第114話  捕虜交換当日

【グラシュ視点】


捕虜交換当日―――。

天気は快晴、日差しは暖かく、少しひんやりとした風が心地良い。

神によって用意された浮島へと転移してきた俺たちは、これも初めから用意されていたテーブルとイスに戸惑いながらも着席して魔王たちを待っていた。

おそらく時刻は同じ時間を伝えられているだろう。

それでも魔王たちが遅れてやってくるのは〖世界大戦〗の勝者だからである。

敗者である俺たちにはそれに文句を言う事すら出来やしない。

そもそも俺たちの代表者である勇者―――ローウィンが何も言わないのだから、仲間とは言えその部下である俺たちが何か言えるはずがない。

腰を下ろすなり腕を組み、目を閉じて沈黙するローウィン。

思えばあの戦いが勇者ローウィンが参戦した戦いで初めての敗北だった。


あの最悪の魔物―――オハナと直接勝負すれば負けなかっただろう、だが戦そのもので言えば完敗だった。

七牙の三人を討ち取ったとしても、その結果は決して覆らない。

ローウィンは聖剣の力を開放した後遺症が残る身体で鍛錬に打ち込んだ。

それを見て俺たちも先の〖世界大戦〗での結果を受け入れ、皆が次へ歩むことが出来たと思う。


次こそは絶対に負けない。


誰も言葉にはしないが、その意志は確かに一つだった。


「グラシュさん、本当にこの場にオハナは来るのですか?」


俺の隣に座っていた相変わらず眠そうな目をしたヨシュアがぼんやりと尋ねてくる。


「そのはずだ。良い機会だからしっかりと見ておけよ?おそらくだが魔王を除けば七牙なんぞよりも現魔王軍ではアイツが一番ヤベぇ」

「……………それはもう何度も、他の兵士の皆さんからも聞きました」


ヨシュアはつまらなそうに持ってきていた本を開き、読み進めながら返事をした。


「私は未だにそれが信じられません。魔王に次ぐ実力者たちとして認識していたのが〖七牙〗で、それに対抗するため組織されたのが〖勇往騎士団〗なのですよ?突然それらを凌ぐ実力を持つ魔物が現れたと言われても……………」


ローウィンの隣、俺からすればヨシュアとは反対隣りに居たエストレヤ様も話に加わってきた。

ヨシュアも言葉には出さないが、自分の目で見るまでは信じられないのだろう。

二人の態度が物語っている。

いや、二人だけじゃない。

〖世界大戦〗に参加していても実際にオハナを見ていない者も似たような態度だ。

仕方がないのかもしれないが、そうした者たちとは訓練をしていても温度が違う。


温いのだ。


あのローウィンが聖剣の力を開放しても尚、大敗したという結果が出ているというのにも関わらず――――。

そこで俺とローウィンは彼らの認識を改めさせるために、この会談の様子を投影魔法を使って城で見られるようにしていた。

あとで神から御𠮟りを受けるかもしれないが、それでも『運が悪かっただけ、次は勝てる』などと安易な考えで居てほしくなかった。



退屈そうにしていたヨシュアが本から顔を上げる。

エストレヤ様も何かに気付いたようにヨシュアと同じ方向を見る。

ローウィンがゆっくりと目を開けると、テーブルを挟んだ向こう側で転移魔法が展開されたのを見て俺たちに緊張が走る。

そこからゆっくりと姿を現したのは魔王とその側近の二人、次いで出てきたのは七牙の四人だった。

そして、


「こいつが転移魔法って奴か、便利なもんだなぁ」

「不思議な感覚でしたねぇ爺さま?」

「……………気分が悪いっス」

「だ、大丈夫?カナきっちゃん?」

「転移の最中に燥ぐからそうなるんですよ?」


緊張感の欠片もない、観光気分が漂う魔物たちだった。

一番最後に現れたダークエルフ…………確かローウィンからの報告にあった此方が捕らえた七牙の三人を補助していた〖闇の聖女〗だとすれば、奴らはオハナが棲むダンジョンに居る魔物たち―――つまりはオハナの部下たちか!?

誰一人〖賞金首〗にもなっていない事から、実力は七牙程ではないのだろう。

だが、長年戦場に立ってきた勘が『今すぐ逃げろ』と告げている。

戦闘行為が禁止されている場所だからこそその勘に従わずに居られるが、戦場だったならば真っ先に逃走を図っていただろう。

特にあのふわふわと浮いている目玉の魔物がヤバい。

ヨシュアとエストレヤ様もそれを感じているようで、


「ま、まだ植物型の魔物が居ませんからオハナは来てないのですよね………?」

「彼らは一体…………?」


そんな二人にオハナの部下だろうという事を小声で伝えていると、〖世界大戦〗でローウィンの救援に行こうとした俺たちを阻んでいた魔物たちが現れ始めた。


オハナの眷属たちだ!!


転移魔法出てくる度綺麗に並んで整列していく眷属たち、そして一際転移魔法の魔法陣が光り輝き、そこから姿を現したのは………………………。


忘れもしない。

〖世界大戦〗で本陣深くまで入り込み、こちらを大混乱させた植物型の魔物だった。

今日は兜を被っていない代わりだろうか?どうやって着けているのかは謎だが、蝶ネクタイを着けている。

ヤツは転移魔法陣の上で、あの時の様に片手を上げるポーズをキメていた。


そこへ整列していたオハナ眷属の一人であるウッドゴーレムがのっしのっしと近付いて行き、一発ゲンコツを食らわせてからずるずると引き摺っていった。


…………俺たちは何を見せられているんだ?


オハナの部下たちの方からは「7号ちゃん………」と聞こえてきて、それは呆れていたり笑いを堪えるようだったりと様々だった。

先ほどまで緊張感漂う場だったのが、すっかり弛緩してしまった。


そんな中、最後に転移魔法陣から現れ出たのは一人の少女だった。









【ローウィン視点】


姿形は変わっても、一目見て瞬時に悟った。


オハナだ、と―――――。


艶のある緑の髪、紫紺の瞳はそのまま、頭に一つだけ咲いていたピンクの花は花冠のようになっていて、緑だった肌は少し褐色の肌へと変わり、何より特徴的だった下半身の凶悪な花が消え、在るのは体型に応じた華奢な足。

手が完全に隠れている袖の長い服、そんな状態だというのに花の装飾が付いた日傘を器用に掴んでいる。

オハナはその日傘をくるくると回した後、遅刻したことを悪びれる様子もなくこちらに微笑むのだった。

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