第7話 困惑は続く

「まぁそんなことは置いておいてね、これからのことを話しましょう」


 倉井戸はあっさり笑うのをやめて話題を変えた。すると香夜が「そうだね」と、僕が座っている正面にあるソファに座ってこれからのことを語り始めた。


「蒼ちゃんが君に注射器を使ったことで、任された仕事はキャンセルになった。不死の体でも持たないと蒼ちゃんには危険だった話だからね。まぁでも、今の君、巴くんの体には吸血鬼に近い能力を有している。死なないなんて魔術師からしたらどんな手を使ってでも手に入れたいものなんだよ」


 人ではない何か。そんなモノになってまでやらなければいけない仕事とはなんだったのか。それが少し疑問だったが自分の直感というものだろうか。尋ねるのはやめた。その代わり、別の質問を。


「魔法使いと魔術師って同じなんですか?」


「ああ、その説明がまだだったね。結論から言うと同じ意味じゃないんだけど、まぁ基本的には同じだという認識でいいよ。巴くんには分かりやすいように『魔法使い』ってワードを選んだわけ。僕たちは本来『魔術師』だよ。まぁこのへんは無理に理解しようとしなくていいよ。ややこしいし」


「は、はぁ」


「とにかく僕たちのことや同業者は基本的に魔術師って呼んでくれたらいい」


「わかりました」


 正直納得はしていないが言われた通りにはしよう。後から余計なトラブルを生んでは面倒だ。


「話を戻すけど、巴くんは望まなかったものの、不死の力を手に入れた。これを僕たちが手放すのはもったいない。と、いうことで君には蒼ちゃんのボディガードとして働いてもらう。もちろん報酬は支払うよ。」


「あ、そうなんですか」


 てっきりただ働きだと思っていたので少し嬉しい。死にたがりとはいえ、お金はあって困らない。矛盾している?いや、誰でもそんなものだろう。


「もちろん。それで僕たちの仕事についてだけど。簡単に言えばこの地域の怪異。その問題への対処が基本なんだ」


 若干予想はしていたがやはりそんなところか。

 黙って頷く。もう驚かなくなってきたから。

 男はそんな反応に、苦笑した。


「理解が早くて助かるよ。で、依頼人は基本的には人。怪異に出会ってしまってなにかしらの被害を受けた被害者だったりするんだけど、その加害者が魔術師だったり魑魅魍魎だったりするんだ。そんな奴ら。まぁ僕らもそんな奴らの一員なんだけど、そいつらを相手したときに、よく危険なモノがいるんだよ。大人しく手を引いてくれたり、うまく対話して解決する場合もあるけど、全部がそううまくはいかないわけ。そこで必要になるのが―――暴力よ」


 ぱんと手をたたいた後、僕の方に向けて拳を突き出しニヤッと笑った。


「いいんですか、それで解決して」


「いいのいいの。襲われた時だけ、自分たちを守るために行使するんだから」


 へらへらと手を振りながら香夜は続ける。


「そんな危険なお仕事に、巴くんの今ある力はぴったり」


 人差し指を立てて、柔和に微笑む。


「――――だいたい分かりました。では、今後その仕事をしたらいいんですね」


 死なない体。死ねない体。そしてそれも怪異である。未知の存在であり、常識が通用しない相手にとってはそりゃあ最適だろう。


「うん。そうなるんだけど………」


 香夜さんは残念そうに倉井戸の方を向く。すると彼女はため息をついて、

「今、ないのよ。その仕事が。今依頼されてた仕事がキャンセルした依頼だけだったの」


 目を逸らしながら語る彼女に、僕は少しだけ違和感を感じたけれど、

「それは、申し訳ございませんでした」


 全然罪罪悪感もないのだけど、とりあえず謝っておいた。


「まぁ、私の行動が原因でもあるしそれはいいんだけど」


 香夜さんは再び視線を僕に戻す。


「だからまぁしばらくは君の好きなように行動していいよ。もちろん蒼ちゃんっていう監視はつくけどね」


 うれしいようなうれしくないような。やることがない――――わけではないが無理やり寿命を延ばされて好きにしろって言われても。困ったものだ。


「常に監視されるんですか?僕は」


 少し考えたように、ぼろっちい天井を見上げて。


「うん。その通り。とりあえず三か月は絶対かな」

 

 香夜さんはそう言った。

 三か月!

 思わず叫びそうになる。その期間ってのは地獄だろう。吸血鬼から元に戻るまでの期間という扱いだが、イコール死にたい人間の延命だ。僕の死の衝動は、なにも社会への不満とか、家庭環境とかが原因なのではない。死ぬことを目的とした性格、みたいなもの。どんなに周囲の問題や、自分の環境が良くなった所でそれは変わらないのだから、それは嫌だ。きっと、誰にも理解されない価値観だろうけど。


「どうやって————監視するってんです?」


 数秒後には、その質問をしたことに激しく後悔することになる。

 ふむ。と香夜さんは首を傾げると、ハッとした顔である質問をする。


「巴くん、今一人暮らしでしょ?」


「はい、まぁ」


 なんで知っているのかはツッコまないことにした。


「蒼ちゃんも一人暮らしだからな――――」


 中年のオッサンは指をくるくると気色悪い挙動で動かしながら、一つの提案をしようとする。

 嫌な予感がした。とても嫌な予感だ。これは恋愛モノでよくある展開になるんじゃないかと。同時に、僕には到底縁のない展開だと。


「蒼ちゃんと同居、とかどうかな」

 

 香夜さんは悪魔的な笑みを浮かべる。

 サーっと体温が下がっていくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る