第2話 Don't die=Vampire

 突如。頬に痺れるような痛みが走る。


「いっつ……」


 頬を叩かれた。その痛みが僕を目覚めに導いた。


「おはよう。気分はどう?」


 ピントが合わないようにぼやけていた視界がぱっと鮮明になる。

 最初に写ったのは女の顔だった。


「――――何をした!」


 どうやら気を失っていたらしい。なにかを刺されたところまでは覚えている。のだが――――体が熱い。それに動かない。足から指の一本まで全く僕の指示には反応しなかった。加えて何故だか目が冴える。動けないのに体から、全身から力がみなぎる感覚。気持ちの悪い感覚だった。


「さあなんでしょう。でももう死ぬ君には関係ないんじゃない?」


 薄ら笑いを浮かべる彼女は、腰に巻いていたかばんからギラギラと光る得物を取り出す。


「なにをする気だ……」


 彼女はその問いに答えなかった。ただ気味の悪い笑みを浮かべ、横たわっている僕にナイフを向ける。


「あなた、死ななくなったって言ったら信じる?」


「は?」


 何かのジョークかと思った。もしくは僕を試しているのか。彼女の言っている意味が理解できなかった。

 そんな僕を置いてけぼりにして、女はまた口を開く。


「死ねなくなった。そう、ここから飛び降りても、このナイフで心臓を一突きにしても」


「お、お前が何を言っているのか僕には理解できないよ」


 徐々に鼓動が早くなる。それは単に、彼女に対しての恐怖なのか、それともを刺されたからなのか―――それは分からないけど。


「まぁそうよね。じゃあ試してみる?それが一番早いと思うの」


「な、なにを!」


 再び質問するも、応答はなし。

 彼女は僕の脚に狙いをつけると、なんの躊躇いもなく刺した。


「あッ!がああああああああ!」


 今までに感じたことのない痛みが全身を襲う。体をナイフで刺されるなんて、そんなことを人生で経験したことなんてないんだから。

 動かない体を無理やりよじらせて脚がどうなっているのか、それだけを確認する。

 当たり前だが、そこには血に染まったズボンとナイフが、刺さったままだ。


「お前ッ―――なんのつもりだ……」


 彼女はうんともすんとも言わず、脚からナイフを強引に抜いた。


「ぎゃ!」 


 チンピラの断末魔みたいに声を上げる。

 もちろん抜かれるときも痛かった。刺されたときより抜かれたときの痛みの方がじわじわと痛かった。


「ほら、その証明ができる。見なさい」


「さ、さっきから何を――――――――は?」


 ようやく、というか突然軽くなった上半身をゆっくりと上げると、目に入ったのはおかしなことになっている自分の脚だった。


「ど、どうなって――――る」


 ナイフで刺された脚はじゅくじゅくと気色の悪い音を立てながら、水蒸気のようなものを傷口から放出している。

 化学反応を起こした液体みたいに、不気味だった。

 次第に痛みは弱くなっていく。

 そして驚くことにズボンに染みていた鮮血はその煙と共にゆっくりと消えていった。


「おめでとう。いや、残念でした。かな?実験は成功」


 呑気に僕の横で正座しながらその様子を眺めている少女には軽く恐怖した。

 死に焦がれ、他の物に関心を無くし、感情を極限まで薄くしたこの僕の心が、この女は危険だと、そう直感している。

 だがその直感も時すでに遅し。


「さっきから――――なんなんだ!」


 そう怒鳴るも彼女は動じず、

「あなたは吸血鬼になったのよ」

 そう一言、告げるだけだった。

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