第13話 夏祭りへ
「まぁさっきよりはマシね」そんな倉井戸蒼様のファッションチェックを無事終え、僕たちは駅前の集合場所に向かった。のだが、ここにきてようやくこの夏祭りの窮屈さを理解する事になる。
「よう。倉井戸」
「あ、蒼!心配したよぉ。三日も連絡つかないんだもん」
集合してすぐに、倉井戸は友人たちに囲まれた。もちろん僕は置き去りだ。
えーっと、確か、ツンツン頭の茶髪美男子が
その隣で倉井戸にしがみついているのが
更にその横では時雨さんが窮屈そうに突っ立っている。僕に気がついて少し微笑んでくれた彼女にドキッとする。
時雨さんも朝日も今日は浴衣だ。時雨さんは紺色、朝日は薄い桃色。二人ともよく似合っている。
「ごめんごめん。ちょっと熱出しちゃってて」
倉井戸はしがみつく朝日を引き剥がすとそう言った。
勿論嘘である。
こいつはそんな軽い体調不良ではなかった。こんな顔で振る舞えるのが衝撃だ。
「えー!もう大丈夫なの?」
朝日は肩をブンブン揺する。
病み上がりだって言ってる人にやることなのか………。
「うん。大丈夫大丈夫」
苦笑する倉井戸だったがその顔はどこか嬉しそうだ。
————あれ?僕の前とは随分態度が————違う気がする。
「倉井戸も体調崩すことがあるんだな。珍しいこともあるもんだ」
駅前で配布されていたのか、パチンコの広告が印刷されたうちわを仰ぎながら盲杖桜は呟いた。
「あはは—————はいそれじゃあ今日のゲスト!」
無理やり話を切り替えると倉井戸はこちらを指してそう言い放つ。
「青咲巴くんでーす!」
「え」
一対多数の会話に慣れていない僕は視線が集中した瞬間に体が固まる。
「お、確かにオーラ変わったな」
「でしょでしょ」
何の話なのやら。僕は近寄ってくる盲杖桜がクラスカースト的に(?)何だか怖いんだけど。
そんな盲杖桜が目の前まで来て一言。
「脱オタ一歩前進だな!」
「は?」
思わず口から声が漏れた。
「いやぁホントびっくりだよねぇ。蒼にリア充になりたいから僕を指導してくれ!って夏休み開始直後に言うなんて」
「別に俺に言ってくれてもよかったんだぜ。青咲」
はははと二人は笑う。
ああ、ああそういうことですか。
教室でも人気があった綺麗で優秀な彼女と何もしないちょっとヤバそうな人間である青咲巴が接点を持つ。ということは他のクラスメイトからすればそりゃあ変な話だ。だからこうやってコイツは頭のおかしいエピソードを追加した。
もう少しマシな冗談があっただろうに。
倉井戸はわざとそんなことにしてようで盲杖桜と朝日の背後でいつもの黒い笑みを浮かべている。
「は、はははは」
笑ってはぐらかす事しかできないのが悔しい…………
◆
電車の中はやはり人が多かった。
満員電車とまではいかないが窮屈だと感じるくらいには混み合っていたし、駅に降りてもそれは続いた。
時雨さんとゆっくり話す時間を持ちたかったんだがしばらくは無理そうだ。
通勤ラッシュと同じくらい、いやそれ以上か。ぞろぞろと駅から降りた人間は同じ方向に向かって歩き続ける。
拡声器を使ってガイダンスをするスタッフや警備員なども既に各所でスタンバイしていた。
「時雨さん、鋼戸の夏祭りっていつもこうなの?」
「わ、私も久々なのでよく分からないんですが、この県のお祭りで一番大きいお祭りがこのお祭りですから、そうなんだと思います」
「へ、へぇ————ごめんね急に誘って」
「い、いえ烈火ちゃんとも行く約束はしていたので」
倉井戸のやつ、僕が誘えなかった時の保険まで掛けていたのか————。
朝日と倉井戸がグルなのは早い段階で知っていた。だけど、やっぱりアイツが何を考えているのかまだ分からないな。
僕と時雨さんが仲良くなって花火大会へ————高校生、夏、花火大会————浴衣、夜、いい雰囲気————
「いや、ないない」
『ごふ』
黄昏が笑ったのが分かった。
次実体化したらなにしてやろうか。
「あ、あの、どうかしたんですか?顔が赤いです————お水飲みますか?」
「あ、いや————いや、なんでもない。大丈夫だよ」
歩きながらもこちらを心配そうに伺う彼女の表情に何故か息を呑む。
いけないいけない。余計な事は考えるな。
人が多い。倉井戸たちとの距離が僅かに離れる。
時雨さんは僕のペースに合わせてくれているけど、他のメンバーはそんなこと知ったこっちゃない。
「っと、おわ!」
何かにつまづいた。
これだけ人が密集しているのなら仕方がないこととはいえ。
「ひゃあ!」
このように、友達の女の子に抱きつくのはよくない。
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