第39話 UK⇒⇒⇒JP
今回の一件は、言葉そのままに「魔導院旧血種事件」と呼ばれ、先月日本で起きた世界樹顕現なんてそっちのけの勢いで大騒ぎすることになった。
旧血種が特位魔術師に化けていた――なんて魔導院の権威が地に墜ちるような出来事だそうで、あっという間に他の魔術組織のお偉いさんが集結したらしい。
勿論、黄金の旧血種を撃退(?)した螺旋巴の存在はひた隠しになっている。
もし、あの場で螺旋巴が行ったことが全て明かされるようなことがあれば――――処分は死より重いものとなるだろう。
しかし残念ながら、目撃者ゼロとはいかない。
紡稀が黄金の旧血種と戦闘を行った場所――俺と香夜が到着する以前から同じような野次馬は多くいたようで、無論、黄金の旧血種がポンと消え去ったことも彼らには伝わっている。
だから、紡稀はたいへん苦労したらしい。目撃者全員の記憶を消してまわる……どんな魔術を使っても復元ができないほどにさっぱりと。魔法使いであるとはいえ、野次馬を片っ端から特定して記憶を消していくのは楽とは言えない。似た件で言うと、西浄断彩が連続殺人を行い、解体殺人という事件の火蓋が切られた頃のエピソードがある。朝、学校の中で首ナシ遺体が見つかったときの事だ。あのときは香夜と海上寺が二人がかりで全校生徒に片っ端から忘却の魔術をかけるなんてことをしていた。まぁ、そっちはそっちで量をこなさなければならないから大変だったろう。その後も、辻褄を合わせるために生徒の記憶に介入を続けたというし。
でも、今回の紡稀の相手は魔術師だったり、それに匹敵する超常を持った人間だ。当然、簡単な忘却の魔術などは無効化する術があるだろうし、抵抗もしてくる。仮に、記憶を消せたとしても、脳ではない別の場所に記憶をバックアップしていました……なんてヤツもいただろう。派手に暴れたのだから、カメラなどの電子機器で記録した連中だっているはずだ。魔術を扱うからといって、機械が使えなくなる制約はない。
それに、西浄断彩の殺人のように突発的に発生し、霧のように消えたわけではない。紡稀と黄金は少なくとも二時間はああして戦っていたようだし、山が一瞬で消え去るような規模で殺し合いをやっていた。
部外者が集まらない方が不自然だ。たとえ、それが英国のド田舎であっても。
なので、始末には苦労したらしい。俺から見れば、紡稀が何もしていないように見えたんだけど、そんなはずはなく。時間に特化した魔法使いらしく、そこはズルをしたらしい。
だから、全て片付いたと彼女が言うまでにそれほど時間はかからなかったんだけど、目に見えて疲れているなとは思った。
今回の件で、幻影が仰々しく俺を出向かえるのはヘンだ。だから、俺は特になにかされるわけではなく、けれど状態は確認すべきだから大至急と、黄金を撃破した足でそのまま日本へとんぼ返りすることとなった。
――――少なくとも、魔導院で全てを語ってはいけないから。
勿論、監視役はいる。紡稀という監視役は。
ただ、紡稀もそのままの姿では色々と問題があるらしく、二十代前半のような見た目だったこれまでとは逆行して、それこそ昨年一緒にいた頃のように、小学校低学年くらいの容姿へと変貌していた。
力を抑制するように、小さくなった。
いや、実際体を小さくしたところで魔法使いとしての権能が失われるわけではない。紡稀が体を小さくした理由は、単なる変装のようなものだった。
魔法使いであるとバレないように。
紡織師であるとバレないように。
気休めかもしれないけれど、見た目の偽装は大事だと、紡稀は言った。
俺もそっちの姿の方が、なんだか絡みやすいなと思う。それに、白銀の旧血種がしばらくの間偽装に成功していた例がある。
姿形を変えるなんて、それほど意味がないのでは。わずかにそう思っていたけれど、あんな前例を見てしまった以上、なにも言うことはない。
◆
状況が状況。しばらく居候させてもらった螺線の家には、ご挨拶もせず、荷物だけかっぱらって空港まで来てしまった。(ちなみに、荷物を取りに行ったのは紡稀だったりする)
人の多さと、絶えず館内に鳴り響く英語のアナウンス。数時間前まで人気のない森林で怪獣大戦争って規模の戦いに身を投じていた者としては、完全にアウェーであるここロンドンの空港であっても無性に安堵するものだ。(帰りの飛行機をあわてて押さえたのも紡稀だったりする)
「あー。日本に帰ったら須臾さんのところになにか贈らないといけないなぁ」
帰国するにあたって螺線ファミリーに連絡したのは空港に到着してからであり、電話一本で挨拶を済ませてしまった。まったく、失礼にもほどがある。
俺が、螺線宅の固定電話に電話をかけたものだから、久遠ちゃんとは一言も交えずに帰国となる。久遠ちゃんの携帯に電話しても、反応がなかったから仕方がないにせよ、やはり人としてどうなのかと思う。
拉致されて………その救出に来てもらって礼もなし。なんてヤツだ。
しかし、久遠ちゃんに大きな怪我がないことは(紡稀の魔法を介して)確認できたので、とりあえずは安心だ。今度連絡をする際には、ひたすら謝罪するとしよう。
紡稀から聞いた話では、俺を拉致するときにセクタヴィアはあの家に大穴をあけたらしい。二階の一室にそのまま突っ込めるように、屋根を吹っ飛ばしたとか。聞くだけで胃が痛くなった。修復するのに何百万かかるのだろうと。
しかし流石は紡稀ちゃん。俺の荷物一式を取りに行ったついでに屋根を綺麗サッパリ修復してくれたのでした。
とはいえ、あれだけトラブルを持ち込んだのだから、今度しっかり謝罪せねばなるまい。そう考えるとまた胃がぎゅるぎゅると鳴り始めた。
「また、
そうこうしているうちに、アナウンスが聞こえてきた。
モニターには大きく、「TOKYO」と映し出され、俺は小さく息を吐く。
「じゃあ、帰るか」
側にいる幼女の頭を撫でて、俺は飛行機に乗った。
そういえば、紡稀の力で瞬間移動はできないのかって? リスクが増えるって、却下されたよ。
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