第11話 記憶の深層/type-blue
◆
あれから香夜は、軽く倉井戸の身体の状態を調べると僕に具体的な説明もなく、そそくさと帰ってしまった。
「食事も普通にオッケーで、目が覚めるまでは僕がずっと様子を見てろ・・・そんなんでいいのか。本当に」
「なんなら儂が見ておこうか?」
「いや、いい。僕の責任だし。時雨さんのことも気になるけど、優先すべきはこっちだろ」
香夜が出ていってからというもの、黄昏はずっと人型のまま部屋にいる。
数百年前とはいえ元は人間だったんならそりゃあ人の姿になれるか。
そっちの方が嬉しいんだろうか。本人としては。
「何だ?ジロジロと」
「いや。お前、人間の姿の方が好きなのかなと」
「そりゃあな。あの男も話していたろう?亡霊の塊を統合して生まれた存在が儂よ。この状態の方が気が楽だな」
「気が楽・・・」
「本能みたいなもんさ」
「その————どんな怪異だったんだ?集落を襲ったのは」
「さぁな。儂も契約者が変わる度に記憶の保持がおかしくなっててな。最初の主人様の姿さえも思い出せん。分かるのは自分に備わった機能くらいだ」
「怪異の知識は?」
「それなりにまだ残ってるな」
「じゃあ吸血鬼のことは?」
「知ってる」
「でも吸血鬼って海外の怪異だろ?」
「一度海を渡ってここまで来たやつがいる。と言ったら信じるか?」
勝手にガサガサと彼女の机を漁りながら黄昏は言う。
「とんでもないことを————」
「異国の船に紛れていたらしい。とんでもなく強かった」
「え?戦ったのか?」
「まぁ」
「まぁって————」
「お前さんの持つ吸血鬼能力とは全然違ったよ。奴は太陽が弱点だったし眷属も作っていた。回復の時に白煙なんて出さなかったしな。ある人間の力を借りてやっと主人様は倒した」
大して面白いものがなかったのか黄昏は僕の横に座る。
「ある人間ってのは?」
「さぁな。ヴァンパイアハンターだったのかも。覚えてない」
「じゃあさ、俺のこの力は何だと思う?」
「吸血鬼の模造品。ってのが儂の見解だが、あの男に散々言われて自信がない。知らないだけで別の種類の吸血鬼かもしれない」
「正体不明ってわけか」
「そうだな」
「はぁ」
◆
それから倉井戸の部屋で数時間。時刻はとっくに昼の十二時を過ぎている。黄昏は部屋の本を片っ端から読むつもりのようで暇そうではない。むしろ嬉々としている。実体化して行動できるのが楽しいのだろうか。
僕は彼女の様子を見る。
意味もなくぼうっと。
ああ。やっぱり綺麗だ。
否定したいが否定できないこの事実。
びっくりだ。僕はこの女と同棲してるってんだから。
「こうやって静かにしてたら可愛いのにな」
思わず肌に触れる。
「おぅ」
そして思わず変な声が出る。
「んん————」
するとそれに反応し、彼女は声を出す。
「お——か、あさん」
「………」
閉ざされた瞳からはぽろりと涙が垂れる。
そういえば、こいつのご家族はどこで何をしているんだ?
今になってその違和感が脳を貫く。
夏休みだというのに倉井戸は一度も親と会ってない。
それに、もうすぐお盆だ。だけど何のアクションを起こしていない。
まぁ、それは僕も————なんだけど。
でも夏休みくらい一度実家に帰省するのが普通だろう。
じゃあ、じゃあどうして。
倉井戸は、泣いているんだ?
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