第3話 早くも別れる

「さゆちゃん。別れよう」


 付き合い始めて三ヶ月。俺は放課後の教室にて彼女に別れを告げる。端から見れば俺達は中々のラブラブぶりだっただろうし、俺としてもただ付き合うだけなら何の問題もなかった。さゆちゃんからしても意味不明だとは思う。


「……普通に嫌なんだけど。何で?さゆ、何か変だった?それとも他に好きな子でも出来たの?」


 案の定というか、さゆちゃんから疑問の声が挙がる。正直に言えばつまりは方向性の違いである。別にバンドじゃないけど。


「別にさゆちゃんがおかしい訳じゃない。他に好きな子が出来た訳でもない。これは、相性の話なんだ」


「……意味分かんない。それじゃ納得できない。さゆは普通に正吾君の事好きなんだけど」


 うーん。どっちにしても中学生の彼女に言っても理解されないとは思うけど、後で変な噂を立てられても困る。正吾は女の敵、みたいな。俺はできるだけ正直に話す事にする。


「キモいと思うかも知れないけどさ、俺にとって付き合うという行為は、恋愛じゃないんだよ。中学生が何言ってんだって話だけど、要は婚活なんだ」


「婚活?」


 ああ。この頃にはまだそんな言葉は流行ってなかったっけ。


「ええと、結婚活動の略。つまり嫁探しのこと」


「じゃあ、さゆは正吾君のお嫁さんになるには不足って事?」


「まぁ、誤解を恐れずに言えばそうなる。ただそれは、だからさゆちゃんが悪いとかじゃない。さっきも言ったけど、相性の問題。どちらかと言えば、俺のキャパシティが低いって話だ」


 極論、相手がどんな相手だろうが俺が全てに目を瞑れるなら何の問題もないのだ。それが出来ないというのは、俺の器が小さいという話なのだろう。


「……もっとはっきり言ってくれないと分からない!」


 確かに。ここまで仲良く付き合ってきたのだ。はっきり言うのが礼儀だし、適当に誤魔化すのは、ただ逃げているだけだ。


「……婚活だからね。俺は子供が出来た後の事も考えている。一番致命的だなと思ったのは、さゆちゃんのお母さんが、まだ1歳にも満たないさゆちゃんを保育園に預けてしまった事だ。つまり、さゆちゃんは子育てに耐えられない可能性が高い。遺伝的にも、育った環境的にも」


「そんなの!さゆにはどうしようもないじゃない!」


「だから言っただろ。別にさゆちゃんは悪くないって。実際のところ、子供が出来てみない事には分からない事ではあるし」


「そうよ!そんなのまだ分からないじゃない!」


「残念ながら、子供が出来てからじゃ引き返せないからね。事前にできるだけリスクを下げたいんだよ」


「……別に、私が頑張って子育てすれば良いんじゃないの?」


「その通りではある。さゆちゃんにとって子育ての難易度が高い場合、さゆちゃんが頑張るか、あるいは俺が頑張るかの二択になる。そして、その状況はお互いが無理をするってことだ。幸せには遠い。ごめんだけど、結論は変わらない。……それじゃあ、また明日」


 言うべき事は言った。部活もあるからそろそろ行かないと。


 教室を出ようとする俺にさゆちゃんが声を掛ける。


「私、諦めないから!」


「……」


 いや、素直に諦めて欲しいんですけど……。


 別に俺は彼女を傷付けたい訳じゃないから、理由に関して全てを語った訳じゃない。理由は、他にもある。俺は前の人生でもまぁ勉強が出来た方で、二度目だから尚更だった。付き合って早々さゆちゃん家に勉強を教えに行った事も何度かある。彼女はなんというか、素の頭は別に悪いとは思えないのだけど、とにかく、頑張れない。彼女の頭なら普通にやってればもっと上に行ける筈なのに。嫌な事はやらない。あるいはそれは普通なのかもしれないが、俺は許容できない。頭が悪いやつが頑張ってる方が良い。専業主婦に頭の良さなんて要らないし。大事なのは根性なのだ。他にも部屋がゴチャゴチャしてるとかもあったけど、やっぱり一番はそれだ。




 さゆちゃんと別れた俺はその足で部活に向かう。やり直し前の人生では武道系の、具体的には剣道をやっていて、あれはあれで良かったのだがいかんせん男比率が多いしあまり男女間でどうとかいう感じでもなかった。浮わつき度が足りない。今回はその反省を踏まえて、バレーにした。運動は大事。日の下は嫌だ。練習もそこそこ。男女比一緒くらいで、そして浮わついてる。総合的に考えて悪くない。


「遅かったな正吾。例のさゆちゃんか?マジで別れたの?」


「え?正吾、別れたの?マジで?」


 部活で友達になった彰と香苗が声を掛けてくる。俺はバレーの準備で着替えながら答える。


「マジで。いや。全然、悪い子じゃなかった。もう一歩だったんだ。俺の理想が高いだけで、さゆちゃんは普通に良いと思う」


「どうだろう……。俺の目からみると、正吾って理想が高いようにも思えないんだけどなぁ。なんでそこなの?っていうか、もっと上でも狙えるんじゃね?っていうか」


 まぁ、正直、俺のスペックは悪くないと思う。容姿や運動能力、頭の良さ、面白さ。どれをとっても上位だと思う。前の人生ではコミュ障だったのと中二病だったのが災いして、経験人数は大したことなかった。だが今回は違う。社会人生活で鍛えたコミュニケーション能力と、流石にもう中二病も卒業してる。今の俺に弱点はない!


「彰と違って俺は面食いじゃないんだよ。ちゃんと中身を見てるの」


「え?じゃあ私もワンチャンある?」


 香苗かぁ。今の所分かっているのは、顔が合格している事だけ。この部活じゃ根性必要ないし、他の情報も知らん。


「香苗、料理できる?」


「うーん、どうだろ。人並みには?」


「そうか。付き合うのはやぶさかじゃないけど、今日の今日だから、最低でも一ヶ月後から。あと、俺の目的は嫁探しだから、今回みたいに早々に別れる可能性もあるけどそれでも良いなら」


 ……そうだな。さゆちゃんの時も、最初から言っとけば良かったんだ。いやまぁ、これが事前に言えるかどうかは、その時点での相手との新密度によるけど。


「え?正吾、マジで?」


 信じられない物を見るような顔で驚く彰。対して香苗の反応は。


「……良い。……全然、良い!なるなる!お嫁さんになる!一ヶ月後ね!OK問題なし!嘘付かないでよね!」


「……」


 ええ……。テンション高くない……?周りも何事かとこっち見てるし。恥ずかし。

 っていうか嫁探しだって言ってるじゃん!あんまりテンション上げられると駄目だった時に別れる際の心労が大きいから止めて欲しいんだけど……。


 そんな俺の気持ちは知らず、その日の香苗は絶好調だった。


 俺は俺で真剣に部活動で汗をかき、気持ち良く帰路に着くのだった。


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