第4話

「ったく、イヴにも困ったもんだ。おかげで貴重なチェーンソーが完全にダメになちゃったじゃないか。……ん?君、ガラテアって言ったっけ?どうしたんだいそんな顔をして。せっかくのかわいい顔が台無しじゃないか」


シスターを壊したチェーンソーを少しいじりながら悪態をつき、後ろのほうに放り投げた司祭が、自分が壊したシスターのことには一切触れず、その体を通り越してあたしに視線を送る。

シスターを完全に人とは思っていない扱い。


「……何?」

「何なの?」

「なんで?」


守ってくれたシスターをおぞましく思ってしまったことに対する自責。シスターにひどいことをしていて、

壊した司祭に対する怒り。何か大きなことをずっと隠し続けていたシスターに対する困惑。


「……ん?ああ、なるほどなるほどそういうことね。オッケー理解完全に理解。つまり、この状況を説明してほしいってことだろ?いいよいいよ何でも聞いてくれ。なにせ僕は今この場で唯一、すべてのことを理解し散るなんだから」

「そうだね、君は今きっとこんなことを思っているんじゃないかな?"なんでこいつはこんなところにいるんだ""なんでこいつはイヴのことを斬ったんだ""なんでイヴからは血が出てこないんだ"」


司祭の言葉は、まさにあたしが気になっていたことだった。


「答えは簡単だよ、ガラテア。まず一つ目は、ここが、この地下室から上の教会まで含めて元々全部僕のものだからだ。ここは僕が作りたいものを作るために、したい実験をするために作った施設だからね」

「次に二つ目、僕がイヴを斬ったわけだが、これはとっても簡単なことだ。僕がやろうとしていることを邪魔するなんて、そんなゴミは別に処分してしまっても何の問題もないだろう?」


「そして三つ目、体から血が出るのは人間や家畜、虫みたいな、生きている動物だけだ。だから当然、生き物でも何でもない、イヴみたいなのから出てくるはずがないよね?」



「だって、イヴは僕が造った人型機械、アンドロイドなんだからさ」


機械、アンドロイド。司祭が何を言っているのか、あたしにはよくわからない。

ただ一つだけわかることは、シスターは人間じゃないということ。あたしのあこがれたシスターが、人間ではなかったということ。


「君はずいぶんとイヴに懐いていて、気に入っていたみたいだけど、ごめんね。はただ、あらかじめ決めておいた命令に従って行動するだけの存在なんだ。ある程度臨機応変に対応できるようにしてあったから気付いてなかったかもしれないけど、自体はそもそも、どんな時にどんな行動をとるかってことを決められた通りにするだけの、人間の模造品の出来損ないなんだ」


「君があこがれていた優しいシスターも、大好きだった温かいシスターも、全部僕がそうするように決めていたからしていただけの話なんだよ」


「君の求めていたは、ただの人形なんだよ。君が求めた温もりも、君を作った愛情も、全部、偽物だったんだよ」



「だってこれ、ただの出来損ないの人間もどきだもん」


司祭の話を聞いて、それを聞きながら、一歩も動かない、一切の否定をしないシスターを見て。


あたしの中で、何か大事なものが壊れた気がした。



「ほおらイヴ、かわいいかわいい君の子供がふるえているよ。早く近くに行って温めてあげないと」


シスターは、動き出す。子供が親にそそのかされたように。いぬが飼い主に円盤を届けるみたいに。ただただ、従順に。


よたよたとバランスの悪くなった体に振り回されながら後ろに、あたしのほうに振り返るシスター。あたしのよく知る微笑みを携えたまま、膝より下の位置で微笑み続けるシスター。プラプラと楽しそうに揺れる右上半身。

ぐちゃぐちゃになった断面から管の様なものやひもの様なもの、でこぼこになった鏡の様なものを覗かせながら、

「ガラテア」

いつも通りの声で、いつも通りの笑顔で、いつも通りのやさしさであたしに語り掛けるその姿は、とてもとても美しく、とてもとても醜悪で。


そして、どこまでもおぞましいものだった。



寒さ以外の何かで、体が震える。冷たさ以外の何かで、体が冷える。眠気以外の何かで、意識が遠くなる。


そして、訪れた抱擁。



安心できた柔らかい体は、恐ろしくてたまらない硬くて痛い体に。

温かく、いい匂いのした体は、甘ったるい匂いのする冷たい体に。

陽だまりの様なやさしさは、顔に降りかかる薬のような液体に。


「なんて感動的な抱擁なんだ!!さあイヴ!その子の足をもう二度と使い物にできなくしてあげろ!」


大きな声で笑いながら、心底楽しそうに顔をゆがめながら、司祭は言った。シスターはすぐに……動かない。


ひょっとしたら司祭が言っていたことは嘘だったんじゃないかという希望があたしの頭をよぎった。

実際は、本当のことなんてシスターが人間じゃないことくらいで、シスターはこれまで通りやさしいままで、あたしにくれていたのはちゃんとやさしさと愛情で、司祭の言うことなんか無視していつも通りあたしのことを守ってくれるんじゃないか。そうすれば一緒にこの地下から出て、もう二度と司祭が来れないように出入り口をふさいで、シスターの体を何とか直したら。後はあたしがシスターのことを怖いと思ったことだけ謝れば、シスターはきっと許してくれるはずだから。これまで通りの、慎ましいけど幸せな生活に戻れるはずだから。


だから。


「シスター!!!一緒に逃げ……」


よう、と続けるはずだった。きっとその言葉はシスターに届き、すべてが解決するはずだった。


プラプラ揺れていたシスターの頭が、あたしの足に噛みつきさえしなければ。


「……ぇ?」


最初の一瞬、痛みは感じなかった。何かがぶつかったような気がしただけで、それらしいものは何も感じなかった。

数瞬遅れてやってきたのは、傷口をえぐるような痛み。緩急をつけて送られてくる、削られるような痛み。

そして、水晶が押しつぶされるような、巨木が折れるような、体の内側から伝わってくる嫌な音と、一切の感覚がなくなる足。


シスターのあごは、枯れ枝を折るかのように容易く、あたしの足を噛み千切っていた。


許容量を超えてしまったのか、足が痛みを伝えなくなった。まだシスターは噛み続けているのに、あたしの足を昔作ってくれたハンバーグの肉みたいに変え続けているのに、あたしが感じるのは、炎であぶられているような熱さだけ。


あの日、あたしを導いてくれた口で、あの日、あたしの作ったご飯をおいしいって言ってくれたあの口で、あの日、あたしが生きる道を広げてくれたその口で、シスターはあたしの足を壊し続けた。きれいだって言ってくれた肌を突き破り、たくさんの愛情のおかげで出会った頃より太くなった骨を砕き、いつかあたしが一人でも生きていけるようにって、心なしか悲しそうに微笑んでくれた足を壊し続けた。

司祭の言うとおりに。あたしが二度と、自分の足で立つことができなくさせるために。


あたしの中で、なにか大切なものが壊れた音がした。























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