第19話 生ハムとアボカドのブルスケッタ

「どうかしら。結構美味しいんじゃないかと思うのだけど」


「旨い。いや、旨すぎる。こんなに美味しい、えーと何これ?惣菜パン的な?」


「ブルスケッタよ。普通はトマトとバジルを乗せるのだけど、今日は生ハムとアボカドをチョイスしてみました」


 現在俺は咲子ちゃんの家にいる。咲子ちゃん家はいかにも外国被れしたお洒落な一軒家で何だかとてもカラフルでベネチアの民家って感じ。イタリア行ったことないけど。ランチ食べてスーパーで買い出ししてもまだお昼ちょっと過ぎなわけで夕食には早いからと言って咲子ちゃんは軽食を作ってくれたのだ。軽食と言いながらも無駄に本格的でパン生地をこね始めた際にはとても困惑して発酵にどれくらい時間かかるの?と思っていたら冷蔵庫から発酵済の生地を取り出した時には笑うしかなかった。3分クッキングかな?他にも色々と拘っててバターの代わりにギーと天日干し海塩を使ってみたり生ハムも自分で作ってるとのこと。え?生ハムって自分で作れる物なの?本人曰くお金と時間があれば誰でも出来るって。いや無理だろ。

 極めつけはキッチンにて存在感が半端ない窯。窯なんですよマジで。普通に薪を入れ始めて煙とか大丈夫なの?と聞いてみたら何でも煙が殆ど出ない特別な石窯なんですって。恐れ入りました。普段は両親が新しいメニューを開発するために使ういわば工房みたい。


「いや、本当に美味しいよ。冗談じゃなく、人生で食べた中で一番美味しい。なんだろう。

塩加減なのかな。バランス?分量?それぞれの食材のレベルが高いのも確かなんだけど、ちゃんと掛け算になっているというか。組み合わせ自体はそこまで珍しいわけでもないのに」


「……ありがとう。料理を褒められるのが、一番嬉しいわ。本当に」


 うん。旨い。あまりにも旨い。いやおかしくないか?咲子ちゃんはまだ中学生だろ?話を聞く限りでは両親に教わってる風でもない。こんな。超一流のプロが作るような物を。一体どうやって?


 俺は、言わなくて良い事を言ってしまう。


「それにしても凄い。素晴らしい。中学生でこれが作れるなんて。前世で修行でもしたとしか思えない」


「あ。分かる?そうなのよ。実は私、人生二回目なの。私が不憫だからって、神様がもう一度チャンスをくれた。でも、私もう、疲れてしまっていたのよね」


 どこかで聞いたような話。は?本当に?マジなのか?だがもしそうであるなら納得の行く点も多い。例えば友達がいない。恋人も作らない。これほど美人で頭の良い彼女にそんな事がありうるか?妙に達観している。私は大人ぶっているだけ。誰かさんも同じような台詞を言ってなかったか?誰かさんって俺じゃん。中学生だぞ?冷静に考えて違和感バリバリじゃないか。いやまだ分からないか。ただの冗談の可能性の方が遥かに高いだろうし。


「……ちなみに、前の人生で何があったの?」


「……全然、面白い話じゃないのだけど」


 とか言いながらも咲子ちゃんはポツリポツリと話始めた。俺は真面目に話を聞きつつブルスケッタ?を摘まむ。マージで旨い。


 以下、咲子ちゃんの一度目の人生抜粋。


 当たり前だがやり直し前の彼女も物凄く美人でその時は友達も多くて遊びまくっていたらしい。一方で両親を見てきた彼女は料理に強い関心があったからそちらの道に進んだ。学校卒業後には都内の超一流イタリアンの店に引き抜かれて働き始めたものの店長からのアタックを避け続けていたら店長や同僚達からの嫌がらせに会ったりでお店に居られなくなった。彼女の家はとてもお金持ちだったから咲子ちゃんのためにお店開業の資金を用意してくれてこじんまりとした洋食屋をやり始めた。お店は早くから大盛況で一ヶ月予約待ちでその手の雑誌やテレビで紹介された事もあった。


「美人過ぎる三ツ星シェフなんて呼ばれてね。実際ミシュランから認定されていた訳じゃなかったけど、料理には自信があったし、正直悪い気はしなかったわ」


 あー世間では一時期そういうの流行ってたなぁ。っていうか途中でちょっとあったみたいだけど人生めっちゃ充実しとるやんけ。


 しかし彼女の最盛期は唐突に終わりを告げる。


「やっぱり、雑誌やテレビなんかで紹介されちゃうと顔が広まるじゃない?正吾も前に言ってたけど、それでストーカーとか、変な被害を受け始めて。それはまだ良かったのだけどね。私の、料理学校時代の親友がね。私の事、凄く恨んでたみたいで」


 どうやらその親友は卒業後に咲子ちゃんと同じイタリアンの店に修行入りを打診していたらしいのだ。だが、咲子ちゃんが採用された事でその道は絶たれた。


「子供の頃から、ずーっと憧れてたんだって。それが、なんで顔だけのあんたに奪われなければならないんだ、って。自分の方が全然料理の才能もあるのに、って」


 咲子ちゃんが実質お店をクビになった事でその親友の溜飲は下がっていたのだがメディアで彼女が成功している姿を見てしまった。地獄のような嫉妬に心が焼かれたのだろう。


「別にね。その子だって不細工って事はないのよ。それに学校時代、確かに彼女の方が料理の腕は良かった。でも、料理の世界って基本的に男の世界だから。私みたいに極端に容姿に恵まれているとか、お金持ちであるとか、そうでなければ女が望む道に進んだり、自分のお店を持つなんて遠い夢なのよ。私は全てに恵まれていた。だからこそ、彼女はそれが許せなかったのね」


 そして咲子ちゃんは親友に顔を焼かれる。親友はその場で自殺。咲子ちゃんは命に別状はなかったから数日入院して退院。その美貌は完全に失われた。当時付き合っていた結婚寸前の恋人も彼女の元を離れた。


「ショックだったけど、絶望はしてなかった。私はお金持ちだから、整形でもすれば良いかくらいに考えていたの。それまでの間も別に料理は出来るから仕事も続けられるし」


 彼女は顔を隠しながらいつも通り料理を作ってお客さんに提供した。変化はすぐに訪れた。日に日に客足が減っていく。気付けば閑古鳥が鳴いているような始末だった。


「結局、彼女の言っていた事が正解だったのよ。私は顔だけだったの。誰も、私の料理を評価してくれていた訳じゃなかった。料理に関してだけは、結構頑張ってたつもりだったのだけど。私には、その才能はなかった」


 咲子ちゃんはグルメサイトで自分のお店の口コミを見てしまう。そこには誹謗中傷の嵐。味が値段に釣り合っていないと。お店を持てたのも枕営業でパトロンでもいたのだろうと。趣味でイタリアンを名乗るなと。よくよく見てみればお店が儲かっていた時期の評価も内装が良いとかオシャレだとかばかりで誰も味について評価していなかった。


「毎日寝れなくて、ボーッっとしていたんでしょうね。赤信号を渡って、トラックに跳ねられて死んだわ。運転手には悪いことをしたと思う」


 ……何言ってるのかしら。ごめんなさい。つまらない、作り話だったわね。


 彼女はそう言ってお茶を入れに席を立つ。


 俺はブルスケッタを食べる。旨い。



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