第10話 綾香ちゃん萌え(死語)

 巨乳は素晴らしい。その言葉に嘘はないが結婚においてプラスに働くかと言えばそんな事はない。セックスなんてどうせ飽きるし浮気が発生する可能性も高くなりそうだし親族に紹介するのも恥ずかしいだろう。お前、胸の大きさで選んだの?みたいな目を向けられたくない。

 彼女のその特徴について実のところ全くメリットを感じていないからこそ何のやましさもなく社交辞令で褒めることが出来たわけだ。これまでの人間関係によって失われていた彼女の自信は回復の兆候を見せておりそれは非常に喜ばしいことだと思う。俺が助けたことによって綾香ちゃんの人生は着実に良い方向に向かっていると言える。流石だ、俺。


 しかしだ。その結果何が起きてしまったか。


「正吾君、あの。好きです。大好きです。私と付き合ってください!」


 いや、早くない?インドカレー食べ終わってショッピングモール見て回ってそろそろ帰ろうかなっていうタイミング。めっちゃなつかれたんですけど……。だが理解は出来る。自分に置き換えて想像してみろ。今までイジメにあっていて新しい学校で即行やらかしてまた憂鬱な毎日が始まってしまうかと思われたその日、美人でユーモア溢れるクラスの中心的な女の子が助け船を出してくれた挙げ句デートに誘ってくる。何か知らんけどベタ褒めしてくるしカレーも奢ってくれる。そりゃ好きになるわ。もしそんな子がいたら俺でも恋愛感情を感じるかもしれん。

 逆に言えば、今彼女の告白を断ったらどうなるか。俺くらいのメンタルがあれば乗りきれるが彼女がそうだとは限らない。学校に来なくなるかもしれないっていうか普通に死にたくなるだろう。それだと何のために声を掛けたのか分からない。


「良いよ。どっちにしても君の事を知るためにそうするつもりでいたんだ」


 俺は断らない。とりあえずルックスOKで育ちも良さそうだしこのタイミングで告白してくる思い切りの良さも嫌いじゃない。


「…………!?」


 顔を真っ赤にして口をパクパクさせて狼狽えている。それ、さっきも見たわ。OKされると思ってなかったんだろうか。彼女のこれまでが彼女の自己評価を下げていたんだろうなぁ。思わず同情してしまうがそれは危ない。あくまで俺は冷静に綾香ちゃんが嫁候補になりうるかを判断するだけだ。駄目なら切る。でなければやり直し前と同じ末路を辿ることになるだろう。


「さっきも言ったけど俺の目的は嫁探しだ。だから俺はそういう目で君を見る。君にもそういう目で俺を見てほしい。評価は正確に行う必要があるから、俺は素で綾香ちゃんに接する。君も、出来るだけ飾らないで接してもらえると助かる」


「はい!分かりました!ええと、具体的にはどうしたら良いでしょう?」


「そうだね。俺の前では何も我慢しないで欲しい。あるいは、我慢しているということを伝えて欲しい」


「分かりました!ええと、じゃあ早速なんですけど、あの、まだ一緒にいたいです……」


「……」


 ……いや、普通に可愛くない?何なのこの子。


「あの、すみません……。図々しいですよね。そう、今のは冗談です」


「いや、全然構わないっていうか綾香ちゃんに言われて俺もそんな気がしてきた。ファミレスかどこかでデザートでも食べようか」


「はい!今度は私が奢りますから!好きなもの頼んでください!あ、あれやりませんか!?二人で同じジュース飲むやつ!」


 気が早いし、あのストロー現実で見たことないんですけど。だがやり直しの俺は陽キャだ。乗ってやるさ。お店にあればだけど。


「さぁ、行きましょう!」


 綾香ちゃんは俺の手を引いて率先して進んでいく。ここまでのデートで目星を付けていたのだろう。ふむ。抜かりないやつよ。っていうかテンション高くない?言葉の全てに感嘆符が見えるんだけど……。



 結局その後デザート食べながら談笑して、それが終わったら日が傾きかけるまでブラブラ歩きながら終始ご機嫌な綾香ちゃんと色々話した。どうやら彼女は両親と仲が良いらしい。結構勉強が出来るみたいで読書が趣味。5歳になる弟がいる。今日分かったことはそれくらい。

 今のところは嫁候補としては問題ないって言うかこれ、最近の例に漏れず俺の方が駄目なパターンじゃね?という疑念が頭をよぎった所で帰る時間になった。俺に門限はないが彼女にはあるらしく、少なくとも夕飯前には帰らなければならないようだ。携帯も持ってないみたいだし妥当な判断だと思う。


 帰り際、彼女が名残惜しそうに言う。


「今度、親に携帯買って貰えないか頼んでみます。正吾君ともっと話したいです」


「携帯は便利だけど、あんまり電話は好きじゃないなぁ」


 もうね。社会人生活が身に染み過ぎていて携帯が鳴っただけでストレスなんだよね。未だにファントムバイブレーションも頻繁だし。俺はメールが好き。


「……すみません。私と話すの、面白くなかったですか?」


「ああ、ごめん。そういう意味じゃないよ。一人の時間も大切だって話。読書が好きな人間なら尚更だ」


「……私も一人は苦じゃないんです。でも、何というか、今までに感じた事がないから良く分かってないんですけど、多分これは恋で、私は正吾君が好きなんです」


 本日二度目の告白。できればやり直し前にこんな青春を経験したかったものだ。そしてこれはあれだろうか。だから私の事も好きになって欲しいとかいう香苗状態になるのだろうか。


「正吾君は私に我慢しないで良いと言ってくれました。携帯の事は一先ず置いておくとして、もうお別れの時間です。周りに人もいないことですし、あの、最後に抱き締めてくれませんか」


 俺は暇だったから彼女が降りる駅で一緒に降りて、綾香ちゃんを家に送っている途中だった。閑静な住宅街であり、時間も夕食時で確かに人はいない。というかこの子めっちゃ甘えてくるな!俺史上初めてのタイプなので接し方に困ってしまうが別に減るもんでもないし良いだろう。


「こっちにおいで」


 彼女はそんなに身長が高くないので抱き締めると顔が俺の胸辺りに来る。そして感じる胸の感触。おお、これはヤバい。そろそろ止めておこう。ほら、バレたら恥ずかしいじゃん?


「嫌です。もう少しこのまま……」


 冷静になれ。こんな時はお経だ。とにかく唱えるのだ。ノウマクサーマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャー……。意味分からんが良し。


 しばらくそうしながら綾香ちゃんの頭を撫でていると満足したのか離れていった。ふぅ。ギリギリセーフ!何がってそれはまぁ何でしょうね。


「じゃあ、また来週にでもデートしようか」


「はい!分かりました!……今日は、私の人生の中でも最高の日でした。きっと死ぬまで忘れないと思います。ありがとうございます。それではまた」


 そう言ってこちらに手を振りながら帰っていく綾香ちゃん。


 うん。可愛いんだけどね?気のせいかな。重いというか、若干メンヘラ臭がするというか。まだ付き合ったばかりだし、多少はね?いや、マジで気のせいであってほしい。


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