第12話 目覚め
「ん、んん」
更に数日。
動かぬ彼女をずっと見ること数日。
ようやく彼女は動き始めた。
「長かったな。ま、お前さんの話もじっくり聞けたし、よかった。じゃ、儂は隠れるんで」
「ああ」
読んでいた本をパタンと閉じると、黄昏は霧のようにフッと消える。
彼女が目覚める上で僕が警戒していたことが一つ。
それは、あの日のようにまたパニックになるのではないか。ということだ。
僕が黄昏と接触した際に彼女に大怪我を負わせ、
この数日考えた結果、僕にできることは————
「おはよう。倉井戸」
このように、普通に振る舞う事だけだった。
薄く開いた目は、体を起こすと共に徐々に広がっていく。
「い、いたっ」
普段聞かない可愛い声を出しながら周囲を見渡す。
そしてその視界に僕が入ると、顔は赤く染まった。
一瞬、またパニックになるのかと全身が緊張しきったけど、それは無駄に終わったらしい。
「な、なんで私の部屋にいるのよ‼︎」
「どわぁ‼︎」
胸部に一撃。
勢い余って三回転。
扉に逆さで張り付く形で吹っ飛んだ。
「げ、元気そうで何より————体の調子は大丈夫なのか?」
背中をさすりながらゆっくりと声を出す。
「あ?」
ドスの効いた声で一声。
「あ?じゃないだろ。お前、数日間寝込んでたんだよ」
「今日何日?」
そう言われてスマホを見る。
「えーっと八月九日だな」
驚いた。三日も彼女の様子を見てたのか。(もちろんずっとではないが)今の今まで気がつかなかった。
「————————」
僕の言葉が相当衝撃だったらしい。固まってる。
「————今日夏祭りの日じゃない!」
突然バタンと立ち上がるとそのままリビングへ向かう。
え?いや、体はいいの?
「おい待て倉井戸」
慌てて腕を掴む。
「何よ」
「体の傷はもういいのか?お前。何日も眠ってたんだぞ」
「そんなに寝てないわよ。私が眠ったの、三日間だけでしょ?」
「いやそうだけど。お前の体は不死身じゃないんだぞ」
「吸血鬼が言えば信憑性が増すわね」
ヘッと笑いながら倉井戸は言う。
「皮肉は言わんでいい!」
「大丈夫よ。どうせ香夜が来たんでしょ?なら体はもう快活よ」
ぽんぽんと胸の辺りを叩きながら回復をアピールされるが、それでもやはり心配だった。
「でもな————」
僕に刺されたんだぞ。お前————。
なんて自分から言えるはずもなく。
口は固まったまま、時は過ぎて。
「はいはい。それじゃあ今日はずっと監視してくれたらいいわ」
「え?」
「それならあなたも安心でしょう?いいじゃない。それで。そうね、時雨さんも誘ってさ」
「はい?」
「忘れたの?約束」
「なんの?」
「夏祭りの事よ」
ああ。今の今まで忘れてた。
こいつとはそういう約束をしていた………。
◆
それからはあっという間に事が進んでいった。
朝に目覚めたとはいえ夕方には祭りで駅周辺はパンパンになる。誰かと集合するとなると十五時頃には駅前で合流しておきたい。
開催される場所は電車で半刻ほどの鋼戸。香夜の事務所がある足屋と赤石の間にある。とはいえやはり距離はある。早いに越した事はないだろう。
—————というのが倉井戸の言い分で。
まるで三日寝ていたとは思えないくらいのスピードで事を成していた。
朝までに友人たちへの連絡を済ませ、昼には軽く食事を終える。その後風呂で体を洗うと服の準備を始めた。
「時雨さんへの連絡は巴くんがやってね」と言われたので連絡したけど、ここまでピンピンしているとやはり心配になってくる。たとえ魔術師といえども。
ちなみにだが時雨さんにはこの三日間にSNSで少しだけ近況を報告している。もちろんそれだけではしっかりとした説明はできていないと思っている。なので、今回の夏祭りで話さないといけないんだろうな。
ということを考えながらぼうっとソファに座っていると、倉井戸から一言。
「何してるの。着替えるわよ」
「いや、着替えるって僕はこの服で行くつもりだよ」
「は?何言ってんの?」
「いやそんなゴミのような目で見るな」
「夏祭りなんだからもうちょっとマシな服選びなさいよ」
「え、ええ」
「それじゃあ十四時までに服装を考えてみなさい」
「はぁ」
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