第12話 交差(2)
宮野と祥子以外に唐沢の仮デビュー戦を食い入る様に観ていた人物がいた。捜査一課の吹石と田村である。2人は、宮野の身辺調査から芋づるのように唐沢との接点を突き止めていた。吹石は、長瀬から宮野の事を聞いた時に、田村に指示し宮野を尾行させていた。そして、宮野が唐沢と頻繁に会っている事を突き止め、唐沢の身辺を調査したのだった。
唐沢と植田殺人事件との関係性は今の所不明であったが、プロ野球選手としてデビューした事は3つ目の奇妙なニュースであった。テレビ画面越しに映る唐沢の立ち振る舞い、そしてその表情は抵抗無く吹石の中へ入って来なかった。唐沢の表情には犯人独特の後ろ側が存在する様に見えた。2人はTVが置いてある警視庁の一室で唐沢の姿を見ていた。吹石はじっとしていられなかった。暗礁に乗り上げた捜査が雪ダルマのように転がり始め、その体積は順調に嵩を増し、どこまでも転がり続けると思えた。
2人は池田から荒川宅の修理依頼日と自動車販売店から入手した情報をテーブルに広げ、荒川が受けた被害を時系列にまとめた。結果は以下の通りとなった。
⚫︎三月八日車のタイヤのパンク修理。アイスピックのような刺し傷
⚫︎三月十一日リビングの窓が壊される
⚫︎三月十九日車の運転席の窓破壊
⚫︎四月五日寝室の窓を修理。直径10センチほどの石が投げ込まれた模様
⚫︎四月十七日リビングルームの窓に四月五日同様石が投げ込まれる
翌日、捜査会議を控えていた。吹石は考えを巡らせた。植田の殺害と荒川の八百長。唐沢のウルトラCを駆使したプロ野球デビュー。荒川と唐沢を繋げる宮野の存在。この夜、吹石は眠れない長い夜を過ごした。呆れる程遠く思えた真相は薄っぺらなカーテン越しに有る様に思えて焦る気持ちを抑えられなかった。
翌朝の捜査会議に吹石は一番乗りだと思ったら既に田村がいた。昨夜の睡眠不足は問題なかったがカーテンは未だに閉じたままである。恐らく田村も眠れない夜を過ごした事は容易に想像出来たが基礎体力の違いか充血した目以外は至って普段通りだった。
先ず、吹石が、時系列に昨夜田村と作成した荒川の被害状況を報告した。
「これらの状況から荒川への嫌がらせは単なるファンの仕業ではないでしょう。昭和のファンなら車に傷を付けたり、ミラーを折ったりしたかも知れません。ただ、現在では、憂さ晴らし程度なら、ネットがあります。現在人は労力を惜しみます。一般的なファンの
「その通りです。通り魔の犯行とも思えませし、金銭目的でもないと思われます」田村が加勢した。
大村は、ひと呼吸置いた。殺人には予想も出来ない動機が潜んでいる事は経験上分かっている。
「それで、お前らはどうしたい?」
「荒川本人に事情を聞きたいと思うのですが。大村さん、宜しいですか。荒川に会っても?」
大村は少し考え込んだ。それを見ていた吹石は言った。
「これは少し飛躍し過ぎかも知れませんが、四月一七日に荒川宅のリビングの窓が壊されています。これは、植田が殺害された日と一致します」
捜査員達は一同に吹石に目をやった。吹石はこの瞬間を見逃さず、田村に目を配った。その合図に反応して田村は言った。
「課長、更にご報告があります」大村は言ってみろと田村に告げた。
「八百長後、荒川を張り込んでいましたらある男が何度も荒川に接触しています。電話は何度も掛けていますし、荒川の自宅にも現れました。男の名前は宮野浩二郎と言います。新聞記者です。宮野と荒川との関係を調べた結果、宮野は荒川選手の担当記者でした。しかし、彼らは選手と記者以上の関係のようです」
「課長。宮野について報告させてください」
吹石は胸を張って言った。震える手で資料を取り出した。吹石は、宮野について調べ上げた内容を報告した。
先ず宮野の個人情報が報告された。
「宮野は、1999年にT大学に進学。2003年同大学を卒業。そして、浅岡新聞社に入社。現在もスポーツ担当記者をしております。宮野は荒川の専属記者として取材をしています。田村が言ったように、個人的にも2人はとても親しい関係にあるようです」そして、吹石は続けた。
「宮野を調査していましたら面白い人物に会っていました。唐沢と言う人物です。唐沢は渋谷駅近くで探偵事務所を開いています。従業員は唐沢と女性が1名。唐沢の経歴はまだ詳しくは分かっておりませんが、宮野と同じT大学出身で2人は同期生です」
「ちょっと待て。唐沢と言ったな。どこかで聞いた名前だな・・・」
大村は眉をひそめた。
「ええ、そうです」興奮気味に吹石は続けた。
「昨日のカープとの試合で代打に出る準備をしていた男です」
ここまで報告を聞いた大村が言った。
「八百長容疑の荒川。そして突然プロ野球デビューを果たした唐沢。そしてこの2人を結びつける宮野の存在。これらに何か関係があると言うことだな。よしっ、分かった!」と言って次の指示を伝えた。
「唐沢とは何者なのか調べてくれ。俺も昨日の試合を見ていたが唐沢はなぜだか野球選手とは思えなかった。球場はやつのいる場所じゃない。最後に、宮野と一緒に観戦していたその女性に関しても調べてくれ」
吹石は、指示される必要もなくその積もりで次の行動を考えていた。そんな吹石を無視するかの様に1人の捜査員が言った。
「その唐沢と言う選手は荒川が邪魔になって今回の事件を引き起こしたのではないでしょうか?そしてその女性は共犯」
吹石は、的外れな意見には反応しなかった。大村の意見も発言をした捜査員とは全く違っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます