回想 私のまほうつかい
一人だった。
全部が灰色に見えた。
お父さんはお母さんが死んでから、あんまりしゃべらなくなった。
私は怖くなった。
人と話すのが怖くなった。
仲良くなるのが怖くなった。
いなくなっちゃうのが怖かった。
お母さんがよく出入りしていた部屋にこもった。
ほこりまみれの、暗い、本の部屋。
お母さんの匂いがする、部屋。
私は、ずっと、ここで————
◆
「雪ちゃん!」
ある日突然、烈火ちゃんはやってきた。
私のことは何も聞かず、引っ張られて、外に出た。
二人で色んな事をした。
公園で遊んで、走って。
烈火ちゃんの家でゲームして、折り紙して。
楽しかった。だけど、ずうっと悲しかった。
心の底で安心できなかった。
「雪ちゃん。そんな顔しないで。私も悲しくなっちゃうよ」
「ごめん————」
「つらいことは忘れて、もっと遊ぼ?」
「忘れたくない————そんなの、いや」
「死んだ人は帰ってこないんだよ?」
その言葉が、頭でずうっとひびいた。
耳が痛くなるくらい、私の中で。
思わず私は飛び出した。
走って、走って、走って。
足がボロボロになるまで、走った。
◆
もう、いっそこのまま————。
「ずいぶんぼろぼろだね。こんな所にいても、誰も見つけてくれないよ」
河川敷の橋の下でじっとしていた私を見つけたのは烈火ちゃんじゃなくて、知らない女の子だった。私より少し年上に見えたその子は、勝手に私のとなりに座る。
「見つけてほしいんじゃないもん。一人がいいだけだもん」
「そう?でもそんな顔してなかったよ?」
「私に何があったか知らないくせに……」
「仲直りしないと、こうかいするよ」
「ど、どうしてっ」
「見たら分かるよ」
「いいもん。友だちなんていくらでもっ……」
「でも、だいじな友だちなんでしょ?」
「………」
「いなくなってからじゃおそいと思う」
「あなたも————そうなの?」
彼女はこくりと頷いたけど、それ以上は何も言わなかった。
そして私の頭をゆっくりと撫で始める。
「きれいな髪……」
最初はうっとうしかったその愛撫は少しずつ私の心を溶かしていった。
氷の牢獄に囚われていた、私の本当の想いはちょっとだけだけどその檻から放たれる。
溶けた心は液体のように体を包み、瞳からはぼろぼろと涙が出た。
「うっ………」
「泣きたいときは、泣いたら?めがねのお姉ちゃんが言ってた」
「うっ。うわああああああ!!!!」
「がまんはよくない」
女の子のその一言で。たった一言で、私は大声で泣いたということは今でも覚えている恥ずかしい思い出。
それで、その声に気づいた父が、大急ぎで河川敷までやってきた頃には、いつの間にか女の子の姿は消えてしまっていた。
「雪————」
「おとうさん————ご、ごめんなさぃ…………」
「ごめんな、雪————」
父は優しく私を抱擁する。
私はこの日、名前も知らない女の子にとっても大切なことを教えてもらった。
◆
「雪。この本」
「あ。それ————」
「ほら。大切な物なら忘れずにな」
そう言われて父から渡された本が「巴くんに貸したあの本」だった。
きっとあの子の落とし物。
そう思ってずっと保管していたけど、きっともう叶わない夢なのかな。
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