閑話 荊棘と螺線Ⅲ

 セクタヴィア優位に見えた、久遠との殺し合い。

 その結末は。


「術を起動させた本人を殺せば、それで一帯の植物は異物に対する過剰反応をやめる。最初から私は、長期戦に持ち込むつもりはなかった。本気で殺せと、そう言ったのに」


「ク、オン……」


 銀色の刃が赤に染まる。

 背後を取られ、死を悟ったセクタヴィアは思わず振り返ったものの、最期に親友がどんな顔をしていたのか。それを知る間もなく、意識は途絶えることとなる。

 首がすっぱりと切断され、身体が僅かに痙攣する。まるで天に助けを乞うような挙動をして、セクタヴィアの胴体は地に伏した。

 つまり、久遠の勝利である。


 ◆


 セクタヴィアの敗因を考察するのに、深慮する必要はない。敗因は感情的なものだからだ。

 失うことに恐怖した。自分で終わらせることに恐怖した。これまで続いてきた螺線久遠との関係を断ち切るか否か、戦闘が始まった時点でその答えは出ているというのに少しでも長く考える時間を求め、徹底防戦に努めたのが原因だった。


 結果、セクタヴィアは久遠が致命傷を負うような攻撃を行わなかった。

 考えることをやめられなかった。


『ここで、私は戻れなくなる』


 そんな言葉が思考を遮り続けたのだろう。そして、最後までその迷いが消えることはなかった。


 が、それとは裏腹に、久遠はセクタヴィアを殺すことになんの躊躇いもなかった。それどころか、彼女はセクタヴィアをために、十数回にわたり、躯体を切り刻んだ。すぐに蘇り、怯えながら抵抗する親友を。


 偽吸血鬼の唯一の弱点だといえる、。魔術を扱う上では避けては通れない、魔術深度の影響。

 体を怪異化させたとはいえ、元々は人間である。車のエンジンに無茶なチューンを施して動かし続けたら、やがて壊れてしまうように、いくら不死身といえど、死にすぎるのは問題だ。(不死身の定義といった話は棚に上げておこう)


 結果、一時間もしないうちに何度も蘇生を繰り返したセクタヴィアは、肉体の許容を超えるダメージに蓄積により力を完全に失ってしまっていた。

 久遠が最後に首を刎ねる必要すらないほど、最終的には衰弱していた。


 ◆


 久遠から白い吐息が漏れる。

 もはや異世界と化していた禍々しい植物たちによる宴は終わり、また静かな夜が始まった。一帯には生活の光すらない。大地を照らしてくれるのは月光の光だけだった。


「もう人間を辞めているのに、人間らしい情を持ったまま死ぬ。貴女らしいといえばらしいけれど、そうですか。そこまで私を、私を大切に想ってくれていましたか」


 セクタヴィアはもう動けない。動かない。

 頭のない胴体だけが、だらんとその場に倒れ込んでいる。白い炎といった偽吸血鬼特有の蘇生の兆しは本当になくて、赤い血がむくろの周りを染めるように、じわり、じわりと広がっている。

 それを見て、久遠は昂ぶっていた。一人、空を見上げてこの孤独に酔いしれる。

 風が心地よくて、いつもなら気になるこの寒ささえ、私にはとても気持ちがよかったと。


 “嗚呼、生きていると実感できる”


 “やはり、これほどに美しい瞬間はない”


 体は堪えきれなくなって、ぷるぷると震えている。


「は」


 思わず、笑ってしまった。

 こんなにはないと。

 久遠は、セクタヴィアの頭部を掴むと、それをとても大切そうに抱き込む。


「最高。最高ですよセクタヴィア。貴女と数年間、仲良くした甲斐があったものです」


 数秒前の死から時が止まったようにして硬直させた顔を優しくもみほぐす。瞳も開いたままだから、私はそっと閉じてあげた。


「言わなかったことがあるんです、セクタヴィア」


 そう言っても、答えるはずがありません。けれど、人というのは亡くなった後もほんの僅かな時間であれば聴覚だけが生きているといいます。だから、一方的に私のねじ曲がった心を晒すのです。


「私、大切なものを壊すのが好きなんです。

 自分の一番大切なものを、人を、自分の手でころす。

 そうやって、頭をおかしくする。

 罪悪感とか、喪失感とか、そういったものがぐちゃぐちゃに混じって頭の中でドロドロに溶ける。そういう感覚が、私は大好きなんですよ」


 そうして告白する自分の表情は、さぞ気持ちの悪いものだろう。わかっている。それは倫理観がどうかしていると、理解している。だけど、“そういう行いをしている私”にどうしても心がおかしくなる。

 人殺しはいけない。それはわかっている。ましてや、自分から大切な者を殺めるなど。

 元々組み込まれているプログラム本能が、崩壊している。

 異常な行為なのに、本来は絶望するはずなのに。


「やっぱり。やっぱり私は壊れている。やっぱり、私はこうでなければ」


 着物姿の少女は、細い指で頬に飛び散った血液に触れると、そのまま口元へと運ぶ。大切なひとの血を摂取した彼女は、恍惚とした表情でしばらくその場に立ち尽くしていた。

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