第8話 やり直しの強みを生かしてみる

 美緒ちゃんと別れてから二ヶ月が経ち気付けば俺は二年生に進級する日を迎えていた。その間、別に俺は積極的に次の相手を探したりはしなかった。途中で一度だけ別のクラスの女の子に告白されたが断った。そういう気分じゃなかったのだ。

 今のペースで行くと年間に3人の相手と付き合うことになる。1/64達成で考えるとあと20年掛かる。そうなると俺の年齢は33歳な訳で、意外に良いペースなんじゃないかという気もする。中身が30越えている俺の体感時間は結構短いのでそこまで遠い話でもない。

 懸念があるとすれば、それまで気力が持つかどうかだ。美緒ちゃんとの最後の日に気付いてしまったこと。やり直し前の息子に二度と会えない。存外その事実に打ちのめされているようで、どうやら俺は子煩悩だったらしい。


 悩んでいてもしょうがないのでいつも通り学校へ向かう。今日は学年が変わる最初の日であり、皆大好きクラス替えイベントがある。俺はいつも遅刻ギリギリに学校へ行くので、クラス替えの結果が貼られた掲示板の周りに人は少ない。ふむ。これまで付き合った子達はいずれも違うクラスだ。俺の方からは特に気まずいとか無いけど、この方がやり易いことは確かなので幸先が良いと言えるだろう。ちなみに彰は同じクラスで、彼はまだ香苗と付き合っている。


 指定されたクラスに行き、間もなくして進級後一回目のホームルームが始まる。新たな担任が自己紹介した後で名前の順に生徒の自己紹介が始まる。今でこそ問題ないし何なら受けも狙えるけど、俺、これ嫌いだったんだよね。別に他人に興味無かったし、知りたければ聞けば良いだけのことだ。人前で話すのが苦手なヤツだっているし、それが原因でイジメに繋がる事もある。


「次、新藤綾香さん。ああ。彼女は至近引っ越してきたばかりなので知り合いもいません。皆、仲良くするように。それでは、お願いします」


「新藤綾香です。は、初めまして。よろしくお願いしましゅ!」


 クラスは静まり返る。知り合いがいないってのは、フォローしてくれる人間がいないって事だ。例えば俺が同じことをしても笑いが起きるだけ。転校生で、内気で、コミュ症な人間に失敗は許されない。


「はい。じゃあ次……」


 担任が何事も無かったかのようにスルーしたのも、良かったのか悪かったのか。とにかく彼女は下を向きながら自分の席に戻る。それから授業が始まるまでの間、顔を伏せて塞ぎ込んでしまう。誰とも話せないまま。


 ……そうだ。俺は知っている。彼女はこの一年、クラスの多くの人間からイジメを受ける事になる。三年生では違うクラスになったのでその先については知らないが、まぁ同じだろう。きっかけは今日の出来事と、何だったか、漫画か何かを描いてるのがバレたのだったか……。残念ながら、彼女と趣味が合う女子はこのクラスにはいないのだ。いや、いたのかも知れないが、少なくともイジメが始まるまでの間に特定のグループに入ることが出来なかった。

 俺?別にイジメに加担したりはしてないですよ?内申に響いたりしたら嫌だったし興味も無かった。興味がないから助けもしてないけど。いわゆる、見て見ぬ振りってヤツだ。


 不意に美緒ちゃんの言葉が蘇る。「例えば死ぬはずの誰かを助ける事だって出来るかもしれない」

 綾香ちゃんがこの後の人生で自殺するかは知らんけど可能性は無くはない。何より俺は彼女がイジメにあう事を知っているのだ。幸い、それを止める方法も既に思い付いている。彼女のルックスはギリギリ合格ラインだし胸も大きい。だからこれは偽善でも善でもない。どちらにもメリットがある話だ。


 放課後、誰よりも早く帰ろうとする彼女を俺は呼び止める。


「ちょっと話があるんだけど、良いかな」


「え?正吾、何々?なんか面白いことしようとしてる?」


 彼女が答えるよりも先に、彰が目ざとく発見して囃し立ててくる。うざいし周りも注目してくるが好都合。今の俺はクラスカースト最上位なのだ。俺が正しい事をするんじゃない。俺がした事が正しくなるのだ。馬鹿みたいな話だけど、割りとマジで。


「……なんでしょうか」


 一方で彼女の方は、今にも消え入りそうな声で俺の質問に答える。めっちゃ帰りたそう。ごめんね?悪い事にはならないから我慢してほしい。


「引っ越してきたばかりで町の事とか何も知らないだろ?といってもまぁ、ショッピングモールくらいしかないけど。週末、暇なら案内するよ」


「え?」


「正吾、おま!大胆!こんな面前でデートに誘うとか!」


 デート?まぁ、そうとも取れるか。うん。悪くない。とりあえず話題になれば良い。後は勝手に周りの女子たちが盛り上がってくれるだろう。既にザワザワしてるし。


「どうだろう。詳細はまた連絡するから。とりあえず、はい」


 俺は有無を言わさず、メールアドレスを渡す。 


「あ、あの。私、携帯持ってなくて……」


 ……確かに、女子では少数派だったものの、この時代だと携帯持ってない中学生って結構いたわ。というかやり直し前は俺も持ってなかったわ。


「……なるほど。じゃあ、今週の土曜日、11:00に前橋駅集合で。一緒にランチでも食べようか」


 即断即決。俺、めっちゃ男らしくない?強引なだけとも言えるけど。


「は、はい。分かりました……」


「よし。じゃあ、部活があるから。また明日」


 と言うことで教室を後にする俺。目論見通り、彼女は他の女子に囲まれてワイワイガヤガヤやっているようで一安心。部活に向かう道中、彰がからかってくる。


「分からん。正吾のタイプが全く分からん!良いの?あれで良いの?」


「ああ。実は俺、巨乳の子がタイプなんだ」


「……正吾のそういう所、本当にカッコいいと思うわ」


「悪い、彰。男に惚れられても意味ないんだ」


「そういう意味じゃねぇよ!」


 さて、今週末のデートだが、どこに食べに行こうか。100円じゃない回転寿司でも行こうかな。いや、最初からあんまり奢ると恐縮するだろうから、1000円くらいで美味しい和食のランチが食べられる所を探しておこう。


 久し振りに前向きな気分になれた。うん。悪くない。


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