第7話 鬼×怪×魔

 ◆

 

「儂が知っているのはここまでだ」


「そうか————」


 黄昏の一撃を受けた結果、吸血鬼能力と元来からに僕の中に存在していた『記憶の魔術』の影響を受けた。そして体に異常が発生し暴走を始めた。

 これが事態悪化の原因ってことか。

 再生能力は精神にも影響する。黄昏がその両方の仕組みを壊し、更に封印されていた過去の記憶の扉までもをこじ開けたことで人間の脳は処理に追い付かず鬼の本能に持っていかれた————そう考えるのが妥当だと思う。


「僕がそんな能力を併用して持っているとは想像しないよな」


「儂は怪異殺しよ。そういった力を無力化することに長けているのはお前さんも予想できたろう」

 

 けっと笑いながらそう言う。


「僕の吸血鬼能力が勝つと思ったんだよ」


 十字架で刺されても死ななかったし。


「その能力も色々とおかしいみたいだがな」


「どういうことだ?」


「人の手が加えられている気がする。と言えばいいか」


「人の手————ああ、そうなんだろうな。きっと。僕は吸血鬼に血を吸われて眷属になった。みたいなオーソドックスな吸血鬼化をしたわけじゃないからな」


 倉井戸が突然刺した注射針。それを刺されてから僕の体はおかしくなった。

 しかし、何度も言うことだがそんな貴重な注射針をどうして僕に使ったんだろうか。あいつの考えている事は今でもよく分からない。


「変な話だな。そんな話、聞いたことがない。吸血鬼というのは親玉がいる。人間はその傀儡となることでその力を与えられるのが普通だろうよ————この数百年で吸血鬼の格が落ちたのか?」


「そこまでは僕も分からない。贋作だとか言ってたけど、詳しく聞いてないから」


「おいおい。何も知らないまま力を使うの危険だぞ、主人様」

 

 目を丸くしながら苦笑する。


「それ、今回の出来事で十分理解したつもりだよ。こんな思いはもう結構だ」


 太陽が相当上がってきた。もう鳥たちも鳴き始めている。

 眩しい。目を細めながら、倒れている時雨さんをそっと持ち上げる。

 真夏にこんな地べたで眠らせるわけにはいかないからな。


「うお、軽っ……。そうだ。それで、倉井戸の体から出た青い光っていうのは?」

 

 彼女の柔肌に触れて、少しドキドキしながらも屋敷へ移動を始める。


「お前さんがお嬢さんの体を突いた時に砂みたいに出てきたんだよ。蒼い光が。光を浴びた主人様は攻撃性が無くなり、挙動不審になった。美しい光だったが、あれも使い方次第では危険なものだろう」


「そんな魔術あるのか?負傷したら体から光が出て作用するなんて」


「あるにはあるだろうよ。体内に使い魔を住まわせて死に際に解き放つ————とかな。まぁ、そこまでやる人間はもうヒトではないだろう。怪物よ」


「倉井戸の体が、そんな体なのか————」


「可能性の話だ。確信もないし、儂にもあれは分からなかった」

 

 否定はできなかった。彼女も魔術師だ。危険な事件に対応するためなら、そんな手段を利用していてもおかしくはない。だけど、人の境界を保ちにくくなるような技だ、本当に望んでやったことなんだろうか。


「そういやどうして人型になれるんだ?」


「儂も曖昧な存在だということよ。元は怨霊だからな————それより、お前さんの話も聞きたいんだが」


 怨霊?一瞬思考がストップするが、黄昏にじっとこちらを見られるものだから急いで口を開く。


「ああ、もう一人の僕の事か」


「そうよ」


「アイツは過去の僕だよ。詳しいことはあんまり分からない。精神世界あっち側にいたときははっきりと覚えていたんだけど、その記憶も消え始めている」


 分かっているのは僕がこんな性格になった原因であり、互いにその被害者だったということ————――。

 正直まだ分からない事も多い。確信が無くて言葉にできない事もある。

 神澤町—――――。あそこにはきっといつか行かなきゃいけない。

 でも僕の事は黄昏の話を片付けてからだ。


「過去の自分?ハハ。そんなものと戦って苦戦しておったのか」


「魔術師だったんだよ。あいつ」


「あいつ?お前さんも魔術師だろうよ」


「僕も一応は魔術師だよ。だけどアイツは僕の知らない魔術を使った。この意味が分かるか?」


「ふむ、主人様がどうして魔術師になったのかは知らんが、防衛用の人格。とかか?」


「まぁ近いかもな」


「ハ。なんちゅう状態よ」


「驚くことにちょいちょい僕の体を使って行動もしていたみたいだよ」

 

 アイツと会った時、その記憶に触れた。

 アドルフォとの戦闘の時も、散々やってくれたらしい。意識を失った僕の代わりにあの魔術師をボコボコにして半殺しに。

 倉井戸たちが吸血鬼能力の暴走だと勘違いして話さなかったというのも線も十分ありえるな。とんでもない話だ。


「夢遊病。いや————二重人格みたいだな」


「属性てんこ盛りだよ。ホント」


「過去の記憶がなくて二重人格みたいで死に急ぐ吸血鬼野郎………面白いではないか!」


「やかましいわ」


 屋敷に入り、布団にそーっと時雨さんを置くと、ヘラヘラ笑う黄昏の頭を叩く。


「いてっ」


「あー、それで?お前は僕と契約したままでいいのか?」


「その質問そのまま返すわ。時雨家の問題に介入してきたのはお前さんだろう」


「まぁ、そうなんだが————」


 質問の仕方が悪かった。

 コミュニケーションが苦手だというのはどれだけ過去の記憶に触れても変わらない………。


「はぁ。お前さんのやったことは間違いじゃないよ。時雨家は世代を跨ぐ度に怪異に対する免疫や、体内に保持できる魔力の量が極端に減っていった————それが、この家族の短命の原因だよ」


「じゃあ、時雨さんはそれを知った上で————」


「そうだ。他の人間にこの儂怪異が乗り移らないようにするために、ずっと耐えていたのさ」


「待て————契約は途中で止められなかったのか?」


 そうだ。それができればこんなことにはなっていないはずだ。怪異殺しの末裔ならそれくらいの手段はきっと用意されていてもおかしくない。


「できなかったからこうなっている。初代の契約者は儂の裏切りや暴走を恐れて色んな制限をかけた。黄昏こちらからの契約解除の禁止、契約者が死亡した場合は最も近い血縁者と強制的に契約。魔力は全て契約者の体から賄うという制限」


「どんな契約だよ………」


「昔の儂はそれなりに強かったからな。人間どもは恐れに恐れた。それに重宝された。だがまぁ、結果はこうだ。刀の存在など忘れられるほどになり、一族の体質も変わってしまった。助けを求めるにも専門家などお前さんが来るまで逢わなかった」


「そんなことって―———」


「時雨の家はそうやって怪異との均衡を保っていたんだよ」


「均衡?」


「時雨の一族は怪異と逢ってしまった。それも長い期間、多くの怪異を消滅させるために。戦い続けた。そう、魔術深度。それが普通の人より高いんだよ。深度が上がればそれだけ危険性は上がる。他の怪異と出逢わないために、儂と契約し続けた。というのもあるんだろうさ」


「怪異と会うだけでも魔術震度が高くなるってことか?」


「多少はな。そして魔術震度が上がってしまえば必然的にということさ」


「それならお前と常に接触していることで『他の怪異と関わる事』を回避したと?」


「そうさ。これが案外通用したらしい。儂、強いし。抑止力って意味でも」


 ハハハと大声で笑うものなのでまた頭を叩く。


「はいはいそうかよ。朝なんだから静かにしろ」


「ハハ。久しぶりの男のご主人様はやはり楽しいの!」


「はいはい………」


「ん———青咲く——」


 布団まで運んだ時雨さんが目をゆっくりと開く。

 同時に上体を起こし、完全にお目覚めモード。


「「あ」」

 

 ホラ、お前のせいで起きちゃったじゃないか。そう目線をやるが黄昏は下を出して下品に笑う。

 人間の時の黄昏、イケメンだけど口調は古いしおっさんだし大丈夫かよ………



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