第82話 兄妹の誠意

俺と妹は信じられないものを見ていた。


向かってくる敵を鎧袖一触しているオハナ、それよりも前に出て戦う一人の狼の獣戦士が居た。

あれだけの威圧感を放つ相手に物怖じせずにハッキリとものを言い。

オハナの方もそれを聞き入れている……………のかちょっと怪しい、時々彼に向けて攻撃しているから。


先ほどまで感じていたプレッシャーと全身の倦怠感は消え去り、動ける状態だというのに俺も妹も――――――動けずにいた。


目の前で繰り広げられる一方的な展開となった戦いに唖然としていた。


味方も続々と援護に駆けつけてくれていて、その勢いは増すばかりだ。

俺と妹も呆然としてる間にケガの治療まで施され、万全の状態にされていた。


傷は治った、身体も動く、であれば……………戦わなければならない。


そう思っているのにどうしても足は前へと出なかった。

それは妹も同じなようで、俺を見てはふるふると緩く首を横に振っていた。

オハナの威圧から逃れた筈なのに…………未だ俺も妹も、俺たちの部下たちも、オハナへの恐怖が刻み込まれてしまったようだった。


種族は違えど同じ獣戦士である彼が勇ましく戦っているというのにッ!!


そして戦場を見れば見るほど、そのオハナの異様さが際立ってくる。

たった一人で周囲の敵をまとめて牽制し、味方を援護し、回復までこなす。

援護射撃も彼女は敵の姿を確認していないにもかかわらず幾つもの広範囲に放ち、敵味方問わず必中させているのだ。

自然と彼女を中心とした陣が形成され、その勢いは止まる事を知らないかのように敵を圧倒していた。

異様と言えば彼女の従える眷属もそうだ。

先ほどまでオハナが拘束していた者たちを優先して狙っていた方は、自らの眷属を利用し敵を倒し、追い回していた方は今度はあの獣戦士と共に前衛となり、敵を阻んでいた。


俺と妹が揃っていて獣戦士やオハナの眷属に負けるとは思えないが、確実にオハナには指一本触れることすらかなわないだろう。

それほどの実力差をまざまざと見せつけられた。




「何してるんですか?貴方たちも一応はこの場の戦力なんですから、遊んでいられても困るんですけど?」


相手を圧倒し続けた結果、応援に来た者達だけでも十分対応可能なまでになった事で休憩でも取りに来たのか、俺たちの居る場所まで後退して来たオハナが静かに告げる。

この戦場の真っ只中で、不思議とその静かな声は凛と響いた。


「それとも何ですか?〖七牙〗ってこの程度なんですか?」


その声には侮蔑も嘲笑も含まれていなかった。

ただ淡々と事実だけを告げているかのように無機質に聞こえた。


「ケッ!戦う気が無ぇやつなんざ放っとけ!!そのまま〖七牙〗って座に胡坐をかいてろよ!?いずれ俺とオハナがその座から蹴落としてやるからなぁ!!首洗って待ってやがれ!!」


オハナの様子を気にしていた獣戦士の彼も此方へ移動して来ていたようで、明らかに戦意を失くしている俺と妹に向けて言葉を吐いた。


「私、七牙なんかになりたくないんですけど?」


「なんかって何よ!?私と兄ちゃんがどれだけ苦労してこの座に就いたか――――――!!」

「あー…………ごめんなさいね?その辺りは興味無いので。頑張ったね?偉いね?って言って欲しいんですか?欲しがりさんですか?」


「……………何かオメェこいつらに辛辣じゃねぇか?」


「私はまだ優しい方だと思いますよ?此処に居るのが私のダンジョンの仲間だったなら絶対この程度じゃ済まないですし、私が居なければ私の眷属たちも何するかわかりませんもの。さっきからあの子たちもこの戦場のどさくさに紛れてこの二人を攻撃しようとワンチャンス狙ってますし、ダメージは入らないので放置しても良いんですけど、あの子たちには目の前の敵に集中してもらいたいですからね」


眷属たちを諫めるために俺と妹の所にまで下がってきたというのか…………。


「お前たちが何やらかしたかは知らねぇが、早いとこ謝っとけ。コイツを敵に回すなんざ命の要らねぇ阿呆のやる事だ」

「アウグスタに言われたらお終いだと思うの」

「何か言ったか?」

「いえ何も」


来た時よりも幾分か上機嫌に応じるオハナ、それを思えばこの獣戦士は本当に只者じゃないのかもしれない。

オハナと並び立つ彼の姿に勇気を貰った俺と妹は顔を見合わせ、頷き合った。


「オハナ…………過日の事は申し訳ない。実行に加担してなかったとはいえ、知っていて知らぬ振りを選んだのは事実だ。俺の名はラグゥ、本当にすまなかった」

「私はリグゥ、本当にごめんなさい」


俺が頭を下げると、妹もそれに倣い謝罪した。

そして俺は自身のアイテムボックスから、バルシュッツより押し付けられた物を取り出した。


「これは……………?」


「バルシュッツが奪い、俺たちへの袖の下として渡して来たものだ。何でも後々の強力な進化をするために必須の貴重なアイテムと聞いている」

「でもこれは私たちには使えない、意味の無いアイテムなのよ。受け取るまでどんなアイテムなのかは秘密にされていて、受け取ってしまった後は捨てることも売る事も出来ないから私も兄ちゃんも受け取ってもらえると助かる」


妹もそれを取り出し、オハナに見せる。

俺のは淡く光る拳大の鉱石〖アダマンタイト〗、妹は何の処理も施していないのに枯れる事の無い白い花〖永遠の白蓮〗だった。

俺も妹も進化はまだ途中だが、元々これらを必要とする事は無い。

それらを差し出したからと言って容易に許してもらえるとも思っていない、だがまずは彼女から奪われたものを返してからでなければ謝罪に意味が無いと思った。


〖七牙〗が魔物たちの幹部である以上、進化も最終段階まで達して居てもおかしくないというのに、俺も妹もまだまだ先がある。

バルシュッツなどはもう進化は打ち止めとなっているというのに――――――。


謝罪と共に差し出したそれらを、オハナは受け取り微笑んだ。


「〖アダマンタイト〗なんて、良い装備になりそうな鉱石の代表格じゃねぇか」

「他のゲームではそうなんでしょうけど、この世界では只の進化アイテムみたいですよ?」

「〖オリハルコン〗も無駄にサポートAIのボディになっちまってるからなぁ、このゲームで最強装備を創ろうと思ったら素材は何製なんだ?」

「サンガたちからは〖オリハルコン〗は獲れないけど、その物自体は存在するみたいよ?後他に何か特別なものが在るんじゃない?」


俺たちにはよくわからない獣戦士との会話を終え、此方に向き直ったオハナが訊ねて来た。


「残りは他の七牙が持ってたりしますか?」


「多分。バルシュッツが他の奴に役立つアイテムなんて渡す筈無いだろうから、皆捨てることも売ることも出来ないアイテムを持ってると思う」


それを聞いたオハナはとても嬉しそうに、可憐な笑みを浮かべた。

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