第5話 すぐにフラれる

「ねぇ。正吾は私の事、好き?」


「もちろん」


 香苗と付き合い始めてから二ヶ月が経った。それはそれは仲睦まじいカップルだったと思うのだが、部活終わりに話があると言うので先に着替えて彼女を待っていた所、なにやら思い詰めた表情でそんなことを聞かれる。

 流石に中学生の時点で同棲なんて出来ないので完全に彼女の事を判定できたとは言えないが、今の所彼女は嫁候補としては問題なかった。……少なくとも、俺にとって彼女は合格していた。確率は1/8。例え二人目の彼女だとしても、あり得る話だ。……ここまでなら。

 

 問題は、彼女から見た俺が、彼女にとっての1/8の人間なのか、ということだ。


「違うの。正吾の好きは、なんていうか、子供とか、動物を可愛がるような、そういう感じがするの」


「……」


 ……鋭い。そうかもしれない。いや、実際そうなのだろう。香苗が求めているそれとは、本質的に異なる事は確かだ。


「……ほら。言い返せない。私の事、本当に好きなら否定してよ!」


「……恋愛感情があるか、という話なら、正直に言おう。ないかもしれない。でも、香苗の事が好きなのは確かだし、君となら結婚しても上手くやっていけると思ってる。それじゃ駄目か?」


「……。私は、正吾に私の事をもっと好きになって欲しいの!私は正吾の事がこんなに好きなのに!もっと、ちゃんと私を見て欲しい!」


 なるほど。彼女が最も相手に求める事は、自分への愛か。……それは、難しいな。何しろ経験がない。やり方が分からない。俺は、やり直し前も含めて、誰かに恋愛感情を感じた事がない。なんならフィクションだと思ってるくらいだ。


「……そうか。残念だ。いや、本当に……。解決の仕方が分からない。なら、しょうがない」


「え?ちょっと、何言ってるの?別れ話をしたかったんじゃないよ?ねぇ……」


「多分、香苗が欲しい物を俺は与えられないから。だから、これ以上は時間の無駄だ。香苗にとって俺は不合格だ。それじゃあ」


「……え?ちょっと!何で!嫌よ。嫌……!」


 話は終わった。香苗は泣いているようだが、俺は振り返らない。泣きたいのは俺の方だっつの。あるいは肉体関係まで行けば彼女の感じ方もまた違ったかもしれない。だが、現状取れない選択肢について悩んでも仕方ない。次に行くべきだ。

 でもなぁ。はぁ。へこむわ実際。これ、本当にベストな相手なんか見つかるの?また一ヶ月くらい休憩だな。



 次の日、いつも通り学校に行って、いつも通り部活に行く。部活に香苗の姿はない。失恋した事がないから分からないけど、結構ダメージを受けたんだろう。多分。

 ユニフォームに着替えていると、彰が声を掛けてくる。


「なぁ、香苗が学校来てないみたいなんだけどさ。メールしても返信来ないし。昨日の部活の後、なんかあった?」


 うーん。どう言うべきか。


「まぁ、なんというか。別れたな。それが原因かも知れない」


「は?何で?お前ら良い感じだったじゃん」


「それがそうでもなかったみたいなんだ。少なくとも香苗は不満を感じていた。そしてそれ

は、俺にはどうにもできそうになかった。だから別れた」


「おま……。ドライだな……」


「かもしれない。でも、そんな俺に魅力を感じてくれる女の子もきっとどこかにいるはずだ。落ち着いたら次の女の子を探すことにしよう」


「前向きだなおい……。ガチで言ってる感じなのがこええわ」


 さてと。部活部活。

 俺は体を動かすのが嫌いじゃない。と言ってもそうなったのは20代の後半からだったか。それまではむしろ動きたくないタイプだった。健康が気になり出して自転車通勤を始めたら思いの外体調が良くなって仕事の能率も上昇した。しかし仕事も子育てもあって、複数人でやるようなスポーツは出来なかったから、今はとても新鮮で楽しい。

 俺は頭が良い。頭が良いから、どうすれば勝てるか、それにはどういう練習をするべきか、そういうことを考えられる。同じ時間を使うなら有意義に使おうと思うタイプだったから練習も真剣にやっていた。本当の天才には叶わないかも知れないが普通にやるなら十分過ぎる話で、一年生で入部して半年、俺は既にレギュラーになっていた。


 今日も良い汗かいたなって所で部活を後にしようとしたところ校門の前に知らない女の子が仁王立ちしていてなんだろうと思ったけど気にせず帰ろうとしたら声を掛けられた。なかなか美人な子だ。合格。


「あんたが前田正吾ね。私は山田美緒。香苗の親友よ。ちょっと話があるんだけど、付き合ってくれないかしら」


「今日は疲れたし明日も学校だ。連絡先を渡すから、メールにするか、あるいは休みの日なら会っても良いよ」


 別にこのくらいの疲れが明日に響くことはない。体が若くなってるし。だからこのまま話しても良かったが予定に無いことが急に割り込んでくるのは中々ストレスだし面倒臭い。アポイント取ってから出直して来てほしい。


「あんたねぇ!あんたのせいで香苗は学校休んでるのよ!」


「それは違う。香苗からどう聞いてるかは分からないけど、俺は彼女の事は好きだ。結果的に俺から別れを告げる形にはなったけど実質フラれたのは俺の方だし、別に俺が悪いことをした訳でもない」


 どうにもできないと見切りは付けたが。


「まぁいいや。帰してもらえなさそうだから用件を聞こうか。手短にどうぞ」


 彼女は何か言いたそうにしていたがそれを飲み込んだのか、本題に入る。おお、案外冷静だ。理性的な女の子は珍しいし、当然嫌いじゃない。


「……ふぅ。用件はつまり、香苗とやり直して欲しいのよ。言っておくけど、別に香苗に頼まれた訳じゃないから」


 ……え。なにこの友達思い。悪くない。いや、とても良い。


「うーん。それは、意味がないというか先がないというか。あまり建設的ではないと思う。素直に、彼女の事を恋愛的に好きになってくれる人を探した方が早い。例えば、同じ部活の彰とか」


 うん。前から思ってた。彰はおそらく香苗の事が好きだ。


「あの子は、あんたの事が好きなのよ。あんたじゃないと意味ないじゃない」


 うーん。だからそれは。人には出来ることと出来ない事があるわけでさぁ。

 でも俺は、山田美緒と名乗るこの子に興味が湧いた。だから、試しに言ってみる。


「……やっても良いけど、一つ条件がある」


「なに?」


「香苗とやり直す前に、一度俺と付き合ってくれないか?君の事が知りたい。付き合った後で、すぐに別れてくれても構わない。まぁ、少なくとも一ヶ月は見て欲しいけど。君と別れた後で、やっぱり香苗じゃないとダメだと復縁する。どうだろうか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る