第3話

だから、その扉を開けてしまったのはただの偶然であり、衝動的に開けてしまったのは、なにかに導かれてのことだったのだろう。それが運命なのか巡り合わせなのか、あるいは神か悪魔の仕業か。一つだけわかることは、子作りと浮気のことばかり考えてる雷タイプの最高神によるものではないことか。


扉の奥は、あたしが知っている限り小さな部屋だったはずだった。地上に置いてある神様の石像とは少し違ったデザインの、少し小さな像が置いてあるだけの小さな祭壇と、シスターが縦に三人も並べないような正方形の部屋にギリギリ収まるくらいの魔法陣の様なものが赤い塗料で描かれている床。それだけですべての説明が終わってしまうような、そんな部屋だった。


少なくとも以前あたしが来たときは、二、三年前に来たときはそんな部屋だった。まかり間違っても祭壇が奥に向かって開いていて、その奥にある汚いスペースでシスターが啼かされているような、そんな部屋ではなかった。


目に映る光景。いつもやさしく微笑んでいたシスターが、白濁とした汁にまみれながら見知らぬ男の下敷きにされている姿。それを見て、あたしの視界から色が抜け落ちた。


耳に聞こえる音。先ほどから少しだけ聞こえていた二つの声が、ぶつかる音が、先ほどまでとは違いクリアに聞こえる。その音を聞いて、あたしの耳は上手に音を届けてくれなくなった。


鼻につく臭い。甘ったるい香のにおい。それに、海から打ち上げられたものが長い時間放置されたみたいな悪臭。

べったりとまとわりつくような、重たい空気。


そして、熱くなっていく頭。



「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」


気が付いたら、あたしは叫びながら走りだしていた。歩く度に痛んだ足のことを忘れ、冷えて震える体のことを忘れ、自分の体が決して強くないということも忘れ、無心に、持てる限りの力でシスターの上のソレにぶつかった。


ぶつかった衝撃に、跳ね返された衝撃。ソレの体は横に倒れ、あたしの体は吹っ飛んだ。


視界が色を取り戻す。どこか遠くのことのように聞こえていた音が近くに戻ってくる。


「いててて……。いったい何なんだよこのクソガキ……、まあ何でもいいや。こんなところまで来られたんだ。とりあえず死ねよ」


何事もなかったかのようにすんなり立ち上がり、よくわからないものを取り出してギュリギュリ回しだすソレ。両手で構えて左右に軽く揺れながらじりじりあたしに近づき、大きくそれを振りかぶって、


「司祭様! お待ちください!!」


突然両手を広げながらあたしとソレの間に入ってきたシスターの肩口にくい込んだ。


キュリギュリギュリギュリッと、耳障りな音を立てながらシスターの体を切り裂いていくその楕円の板のようなもの。それはシスターの腰くらいの位置でようやく止まり、


「チッ!おいおいイヴ、勝手に何してくれてるんだよ?せっかくのチェーンソーが壊れちゃったじゃないか!」


ソレ、シスターが司祭と呼んだ男に蹴飛ばされ、シスターの体は半分ほど崩れ落ちた。


噴き上がる透明な液体。甘ったるい匂いのする、冷たい感覚。触れたところがうずく。かかってしまった目が痛む。頭にもやがかかるような、急に眠くなるような感覚。そして、


「……ぇ?」


ゆがむ視界の中で見たシスターの体からは、一切の赤色が見えなった。


そんなはずはないのに。ちょっと擦りむいただけでもいっぱい血が出てくる人間が、ほぼ真っ二つになったのに、血が出ていないなんて、あり得るはずがないのに。


けれど確かに、シスターの体から血が出てくることはなかった。その代わりに出てきていたのは、甘ったるい匂いのする薬のような液体だけ。


「しす……たぁ……?」


両手を広げたまま斬られて、崩れて、長く綺麗だった髪をほとんど床につけながらも両足だけはしっかり立ったままのシスター。


「ガラテア、おけがはありませんか?」


座り込んでいるあたしの頭より、さらに低い位置から聞こえてくる、普段と変わらない、優しいシスターの声。いつもと何も変わらない、これまでずっとあたしを見守り、温めてくれた大好きな声。


その声が、どこかとってもおぞましいものに聞こえた。


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