」


 うーん。これはセーフか?まぁ食事だけならデートとは言わないだろう。とりあえず親に昼要らないって連絡しとこ。


「前回奢ってもらった手前、今回は俺が奢るよ。焼肉ランチとかどう?近くに良いお店があるんだ」


「え。このまま行くの?一度着替えに戻って良いかしら」


「いや、逆に着替えたら焼肉行けないでしょ。煙とか油とか、服に付いたらあかん」


 前回市内の図書館で会った際の彼女の私服は綾香ちゃんに負けず劣らずに高価そうな服だった。焼肉無理じゃん。部活終わりの今は俺も彼女も学校指定のダサいジャージ。にも拘らず咲子ちゃんはそれなりに様になっている。まぁぶっちゃけファッションって誰が着るかに尽きるよね。


「それはそれで新鮮かもしれないわね。悪くないわ」


「よっしゃ。焼肉行こうぜ!」


 ということで、学校から比較的近場にある焼肉屋に向かう事にする。


「……誘っておいてなんだけど、良かったのかしら。彼女さんに悪いというか。正吾にとっては、どこからが浮気なの?それとも、既に浮気してくれているのかしら」


「二人きりでデートからが浮気ってことで。昼食べに行くくらいは一般的な付き合いの範疇だろ。いわゆる女友達って奴だ。今の所、俺に恋愛感情はないからセーフ」


 綾香ちゃんに対してもないけど。


「フフ。いつまで余裕でいられるかしら」


「サキュバス的な何かなの?」


 精神系の能力は対処が厄介で困るわ。やれやれだわ。


「分からないけど、何もしなくても勝手に相手が惚れるみたいだから。時間の問題だと思うわよ」


「それは楽しみだ」


 とか言いながら焼肉屋に到着する。ランチタイムだと安いセットで500円からある。いつも思うんだがこれ利益出るんだろうか。


「さて。俺のお勧めはこのホルモンとハラミのセット800円だが、素直に和牛のランチ1200円を頼んでも良い」


「良いの?私がこの間奢ったのってかき氷なんだけれど」


「気にするな。実のところ、前回奢ってもらったとかは関係ない。お爺ちゃんやお婆ちゃんが孫に何かプレゼントするのと一緒で、俺は女の子が喜ぶ姿を見れればそれで満足だから」


 俺から見れば中学生なんて皆子供だからな。


「そう。それじゃあ、正吾のお勧めで良いわ」


「よっしゃ」


 ピンポーン。店員さんを呼んで注文する。二人ともホルモンとハラミのランチでドリンクも同じく紅茶のストレートのホット。


「どっちも食べたことないから気になるわね」


「え!?マジで?」


「というか、焼肉屋自体初めてね。ほら。流石に一人だと入りにくいし」


「あんまり外食とか行かないの?まぁ、言うてうちも家族で行くときは焼肉半額の日くらいだけどさ」


 私服を見る限りでは裕福な感じがしたから、多分お金の話ではないだろう。


「前に、家庭環境があまり良いとは言えない、って言ったでしょう?」


「言ってたな」


「あまり良くないだけで、一般的に見れば決して悪くはないのだけれど。良くある話かもしれない。うちの親、両親でイタリアン系の飲食店をやっていてね。実入りは良いんだけど、忙しくて私に構ってる暇がないのよ」


「へぇ。すごいな。超美人で頭も良くてお金持ちで、今の話だと多分料理もできるんだろ?」


「出来るわよ。得意料理は、旬の川魚を使ったアクアパッツァ ~伊勢海老を添えて~ ね。〆にご飯と炒めても美味しいわ」


 ……伊勢海老って添えるもんじゃなくね?そしてアクアパッツァってなんぞ?


「なるほど。そんな話を聞いてしまうと、焼肉では申し訳なくなってくるんだが」


 ホルモンもハラミもめっちゃ美味いんだけどさ。オシャレ度的に?


「別に良いわよ。それに、ご飯って誰と食べるかが大切なんでしょ?本で読んだわ。私、一人っ子だから大抵は一人でご飯食べてるから、こういうの、少し憧れてたのよね」


「いやいや。美味いものは美味いものし、不味いものは不味いよ。一人で食べたって同じだ」


 ……そうだ。だからこそ俺はそれが変えようのない現実なんだって事を思い知らされた。……それ?それって何だっけ?


「何?励ましてくれてるの?」


「そうかもしれない。友達いない云々はどうでも良いとして、家族が相手をしてくれないのはなぁ。うん。はっきり言ってとても可哀想だ。今までもそうだし、今だって。咲子ちゃんはまだ子供なのに」


 不意に言い様のない怒りが沸いてくる。彼女の親のその無計画さに腹立つ。そして今しがた彼女は実入りは良いと言った。だったら仕事は多少人に任せて咲子ちゃんとの時間を取るべきだろう。両親共が難しいにしてもせめて母親だけでも。


「今、家には誰も居ないんだけど、来る?」


 思いがけない言葉で我に返る。何だか笑えてくる。童貞を殺す咲子ちゃんかな?


「行かないよ。それは明らかにアウトだろ。俺が平常心を保っても、咲子ちゃんに襲われるかもしれない」


「襲わないわよ。第一、襲い方が分からないし」


「あれはさぁ。その場の雰囲気でそうなっちゃうんだよ。男女二人、同じ屋根の下。何もおきないはずはなく……」


「え。正吾って経験済なの?今の彼女さんと?」


「あー。いや、今のは綾香ちゃんママの経験談だ」


 嘘だけど。もちろん俺の経験談だけど。


「お待たせ致しました!ホルモンとハラミのランチセットお二つでございます!」


 丁度良いタイミングで店員さんがご飯を持ってきてくれる。ふぅ。助かったぜ。


「私、超美人で頭も良いけど、かなり可哀想なの。誰か構ってくれないかしら」


 ……助かってなかった。


「……食べながら考えるから、とりあえず焼こうぜ。肉はトングで掴むんだ。良い感じに焼けたら引っくり返す。焼き終わって回収するときは箸で掴む。OK?」


「どのくらい焼けば良いのかしら」


「……分かった。俺に任せろ」


 ジュー……ってな具合で焼き始める。咲子ちゃんと適当に話しつつも俺の意識は肉に集中している。もう少し。もう少し。焼きすぎると不味くなる。良し!今だ!


「少しだけ、焼きすぎね」


「……さっき、焼き方が分からない雰囲気出してませんでした?」


「あ。いえ。あの、貴方に焼いて欲しかったのよ。いけないかしら」


「美しい上に可愛いんですね……。全然良いです。どうぞお食べください」


 無敵かな?

 咲子ちゃんは俺が回収した肉を食べ始める。無言で。俺も食べる。んー美味い!800円とは思えないコスパの良さ!野菜も付いてて栄養バランスも文句なし!


「味に飽きてきたら、ホルモンとハラミを一緒に食べるともっと美味しいし、玉ねぎとかカボチャとかの焼き野菜と食べても良い」


「美味しい。美味しいわ、本当に。とても……」


 え!?なんか知らんけど涙ぐんでない!?一体何が彼女の琴線に触れたのだろう……?そんなに旨かったのだろうか。


 俺はそれに気付かないふりをして、俺の分の肉も少しだけ咲子ちゃんに分けてあげる事にしたのだった。


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