第4話 二人目の彼女:香苗

「おーい!正吾!こっちこっち!」


 さて。約束通り一ヶ月後。香苗との一回目のデートのために、目的地である大型ショッピングモールの最寄り駅で彼女と待ち合わせをした。中学生だからね。移動手段は限られるというか電車しかない。住んでいる所も田舎なので、目的地も大体いつも一緒。知ってる?田舎のショッピングモールって本当に何でも揃ってるんだぜ?他に何もないとも言えるが。

 だが、人生経験がそこそこある俺には分かっている。大事なのは誰といるか、という事であって、場所なんてどうでも良いのだ。適当にぶらついてカフェで休んで、またぶらついてご飯食べて帰る。ある程度のコミュニケーション能力と、相手を楽しませようという気持ちがあればどうとでもなる。


「私服姿初めて見たけど、非常に可愛いね」


「おまっ!バッ!ばーか!ばーかばか!」


 ……何でバーバパパ的イントネーション?

 それはさておき、やり直し前の人生において俺は女性相手にこんな事を言う人間ではなかった。正確に言えば、これくらいの事が自然と言えるようになった後で妻や仕事以外の女性と話す機会そのものがなかった。しかしだ。楽しませる事も褒めることも大事な要素なのだ。さゆちゃんからの連絡が未だに途絶えないのも、そういう所から人は愛を感じるからだろう。……うん。つまり、やり過ぎない方が良いって事だ。勉強になります。サンキューさゆちゃん。早く他の相手を見つけてくれ。


 実際のところ香苗は今日のデートに向けて大分力を入れているように見える。ぶっちゃけ服のセンスなんて俺には良く分からないし、布だぜ?くらいにしか思っていないが、そういう、好きな相手に自分を良く見せようという姿勢が可愛いと思う。それが普段、男勝りな香苗ならばなおのこと。


「さて、どこにいこうか。ゆっくり話せる所が良いな」


「……正吾ってたまに、っていうか結構頻繁にじじ臭いよね。今日はボウリング!またはカラオケ!」


「なるほど。そのどちらかだったら、ボウリングが良いな。カラオケも嫌いじゃないけど、それだと香苗と長く話せない」


「おまっ!ホントお前ばか!」


 いやね。喋れないと意味がないのよ。人間性は仕草にも現れるけど、やっぱり話すのが手っ取り早い。香苗が結婚相手に相応しいかを判断するためには。

 とは言うものの、あの日から今日まで一ヶ月あった訳で、周りの人間や本人から大体の情報は得ていたりする。ボウリング場に行くまでの間に、俺はそれとなく、俺が知りたい情報を得るための会話を行う。


「前に料理は人並みにできるって言ってたけど、今度何か作ってくれないか?お菓子とか」


「うん。良いよ。何食べたいの?」 


「そうだな。俺はシュークリームが好きだ」


「いや、もっとこう、クッキーとかで良くない……?」


「香苗の作ったシュークリームは絶品だって、町でも評判だ」


「いや、作ろうと思ったことすらないんですけど……」


「香苗……」


「何?」


「上手くやれよ?」


「まぁ、やってみるけど……」


 ……良いね。とりあえずやってみるという心意気。嫌いじゃない。ちなみに何故シュークリームなのかと言えば、作成難易度が高いから。これが作れるならまず料理もできる。


 そのあとは普通にボウリングして良い感じにボロ負け。香苗も楽しんでたから良しとする。いやさぁ、これとかダーツとかさ、ただ同じような動きを強要する系のはあんまり好きじゃないんだよね。面白味を感じない。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。特に、既に30年生きてる俺にとって、時の流れは早い。気付けば日は暮れて、俺達は帰りの電車を駅で待っていた。


「いやー。楽しかった。それに良い物も見れた。正吾って何でもできるイメージあったから意外だなぁって」


「俺が出来るのは、頑張ってる事だけだよ。別に凄いことじゃないんだ。勉強も部活もそう。俺くらい頑張れば、誰だって俺くらいは出来る」


「そんなことないと思うけど。でも、正吾のそういう謙虚な所も、その、好きっていうか」


「……ああ。俺も、頑張ってる俺が好きだ」


「ぁははは!なにそれっ!ウケるんですけど!」


 香苗はひとしきり笑う。その後で俯いて、小さな声で言う。


「……あのね。一ヶ月前に部活で、一ヶ月後なら付き合っても良いって言ってくれたじゃない?それで、実際に今日デートしてくれて。私、まだ誰かと付き合ったこととかなくてさ。でも、今日は本当に楽しかった。だから、それで」


「うん。付き合おうか」


 こう言うのはまぁ、男からってことで。


「……!?なっ!ばっ!ばか!せっかく私から言おうと思ってたのに!もう、知らないから!」


「電車が来るまで気まずいから止めて?」


「またっ!そうやってはぐらかす!…………あのね。同じ部活に入って初めて見た時から気になってたの。その後で、部活もなんだか一人だけ本気でやってるなぁって思って。勉強も出来るって知って、きっとそれも頑張ってるんだろうなぁって思って。素敵だなって」


 …………。これは、困ったな。正直、嬉しい。そうか。そう言えば、そうだったかもしれない。誰かに認めて貰えるって、こんなに嬉しい事だったんだな……。


「あの、だからその……」


「うん。付き合おうか」


「……!?」


「いや。素直に俺もそう思ってるだけ」


「……うん。うん!」


 そんなこんなで正式に付き合うことになった俺達は帰り際に別れるまでも多いに盛り上がった。来週どこ行こうとか、誰それちゃん達とダブルデートしようとか、勉強会しようとか、今度家に来てほしいとか。色々。

 俺達はまだ中学生で別れのキスなんて物はなかった。求められなくて良かった。中学生相手に真面目に未来の嫁候補探してる時点で相当あれだけど、流石に抵抗がある。何せ俺は中身30越えてるのだ。とは言うものの、心は体に左右されるのかやり直し前の自分を想像して比べてみると明らかに抵抗が少なくなっている。うーん。キモい。


 でも、例え抵抗がなかったとしても、俺は一線を越えるつもりはない。越えてしまったら別れづらくなる。まだ香苗の事を十分に知っている訳ではないけど、あの子は多分、嫁候補にはならない。なぜなら俺は運が良い方じゃないからだ。


 1/64の確率を二人目で引くなんて事は、あり得ない。


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