第4話 歪む世界

  あの後何事もなかったかのように静かに僕は帰宅した。

 そして次の日。

 突如として携帯がバイブした。

 自慢じゃないが、僕は友達がいない。

 夏休みともなれば、用がある人間なんて皆無。スマホはただの置物と化す。

 が、普段なら通知のないスマホが役目が来たと歓喜するようにガタガタと震える。

 液晶には「アオ」の文字。

 それが誰であるか、考えるまでもない。


「はい」

 

 昨日の女だった。


「昨日の事で話がある。住所をメッセージで送ったから、今からそこに来て」


 要件だけ告げると、女は電話を切った。

 まるでお前に拒否権はないとでも言うように。

 

足屋あしや船都ふなと町」。それが記載されていた住所だった。

 足屋といえば高級住宅街で有名だ。船都町というところはその街の中でも特に地価が高い。なんでか、テレビ番組で取り上げられているところを見たことがあるからだ。


 というわけで僕はJR足屋駅から指定の場所まで向かっている最中。現在の時刻は午後九時頃。とっくに陽は落ちている。突然呼び出され、急いで来たわけだけどこんな時間になってしまった。


 正直昨日の事はあまりよく覚えていない。死のうとしてあの女がそれを邪魔した。それからが夢のような話だったのでどうも記憶できなかった。ただ、あの夜以降僕は死ねなくなり、少女がなんらかの情報を持っていることは確かなのだと理解していた。


 気は乗らないが行くしか選択肢はなかった。


「ここか?」


 指定された住所にあったものは随分古びた建物で入り口には看板や表札もなく、ひび割れた窓ガラスや手入れの行き届いていない外壁が廃墟のような雰囲気を醸し出していた。

 まるで一等地の建物とは思えない。それが最初の感想。

 怪しさダダ漏れのその建物は、建物自体が来客を拒んでいるようにも見える。

 思わず住所を確認したが残念なことに合っているようだ。 

 数秒間その場で立ち止まっていると急にドアが開く。

 まるで監視カメラで様子を伺っていたのかと疑うほどのタイミングの良さである。しかし、このボロっちい建物にそんな物は当然存在せず―――まるで不思議な力を使ったみたいに不気味だっだ。


「来たわね」


 そこにいたのは昨晩邪魔した女、そして同級生でもある倉井戸蒼くらいどあおだった。

 昨日の制服とは違い、今日の服装はまるで礼服みたいな装いで、なんだか不気味。

 彼女はニコニコしながら僕の手を引きそのまま建物の中へと押し込む。


「どういうことなんだ」


 さっさと説明しろと急かす僕に、倉井戸蒼は鬱陶しそうにしっしと手を振る。


「そう急がない。ちゃんと教えてあげるわよ。その前に――――」


 そう言いながら埃っぽい建物の、その一番奥の部屋に僕を連れて行った。

 部屋にはテーブルと机やソファ、それにブラウン管テレビがなぜか三台山積みになっているのと普通に今でも使える液晶テレビが一台置かれており、それらに無造作にダンボールや本が置かれている。

 そしてソファには、煙草吸いながらテレビを見ている白いワイシャツ姿の中年の男の姿があった。


「お、よくきたね。青咲くん」


 僕に気づいてテレビを止めると、ソファ越しに声をかけてきた。


「誰――――ですか」


「ん?魔法使い」


 煙草を口から離してふぅと息を吐きながら満更でもない顔でそう言った。


「は?」


 失笑か困惑か、ポロッと出たのはその一句。


「この人が私の師匠。香夜きょうやさん」


「――――どういうことなんだよ」


 理解が飲み込める方がおかしい。急に私の師匠。なんて紹介されてもそうですか。とはならんだろ。


「はいはい。今から説明するつもりよ。さあ、どこまであなたは覚えているのかしら?」


 指を口元までもっていくと首を傾げながらそう言った。

 質問は一つ。訊かれなくとも言うつもりだった。


「あのとき、僕に何をした」


「――――そこからね。でも、あなたには一度あの場で説明したでしょ?」


 倉井戸はクスクスと笑いながら言った。


「とりあえず座ろうか」


香夜という男は自分の座っている正面にあるもうひとつソファを指した。言われた通り、ふかふかのクッションに腰を下ろすと、話を続ける。


「だから、あの場で説明されたことに納得できるわけがない」


 そう、あの場で彼女にされたこと。それは遥かに自分の理解を超えていた。

 だから僕はもう一度。何度でも説明を求める。

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