第164話 嫌よ嫌よも・・・
僕たちはオハナダンジョンの中層へと到達した。
多少被害は出たけどそれは此方の想定よりもずっと少ないものだ。
そしてその結果は仲間たちの士気を大いに上げてくれた。
このまま行ければ本当にオハナの所に辿り着けるかもしれない。
その期待感から弾みそうになる心を落ち着かせるために、僕はゆっくりと深呼吸を繰り返した。此処までは一気に駆け抜けて来たわけだけど、これから先はまた別の作戦で進むことになる。
「此処からが真のオハナダンジョンだ」
オハナダンジョンを専門に攻略している彼らが口を揃えて言う言葉だ。
僕も運良く何度か立ち入った事のある階層だけど、その言葉はとてもしっくりくる。
何故なら下層とは空気が全然違うからだ。未だ中層に踏み入った事のないプレイヤーは先の言葉を脅しだと捉える者が大半だった。
でも今は――――――明らかに雰囲気に呑まれ始めている。
先ほどあれだけ群がって来ていた眷属たちが、波が引いたように姿を見せなくなる。
その静けさが嵐の前――――――そう思わせる不気味さを醸し出している。
僕は彼らの不安を払うように軽く肩を叩いていき、笑顔を見せる。
今は上手く笑えなくたって良い。彼らを集めたのは僕なのだから、不安を振り払う事は出来ずとも軽くできるよう努力しよう。
「歓迎セレモニーは終わり、此処からがメインイベントだ」
努めて軽く言ってリラックスしてもらうつもりだったけど、結果として数人の苦笑いしか引き出せなかった。
やっぱり慣れない事はするものじゃないね。
此処からはメンバーを細かく分ける。
一塊で移動した場合、オハナ直属の眷属と遭遇してしまうと相手によっては最悪全滅もあり得るからだ。
「少しでも生存率を上げるために〖魔物避けの香〗をたきますか?」
〖魔物避けの香〗はその名の通り魔物を一定時間(その香がたかれている間)寄せ付けなくなる効果を持ったアイテムで、比較的安価で手に入るので魔物と遭遇したくない時などによく使われているアイテムだった。
使い慣れた風にそのアイテムを取り出し、仲間の一人がそう提案してくれた。
だが――――――。
「馬鹿野郎がっ!!!!!!」
勇者勢力側で最もオハナダンジョンを知る攻略チーム全員が、香を取り出した仲間を拘束した。
「良いかよく聞け?その香を使用せず、ゆっくりと元に戻すんだ」
「慌てるな?絶対にそれを使うんじゃないぞ?」
「落ち着いて、焦らなくて良いから」
………まるで爆発物でも処理してるかのような口ぶりだけど、優しい口調とは裏腹に彼らは全力で一人を拘束している。
拘束された彼も意味が解らないなりに彼らの指示に従ってそのアイテムを消すと、彼らは揃って拘束を解き大きく息を吐いた。
「どういう事か説明してもらっても?」
「確かにあの香は便利なアイテムだ」
「けれど此処ではまるで意味を為さない」
「寧ろ逆効果になる」
逆効果?つまり魔物を呼び寄せるという事だろうか?意味が解らない。
アイテムの効果が変わるダンジョンなんてあり得るのか?
僕の困惑が伝わったのだろう、彼らは遠い目をして語ってくれた。
彼らが初めて中層へ到達した日、中層がどのような感じなのかを確かめておきたくて先ほどのアイテムを使ってじっくり調べようとしたらしい。
香をたいて暫くして………。
「嗚呼臭い!!とっても臭いわ!!けれどこの酷いニオイの元には敵が居るって知ってるのよ!!そういうわけで私はニオイが移ってお母さまに嫌われたくないからこれ以上行かないけど、お前たちは全員突撃してきなさい!!」
そんな声の後に眷属たちが香の効果が目にまで及んだのか、全員涙を流しながら突撃してきたらしい。
眷属たちを相手に何とか持ちこたえていると、更に暫くして………。
「あ、4号丁度良かったわ。アンタの眷属共も貸しなさい!――――――何でって、あの臭い所に突撃させるの、絶対に敵が居るわ!――――――眷属たちだけじゃ不安?念のため5号を送り込もう?相変わらず慎重ね。まぁお母さまがそこを評価しているから私は何も言わないけど――――――」
何処からともなくそんな声が聞こえてきた後、オハナ眷属の一匹が涙ながらに突撃してきてその時は全滅してしまったそうだ。
「……………………」
何とも言えない空気感が漂い、沈黙が下りる。
今の話によれば、奴等はあのアイテムの効果で此方が避けようとしているのを察知して強行突破して寄ってくるらしい。
意味が解らない!!
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