第6話 元カノの親友

「一体、どういうつもり?あんたと付き合ったところで意味があるようには思えないんだけど」


 あの後、山田美緒は俺の提案に乗った。その日は連絡先だけ交換して家に帰りその週末に一回目のデートをする。例によって大型ショッピングモールだ。会うなり苦言を呈して来たが一先ずすっぽかされなくて安心した。


「意味はあるよ。もしかしたら、君が俺にとってのベストかもしれないし、俺が君にとってのベストかもしれない」


「馬鹿じゃないの」


「本気だよ。まだ分からないけど。美緒ちゃんはルックスが良いし、必須条件じゃないけど友達思いな所も理性的な所もプラスだ」


「何様のつもり?」


「正直なんだよ。本性を隠して、それで上手くいっても意味がないんだ」


 俺達はショッピングモールの中を当てもなくぶらつく。季節は冬で、外は乾燥した冷たい風が吹いている。寒さが凌げればどこでも良かった。疲れたらファミレスにでも入ろう。


「……一つ、聞いても良い?」


「何でも答えるよ」


「何で、好きでもないのに香苗と付き合ったの?そもそも、それがおかしいと思う」


「まぁ、恋愛的にはそうかもしれないけど、俺の目的は結婚だから、別にそれは必要ないんだ」


「だから、何で?結婚って、好きな人同士でするものでしょ?」


 女の子の成長は早いって良く言うけど、まだ中学生だからなぁ。現実を知らないというか、夢を見ているというか。それを醒ますような真似を、できればしたくないんだけど。


「初めはそうかもしれない。ずっとそうであれば良いと思う。けど、恋愛感情は永遠じゃない。だから結婚する上でそれは重要じゃない。遅かれ早かれだし、別に好きな相手としかセックス出来ない訳でもない」


 美緒ちゃんはセックスという単語に少し反応し、一瞬の沈黙の後で会話を続ける。やっべー。一歩間違えたらセクハラですわ。


「……それは、あんたの両親がそうだってこと?」


「まぁ、そんなところ」

 

 俺の経験はやり直し前の妻の事だが、少し考えて自分の両親もそうだと思った。っていうか、そういえばこのまま放っておくと半年後に父親の浮気が母親にバレる。

 実際どうなのだろう。サンプル数が少ないから何とも言えない。もしかしたら俺の周辺がおかしいだけかもしれない。


「美緒ちゃんの所はどうなの?ああ、いや、言いたくなかったら言わなくて良い」


「……私のパパとママは、見ていて恥ずかしくなるくらいの熱愛ぶりよ」


「……それは、羨ましいことだね。そうか。だとすれば、君の言うように俺達が付き合うことに意味はないかもしれない。俺は多分、君にとってベストにはなれない。いや、意味はあった。とても、参考になった」


 だが、もしそれが真実ならば。俺が相手に求める仕様の三つ目は根性な訳だが、具体的に言えばそれは子育てに耐えられるかという話であって、実のところそのために本当に必要なのは根性なんかじゃなくて、ちゃんと愛し合っている親からちゃんと愛されて育っているとか、そういう事なのだとしたら……。


「……どうしたの?急に黙りこんで。少し休む?」


「……いや、大丈夫。ちょっと考えてしまったんだ。香苗や美緒ちゃんにとって俺が不合格なのだとすれば、もしかしたら、俺が目指すべき理想の結婚なんて物は、そもそも成立しないのかも、って」


 うーん。だとすれば、1/64なんて生易しい確率の問題ではない。歩み寄るべきは俺の方であって、正直どうすれば良いか分からないけど、俺が相手の事を恋愛的に好きになったり、愛したりとか、そういう事が出来るようにならなければならない。いや、無理くね?


 試しに俺は目の前の美緒ちゃんを見つめてみる。とても可愛いと思う。でも、それだけだ。やり直し前の妻に対しても同じように感じていたと思う。いや、あの時は可愛いとすら思ってなくてただ成り行きで結婚したと言うか大分適当だった。それでも、子供の事は愛していた、と思う。だからこそ今度は子育てを上手くやってくれそうな相手が良いと思った。

 まぁ考えてみればそれも随分と他力本願な話で、相手がやれないなら俺がやれば良い。とかなってくると結局はやり直し前の俺と辿る道は同じで、色んな事を一人で背負い込むことになる。俺は頭が良いから、それが出来る。出来てしまった。でも、一方で誰かに少しだけ背負って欲しいとも思っていた。それを求められる相手と一緒になりたいと思うのは、おかしいことだろうか。うーん。我ながら迷走してるな。


「さて、何か食べたいものとか、欲しい物はあるかい?おじさんが何でも買ってあげよう」


「別に良いわよ。買ってもらう理由がないし」


「いやいや、美緒ちゃんのお陰で、結構大事な事に気付けた気がするからそのお礼。それに今、俺は君の彼氏だから、可愛い彼女に何かしてあげたいと思うのは普通のことなのだよ」


「何それ。さっき付き合うことに意味はないって認めてたじゃない。さっさと別れて香苗と復縁してよ」


「まぁまぁ。そう焦りなさんな。一ヶ月なんてすぐに過ぎる。そうだ。ブドウでも買ってあげようか?」


「そこはパフェとかクレープじゃない?」


「いや、体に良くないし……。まぁ、たまになら良いか」


「フフ。変なの。ママみたい」


 ショッピングモール内のファミレスに行って美緒ちゃんにパフェを奢る。ちなみに俺はステーキを注文した。それが一番体に良さそうだったから。


「美緒ちゃんも食べる?成長期の俺達に一番必要な栄養だよ」


「それは香苗とやってあげて」


 既にやったことがあるんだよなぁ。


「ところで美緒ちゃんって、恋愛した事あるの?」


「……ないわよ」


「え?そうなの?好きな人がいたことないって事?告白された事は?」


「告られた事はあるけど断った。まだ、良く分からないから。そういう人が出来たら良いなとは思ってるけど」


「ここにいるじゃん」


「馬鹿じゃないの」


「そうだね」


 その後は学校の事とか部活の事とか話しながら食べ終えた俺達は帰ることにする。その中で、美緒ちゃんは勉強もスポーツも出来る事が分かった。スペック高いなおい。

 別れ際、俺は次のデートの話をする。


「来週はどこに行こうか」


「また行くの?別に良いけど。意外と楽しかったし。そうね。映画が良いわ。丁度見たいのがあるし」


「映画かぁ。良いよ。見終わった後の感想会が楽しみだ。ポップコーンを買ってあげよう」


「物で釣るの止めてくれない?」


「いや、チケット奢るのは断られるだろうなって思ったから」


「それは、そうね」


「まぁ、見たい映画の上映に合わせなきゃだろうから、日程決まったらまた連絡してよ」


「うん。分かった」


「それじゃ、また」


「うん。じゃあね」


 名残惜しいようなそうでもないような。うーん。恋愛感情ねぇ。やっぱり、俺には難しい。数をこなせば、あるいは一目惚れみたいな奇跡が、諦めなければいつか起きるのだろうか。


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