第35話 繋がる螺旋
疑似新世界創世。それは、現実とはかけ離れた空間に異世界を生み出すというもの。この世界では、発動した人間の在り方や生き方……そういった根本的な部分が反映されることで、物理法則や因果関係を無視した行いが可能となる。
しかし、発動した本人がその世界の全てを管理できるわけではない。そんなことが可能なのであれば、螺旋巴など介さずに倉井戸香夜が黄金を殺すことだってできるだろう。
何故螺旋巴が必要とされたのか。それは彼の特異なルーツに起因するもので、改めて説明を行う必要もない。
だから、倉井戸香夜はこう思っていたことだろう。
“発動さえできれば、黄金を仕留めることは可能だ”と。しかし、実際そう上手くはいかない。たしかに一度、黄金を殺すことには成功したが、あれは偽吸血鬼以上に不死身。人間の言う死の定義で、生命活動を停止したとしても、もっと根本的な部分で旧血種を殺さなければ意味がない。
螺旋巴優位に見えたこの展開は、すさまじい勢いで劣勢へと追い込まれていった。
「香夜のヤロウ! 勝てると言ったろうに!」
「それが遺言でよいか、小僧!」
黄金を“殺す”ことはできている。それはこう、自分がまるでこの世界と一体であるように、情報として頭に流れ込んでいる。
一度死んでいる。アレは既に終わっている。じゃあ、今動いているアレはなんだ? 寸分違わず、さっきと同じ、あの怪物は。
この世界の発動時間がどれほどのものかは知らない。けど、幻影の連中から聞いた話では五分も保たないくらいだ。それまでに、黄金の完全に殺すか、どうにかしないと、おそらくコイツは、
つまり、そうなれば完全に詰み。それどころか罪だ。(誰が上手く言えと)でも実際、黄金が擬似新世界を模倣するような事態になってしまえば、これまでの行動は紡稀の援護ではなく、更に窮地へと追い込む行為だ。生きて帰れたらの話だけど、それでは合わせる顔がない!
「くそッ、後悔はあと!」
とにかく、次の一手を考えないと————どうやら俺の疑似新世界は、延々と続く螺旋状の世界に、「得体の知れない泥のような闇」が蔓延っているというものらしい。なんとも趣味の悪い世界だ。それだけは黄金の意見にも同意できる。なんせ、その「闇」に呑み込まれたら即死。普通の人間や、そこいらの怪異なら一瞬でお陀仏するものとなっている。だから万物を殺すことに特化した世界である。というのは間違いないし、香夜の予想もおおむね的中している。
ただ、今回は相手が悪すぎた。
あれに死なんてものは存在しない。
無理矢理こっちの都合で殺しても、終わりがないのが当然というような生物。だから、その死を覆してくる。
「いや、死を覆すってなんだ⁉」
とっくに頭はパニック状態。黄金が泥の中から這い上がってきた時点で、こっちは手札切れだった。
こんなものでは、(おそらく全盛期だった)年末の俺でも旧血種を殺すなんて不可能なんじゃないか?
「はは。そういった所は遺伝していると言えるのかな?」
「な、なんのことだよ」
「考えるな、その瞬間、お前は死ぬ!」
「いッ‼」
全身の血管がおもいきり引きつった。脳に直接電撃を加えられたみたいに、ビリビリとした痛みが視界を揺らして、事象が全てゆるやかに見える。
走馬灯?
いや、そんなものじゃなかった。
◆
「時間が、止まっている? いや、これは————」
黄金の攻撃がすんでのところで止まっていた。
刹那とはこういうものか、と。そう思うほどで、黄金の異様な形に膨らんだ、ムッキムキの腕は今にもこの俺を貫こうとしている。
黄金は状況に合わせて体を適応させる。普段は華奢な体つきをしているけれど、こういった戦闘時には一部分だけが異様に筋肉質となる————そういった、黄金の旧血種特有のスキルが今はいくらでも観察できる状態だ。勿論、そうやって呑気に眺めていれば次のシーンで頭が木っ端微塵になっているのは容易に想像できるけれど。
しかし、どうしてこんな状態になったんだ?
「それは今の螺旋巴が特殊であるから———いや、“今”ではなく“この世界”の巴が」
自分の声が聞こえてきた。それに合わせて、この虚無に漂っていた赤色の螺旋が波打っている。どこまでも続く長い螺旋は、突如として俺の元へと収束を始め、あやとりみたいにその赤い線を交差させ続けると、やがてそれは人の形へとなった。
少し形はあやふやで、輪郭もはっきりとは認識できない。けれどそれは間違いなく、この螺旋巴の同類のなにかで、あるいはそれを模倣したものだった。
「あー……もう一人の自分だとか、人格だとかそんなのはもう沢山なんだけど」
などと、愚痴を漏らす。
「残念ながら、僕はそういった類いのものだよ」
少し掠れた声で、男はそう苦笑した。今の自分に比べて幾分も落ち着きがあるようにも見えるけど………。
「時間がない。これじゃあどの道死んじまう。アンタ、誰なわけ」
「何も救えなかった者の残滓……赤石での世界樹顕現を防げなかった巴。そう言えば分かるだろう?」
「ッ……じゃあ、お前は」
「そう青咲巴だ。僕は、紡稀の本当の父親」
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