魔法使いと吸血鬼
九夏 ナナ
第一章 偽吸血鬼
第1話 故に、青咲巴は死を選ぶ。
【
ちょっと都会でちょっと田舎。
ここ、赤石市にはその言葉が一番似合う。
大阪へは東へ数十キロ。電車では大体小一時間。関西屈指の大都市へのアクセスもそう難しくないこの街はベッドタウンとして栄え、ここ十数年で一気に人口増加。住みたい街ランキングでも上位に食い込むことに成功している。
側には綺麗な瀬戸内海。海の幸でも有名なので観光に来るのも悪くない。
海の数キロ先では四国を阻むように浮かぶ島、
赤石高校は高台に位置するため、その島と街、そして海峡をまたいで二つを繋いだ巨大な橋をまとめて一望できる学生しか知らない絶景スポットである。
この街は綺麗だ。
都会ほど空気が腐っているわけでもなく。
田舎ほど不便なわけでもなく。
街は穏やかで、平和。
生徒も皆健全で、学のない生徒が大暴れしたり、陰湿な暴力が影で行われていたりもしない。
この少年も、別に不満はなかった。
この街に対しても、自分の身の回りに対しても。
けれど、どうしてか。屋上の白い鉄柵から身を乗り出している。
夜空を眺めるようにごく自然なアクションで。
一歩踏み出せば先は闇であり死。
少年にそんな行動をさせる動機があるとしたら、きっとそれは――――――。
「ねぇ君。こんな時間にこんな場所で何してるの?」
大きく息を吐くと、僕はその声の主を探す。
不意に背後からとんとんと肩を叩かれた。思わず体が硬直する。
何を隠そう、僕は今日死ぬつもりだった。
そう、自殺である。
飛び降りである。
愚かな選択である。
彼女がいなければ、数秒後にそれは成功していたことだろう。
体は重力に任せて落下して、体はミンチ。頭蓋は粉々に砕け散ってその中身をぶちまける。
即死。きっと死んだことに気づかぬまま死ぬことができた。
しかしここにきて、ここまできて――――邪魔が入った。
今は夏休みの真っ只中。たとえどれだけ勤勉な生徒であろうとも、今日、この時間帯に学校にいるのはおかしなことだ。生徒だけでなく、教師すらいない時間帯だというのに。
だから僕はこの場所を選んだ。
屋上に来たときには誰もいなかったはずだ。
警戒心を最大にしてここまで来た。
人がいれば気づいたはずだ。なんせ校舎はがらんがらん。人が動けばそれは普段より数倍目立つし、足音は廊下に鳴り響く。
故に。誰かが居るなんてことはおかしい。おかしいはずなのに。
でもそこにはここの制服を着た少女が佇んでいる。
肩まである長髪、暗くて余計に目立つ白い肌。その風貌ははっきり言って美人だった。
いつからだっただろう。僕はある時期から突然に、「死」に憧れるようになった。当然それがおかしいことは理解している。だが、どうあがいてもこの衝動は次第に強くなっていった。拒絶すれば尚更、死は自分の背後から甘い声を出しながら手招いてくる。
だから、彼女に邪魔される前までは今までに味わったことのない快感をこの身で経験していた。
夜の澄んだ空気。
美しい風の音。
鮮やかな夜景。
屋上から俯瞰風景。
感じるもの全てを悦に感じ、より鮮やかに脳に刻まれる。
デッドエンドまでのカウントダウン。
あらゆる快楽物質が脳から分泌されて体をゾクゾクと震えさせる。
思わず口元がにたりと緩むくらい、それは美しくって気持ちがよかった。
なのに、邪魔をしやがった。
自殺を止めるなんて何様か。正義の味方でも気取っているのだろうか。
死ぬのはいけない。
道徳の授業か?
くだらない。
それは単にエゴの押しつけでしかない。
自死を目撃すれば、自分の良心が痛むからそんな言葉を口走る。
それは死という救済を妨害し、生きるという激痛の延命でしかない。
実際どうだ?自殺を阻止したところで問題は解決しない。その人間が「死にたい」と思った動機は消えない。それを解決するまでが当人にとって一番の苦痛であるが、果たしてそこまでの責任を持てる人間は一体何人いることか。
答え。そんな人間一人もいない。結局のところ、彼らの言う「死ぬのはいけない」ってのは「自分の目の前で死ぬのはやめてくれ」ということなのだ。
人を殺す分には被害者が出るわけだから。当然一人の問題じゃなくなる。だから僕はこっちを選んだのに。
「なに」
僕は少女に尋ねる。
自分は既に柵の外。今からでもすぐ飛び降りられるくらい、準備は整っていた。でも既に彼女はそれを止めるようにがっちりと肩を押さえている。その腕は、筋肉もなさそうな細い腕で、僕を抑えるには心もとないものだ。
「ずいぶんおもしろそうなことをしようとしているじゃない。私も混ぜてよ」
嘲笑。今にも吹き出しそうな。侮辱したような。ああ、イライラする。
「邪魔しないでもらえるか」
とにかく苛立ちを隠しながら冷静に、落ち着いた面持ちでそう答えた。
すると、
「ねえ。君、自分のことはどうでもいいから死にたいって思ってるの?」
なんて質問が投げかけられた。
「それが全部ってわけじゃないけど、そうだ」
そうだ。どうでもいいのだ。僕は死に恋をしてから、なにもかもに興味が失せた。(順序が逆だったかもしれないが)でも、そんなことに特に意味はない。僕は全てを放棄する。
それを逃げだという人もいるのだろう。それを怒る人もいるだろう。それを悲しむ人もいるだろう。それを『病んでいる』と一言で片づけて無視する人もいるだろう。彼らの言う言葉は、行動は、全て正しいのだろうか。僕の出した答えは否、全ての人の発言が間違っている。この世にあるものすべてが間違っている。僕はこの数年間でそう認識した。だからなにも感じない。なにも思わない。
「そう」
少女はくすっと笑うとポケットの中からあるものを取り出した。
見えたのは月光を反射する鋭利な銀の針。
そして自分がソレに気づく前に彼女はそれを僕の首筋に――――
「じゃあ、別にいいよね」
ぼそっと耳元で囁いた後、刺した。
これがわたくし、
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