第33話 番外の駒は盤上へ

 戦闘の衝撃はすさまじいものだった。多分、大抵の人間は吹き飛ばされる。戦闘の中心へと向かうことすら叶わない。竜巻の中へと突っ込んでいくようなものなのだから。

 車を降りて、見晴らしのいい高台へと移動する。といっても、周囲には建物が一切ない。あるのは標高の高い山だけだ。だから香夜は、俺を担いでそこまで移動した。もちろん、普通に登山をしていてはその間に戦闘がどうにかなってしまう。

 魔術鎧装まじゅつがいそうで足回りをガチガチに強化したあと、一気に跳躍。山頂に着地した。

 酔いそうだったとか、色々文句は言えそうだったけど、そこから見えた光景が何もかも打ち消した。


「あ……え?」


 土砂と烈風。ミキサーみたいに大地がぐっしゃぐしゃに回されている。あまりにもレベルの違う戦い。俺は紡稀の戦いぶりを見て言葉を失う。

 最接近するのはどう考えても不可能だ。自殺しにいくようなものである。遺体なんて残らないほど木っ端微塵になって死ぬことだろう。ここ数百年で大災害と呼ばれ多くの命を奪ったものともまた違う……それ以上に酷いものだ。いくつもの細かな石ころがぶつかりあって一帯を暴れ回る、スペースデブリみたいな。

 紡稀が何かしらの策を講じているのか、安全地帯と危険地帯の線引きははっきりしている。それが幸いして、俺たちがいる場所にまで岩石が音速で飛んでくるようなことはなかった。黄金と紡稀を起点にして目測半径1キロメートル。戦場の大きさはそれくらいだろうか。ただ、何度も言うように、その領域に入れば間違いなく死ぬ。この1キロは俺たちにとってはデッドゾーンだった。

 だから、これじゃあ一切手が出せない。

 俺が呆然と立ち尽くしている横で、香夜は小さく笑った。


「成程。やはり加減をしているのか」


 まるで、それくらいは予見していたというような落ち着きぶりだった。

 旧血種と魔法使いの戦闘。そしてその規模に驚きはしていたが―――それに絶望しているわけじゃない。「なんだこれ、面白いな」といったニュアンスで、彼は顔を緩ませていた。


「行ってこい」


 そう言って、香夜は持ってきていたトランクを解錠する。

 中から飛び出していったのは、黒くおぞましい影。

 前々から、彼が使役していたよく分からない使い魔だった。


「あれ、一体なんなの」


「言ってなかったっけ?」


「知らないよ。というか、そんなものは押収されたのだと思っていたけど?」


「あれは簡単に作れるからね。僕なら」


 聞かなかったことにしておこう。


「僕の影みたいなものだよ。疑似新世界を派生させたものでね、つまりは倉井戸香夜の本質ってわけさ」


 香夜の世界に引き込まれれば、遺品まみれの草原に辿り着く――なんて経験者が語っていたけど、つまりどういう本質なんだ?

 殺してきた者の武器や道具を模倣する――――模倣? つまりは、トランクの怪物アレも同じく模倣したものなのだろうか。でも、そんなことができてしまえば、あらゆる魔術をコピーすることだって可能では? 

 うん、今考えることではないな。


「で、それを出してどうするわけ」


「簡単。あれを起点に疑似新世界を発動させればいい。疑似新世界で異界に引き込める範囲はどんなに頑張っても500メートルくらい。だからどうしても接近する必要がある。じゃないと攻めに転用できないからね。でも、あの影を起点にすれば多少相手が遠くにいても発動できちゃうってワケ」


「その影が、黄金に補足されて潰されるってリスクは?」


 香夜の使役する、“自らの本質カゲ”とやら。実態がないとか、本体はどれだとか、怪異でもないのかとか、そんなことは後で考えるとして。

 問題は、


「アレが戦闘の余波で吹き飛ばされて打つ手ナシ。なんてことはやめてくれよ」


 なんせ規模が違う。そろそろ小惑星が降ってきても別に驚かないくらいだ。

 大地はみるみる抉られて、どんどんクレーターが大きくなっている。

 たとえ人間でなくとも、それこそ吸血鬼であったとしても肉体そのものが蒸発してすぐに天に召されるだろう。

 果たしてその状況の中、あの影は黄金を射程圏内に捉えることができるのか?


「そこは問題ない。少なくとも今はバレてない。影は地下100メートルくらいを潜行しているから、問題なのはスピードだ」


「スピード……」


 まるで何が起きているか分からないもんな。

 光と光がぶつかる度に、大気が揺れて、爆発音が響く。思わず耳を塞ぎたくなるくらいだ。


「あれでも結界を張っているようだね、紡稀ちゃん」


「あんな戦闘をするには、とっても頑丈な結界かべがいると思うけど」


 ここから眺めていても、ゾッとするものだ。人間らしさとか、生物としての危機感がガバガバなこの俺でも、少々体温は下がる。


「保険も含めて二十三枚の結界か?」


 結界にしてはあまりにも多い部類だ。ただの魔術師であれば展開することすらできない。周囲を護るために、紡稀はそれだけ用心してるってことか。

 ただそれも、


「……突破したのかよ、アンタの使い魔は」


「まぁ」


 倉井戸香夜にあっさりと侵入を許してしまっている。


「なんてヤツだ」


「でも、どれも初歩的なものばかりだ。『なんだこの結界は~⁉』ってなるようなものはなかった。結界の質は極めて高いけど、強引にねじ込めば影くらいは入る。セクタヴィア・ソーンの、あの刺々しい植物結界の方が仕組み的には複雑だよね」


 植物結界……車でギリギリ脱出した際に見た、禍々しい植物たちによる結界。

 結界にも種類はある。『人避け』と『その場の認識阻害』。それができれば結界として特に問題はないのだが、手慣れはやはり、結界を応用して自分に有利な場を作ったりもする。


 まぁ例えば、炎に特化した魔術師がいるとして、そいつが結界に応用を加えるならば――――周囲一帯を灼熱の炎で覆えばいい。それでも、結界として機能はするのだから。轟々と炎が燃えていれば、まず人は入ってこない。この場合、火事だと住民に騒がれて『認識阻害』は上手く働かないかもしれないけれど、境目はできる。


 植物結界と炎の結界。仮に紡稀が、こういった型の結界を使用していたら香夜のカゲによる侵入は時間を要しただろう。


「じゃ、ちゃちゃっとやってしまいますか」


 香夜は俺の背後に立つ。

 振り返ろうとするものの、前を向けと催促された。


「後ろからグサッと不意打ち……なんてのはやめてくれよ」


「え? 聞こえない。後にしてくれる?」


 一応、眼前では超大規模バトルが繰り広げられている。ぼさっと呟いた声なんて当然聞こえやしない。

 香夜は既にカゲを結界内に侵入させた。だから、ここから先はダラダラと行動する時間もない。万が一にもあのカゲがやられてしまっては作戦はここで詰む。

 そういうのもあってか、香夜の声音には張りが戻っていた。


「――はいはい」

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