第7話 彼女にネタバレしてみる

「さて、美緒ちゃんとの彼氏彼女の関係も今日で最後だ。一ヶ月なんてあっという間だっただろ?」


「そうね。案外悪くなかったわ。正吾のお陰で、テストの点数も良くなったし」


 美緒ちゃんと付き合い始めてから約束の一ヶ月後が経った。一ヶ月も立てばけんもほろろだった彼女の態度も大分緩和された。え?変わってないって?ほら、呼び方があんたから正吾に変わってるだろ?彼女はツンデレ属性なのだ。

 それに……。最後の一日、俺は彼女と目的もなく町中を散歩しているのだがしっかり手を繋いでいてそれは多分外気の寒さだけが理由じゃないだろう。


「っていうか、最後なのに何でただの散歩なの?」


 美緒ちゃんはちょっと不満そうに言う。


「余計な事を考えなくて済むだろう?お互い、相手の事に集中出来る。最後だからこそというかね。君といれるならどこでも、みたいな」


 もしも俺に恋愛感情があるなら、そんな小細工も必要ないのだろうけど。

 しばし恥ずかしそうに俯く美緒ちゃん。こういうセリフを言われる事に慣れてないのだ。いや、別に俺も慣れてるわけじゃないんですけどね。勉強の結果ですがな。


「……正吾と付き合ってることは誰にも言ってない。もちろん、香苗にも」


 俯いたまま、彼女は言う。


「そりゃあ、美緒ちゃんの目的からしたら言うべきではないね。だから俺も、誰にも言ってないよ」


「……良く分からないの。最初は、香苗のために仕方なく正吾の提案に乗ったんだけど。彼氏彼女の茶番も、会う度に楽しくなっていってさ」


「俺は最初から楽しかったよ。何せ美緒ちゃん美人だし、賢いから話が合う」


「嘘。あなたが私に合わせてくれてるんでしょ。分かるわよ、それくらい。それが結構心地好いのよね。正吾は絶対に私の事を否定しない」


「人の事を否定出来るほど、自分が正しいと思ってないだけだよ」


「……そう。そういう反応も。とても同年代の男子とは思えない。何なら、先生達やパパよりも……」


「実は俺、中身は30過ぎてるんだよね。二回目だから勉強も出来るし大人びていて当たり前。事故で死んで、今まで頑張ってたからって、神様が人生やり直させてくれてるんだ。全く、良い迷惑だ」


 俺は普通にネタばらしする。まぁ、言ったところで誰も信じないだろうし。


「……何で迷惑なの?人生がもしやり直せるとしたら、それまでの失敗とかも帳消しに出来るでしょ?例えば死ぬはずの誰かを助ける事だって出来るかもしれない」


 真に受けた訳ではないだろうけど、気になった点があったのか美緒ちゃんは聞いてくる。

 彼女の疑問は尤もだ。そう。そうだよな。空想の中で普通に考えたら、何も悪いことはない。そんな気はないが、上手くやれば億万長者にだってなれるだろう。少なくとも前よりは良い人生を歩める可能性が高い事は確かだ。実際問題、そのための嫁探しだ。

 意識したわけではなかった。良い迷惑という言葉は自然に出てきた。それは何故か。


「そうだなぁ。逆もまたしかりというか……。いや。かなり限定的な話かもしれないけどさ、30歳っていったらホラ、既に結婚して子供もいるわけだよ。人生をやり直した時、同じ相手と結ばれる事はそんなに難しくないだろうけど、同じ子供には、二度と会えないだろう?」


「そうなの?」


「人生をやり直している自分は、やり直し前の自分と同じ行動を取れない。全くのランダムな状態で考えると、染色体は46対だから単純に考えて2の46乗分の1の確率な訳で……」


 俺は携帯の電卓で計算してみる。


「……同じ子供を引き当てられる確率は、約70兆分の1だ」


 つまり、限り無くゼロ。やり直しのこの世界において、やり直し前の息子に出会える事は、二度とない。ああ、そうか。だから……。

 何となくそうだとは思っていたのだ。だが具体的な数字に至ってしまった今、俺の中にあった「もしかしたら」は完全に消えてしまった。


「……正吾?」


 はっ!いかんいかん。美緒ちゃんから見たらフィクションの話で何故か急にテンション下がった痛いヤツだ。持ち直さなければ!


「ああ、いや、変な話をしたね。面白くもない。うん。俺が大人びているように見えるのは、ただカッコつけてるだけだよ。いつもみたいに楽しい話をしよう。今日は何を買ってあげようか。最後だから奮発しよう。予算はなんと一万円だ」


 中学生にとっての一万円って結構半端なくない?なんならもう婚約指輪買うレベルだよね。


「……いらない。そんなのもらったら、益々別れたくなくなるじゃない」


「え。益々?」


「……馬鹿。でも、香苗を裏切る訳にもいかないから」


 流石や。それでこそ美緒ちゃん。ホンマにええ子や……。


「あえて言おう。ぶっちゃけ、友達よりも未来の結婚相手の方が遥かに重要だと思う。過ごす時間のトータルが圧倒的に違う。ただまぁ、約束だからね。とりあえずは今日で解消。俺はもう一度香苗と話す。その後でどうなるかはまた別の問題だ。人生は長い。別に、本当の意味で最後って訳でもない」


 美緒ちゃんが強く手を握ってくる。


「香苗が言ってた事が、今なら良く分かる。正吾といるのは本当に楽しい。でも、一つだけ足りないの。例えばさっきね。香苗の事はもういいから、私と一緒にいたいって言ってくれたら、私は香苗を裏切ってたかもしれない。……そういう所も、惹かれる理由なのかもしれないけどね」


「なるほど。今後の参考にするよ。……美緒ちゃんからは色々と勉強になった。有り難う。……所で、本当にプレゼント要らないの?」


 不意に繋がれていた手がほどかれ、美緒ちゃんは正面から俺の首に腕を回す。っていうか普通にキスしてくる。


「また、今度ね……!」


 真っ赤な顔で走り去っていく彼女を前に、俺は追うことはしなかった。空気を読んだ結果というか、ここで行ったら反ってロマンチックじゃないというか。それは美緒ちゃんの意向ではない気がしたのだ。フフ。まったく、俺も成長してるぜ。これも彼女のお陰か。サンキュー美緒ちゃん!

 しかし、それはそれとして中学生とキスとか……。自責の念が尋常じゃないんだが。うう。キモすぎ……。



 さて、後日談。約束通り俺は香苗に連絡したのだが既に彰と付き合い始めていた彼女に俺は普通にフラれた。まぁ、そのための一ヶ月というか、彰を焚き付けていたので状況は把握していた。全くもって予定通りの結果だ。


 正直な所、香苗と再び付き合うのは時間の無駄だと思っていたし美緒ちゃんは本当に良い子だったからこのまま付き合い続けて彼女達の友情にヒビを入れるのも良くないと思った。


 今回の戦果としては、未来の嫁候補の一人に種を蒔いたってことで良しとしよう。



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