第11話 1軍デビュー
7月30日(木)、シェパーズ対カープの17回戦をシェパーズのホーム球場からお送り致します。今日の解説は、シェパーズで4番を務めた名高さん、そして、実況は、私、小川でお送りします。
「名高さん今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「名高さん、今年のシェパーズはひと味違いますよね」
「そうですね。私が現役の時は、Bクラスが定位置でしたからね。今年は選手がやりがいを持ってやっていますね。試合前、三枚堂監督にも話を聞きましたが、今年はやってやりたいと言っていましたよ」
「そうですね。ここで順位をおさらいしておきましょう」
テレビのテロップにはセ・リーグの順位が表示される。
1位:ジャイアンツ ゲーム差:−
2位:シェパーズ ゲーム差:2.0
3位:タイガース ゲーム差:5.5
4位:フォエールズ ゲーム差:2.5
5位:ドラゴンズ ゲーム差:4.0
6位:カープ ゲーム差:2.5
「ご覧の様にシェパーズは現在2位であります。首位のジャイアンツとのゲーム差は2。一方、対戦相手のカープは現在の所、最下位に沈んでおります。名高さん、いかがでしょうか?少し、名高さんの予想とは違うように思われますが?」
小川は名高が引退した翌年からシェパーズのホームゲームで一緒に仕事をしている。そして、開幕前の名高の戦前予想をしっかり覚えているのだ。名高の反応から表情は分からなくとも苦笑いを浮かべている事は容易に想像出来る。
「首位のジャイアンツと最下位のカープ以外は全く予想外でした。今日、カープの野沢監督とも話しましたが、怒っていましたよ」
「名高さんが最下位と予想したからですか」
名高とカープ監督の野沢は六大学の出身で野沢が一学年上であるが、仲がよい。2人とも、直感で野球をするタイプである。
「予想に関しては知っていましたので。ただ、野沢監督によると私の予想通り最下位に沈んでいる現実に対して怒っていましたね。主軸が2人怪我で2軍ですから。体が弱すぎると嘆いていました」
「なるほど。カープは練習量が多いって言いますからね。名高さん、ただ、何と言っても今日の見所のひとつが急遽1軍登録された唐沢選手ですが、情報によりますと、特例で入団テストを受けて合格したようですが、どの様な選手なのか何かご存じですか?」
「私も驚きましたよ。唐沢選手の入団については。色々あったようですよ。知っていますが、放送では言えませんよ」
名高は敢えてタブーに触れた。実況の小川の表情が見てみたい。小川には唐沢が入団を許可された経緯については触れない様に上から指示が出ていたからだ。
「本来ならこの時期に登録されることはないですからね」
「それはそうと、今日解説なので打撃コーチの池田に教えてくれと頼んだのですが、何も言ってくれませんでしたよ。どうもコーチ陣にも詳しい経緯は知らされていないようですよ」名高は自由に発言している。そして、続けた。
「しかし、唐沢選手の打撃練習を見る限りでは何ともコメントのしようがないですね。まあ、ミートは上手いと思いますが、取り立ててパンチ力が有るわけではないですしね」
打撃練習の目的は、試合前のウォーミングアップと打撃ポイントを確かめる事であるため、練習ピッチャーは打ちやすい球を投げる。気持ち良く打ってもらうためにコントロールと投球のタイミングは一定が望ましい。それ故打撃投手からホームランを打てる打者が試合で打てるとは限らない。
「私の方も情報を集めましたが何の情報も得られませんでした。今日はその唐沢に出番があるのか楽しみです」
本当に小川が楽しみにしているのかは定かではない。神宮球場にいるファンも2人を除いて楽しみにしている者はいないであろう。その2人とは一塁側の内野席にいる、宮野と祥子である。
試合は定刻通り18時丁度に開始された。唐沢は勿論ベンチスタートである。祥子の心配は唐沢がベンチ内で居場所を見つける事が出来るかである。プロ野球とは言え、体育会系の延長である。上下関係に厳しい。宮野によるとプロの世界は入団時期では無く、上下関係は年齢によって決まるらしい。そうすると、20代前半から一線で活躍出来るプロ野球界では、唐沢の年齢は既に中堅の域に達している。社会経験からすると唐沢の方が深く、その点宮野は心配していなかった。
この試合、先攻はビジターのカープである。シェパーズのマウンドに登ったのが開幕投手を務めたエースの石井である。石井は、開幕当初からの好調を維持しており、立ち上がりを難なく3人で切って捨てた。
対するカープの先発も開幕投手を務めた前岡である。前岡はセ・リーグを代表する右腕の1人で有り、シェパーズはこの前岡を苦手としている。前岡を得意とする球団は無いが。前岡もエースさながらの立ち上がりを見せ、両チームの攻防は併せて10分程度と投手戦の予想を呈した。
「息苦しい試合ね」
祥子の口から自然と言葉が放たれた。
「素人に取ってはそうだろうけど、この息苦しさがたまらないな」
宮野は打撃戦より投手戦が好きである。
「確かに私は素人ですから」
宮野は拗ねる祥子を見て自分が何を言ったのか改めて悟った。確かに素人は8対9の打撃戦を好むが、玄人は、1対0の最小スコアの試合が1番ワクワクする。それが、貧打戦では無く今日の試合の様に投手戦であればなおさら。
試合開始から50分を過ぎた頃、イニングは既にシェパーズの5回裏の攻撃に入っていた。この回の先頭打者は4番のバレトンである。4回まで前岡は1人のランナーも許さない完全試合ペースである。バレトンも1打席目は外角のスライダーで三振を取られている。
「名高さん、ここはどの様に攻めれば良いですか?」
「ここはもう先ほどと同じで問題ないでしょう。最後は、外角のスライダーを投げておけば間違いないですね。その前に内角を1度攻めておく必要がありますが」
前岡は名高の助言が届いたのか1打席目のビデオを観ているかの様に同じ球種でバレトンを追い込んだ。前岡は調子が良すぎた。セオリーからすると次の3球目はインコースにボール球を投げるべきであった。誰もがそう思った瞬間前岡は3球勝負に出たので有る。
キャッチャーは恐らく内角のボールを要求したのだろう。投球前、前岡は一度キャッチャーのサインに首を横に振っている。前岡の投じた球は甘く入り、バレトンはその球を見逃さず、レフトにホームランを放った。球場は、晴れているのに傘が踊った。
「さっちゃん、俺にも分からないから。どうしてライト側のファンが晴れているのに傘を振っているのか」
宮野は、答えを持ち合わせていない事を先に祥子に伝えた。祥子は、何の事なのか分かっていない。ホームランボール行方を追っていたのではなく、ベンチに居る唐沢をずっと観ていたのだ。
「あっ!あんな所に唐沢さんが居る」
唐沢は列の最後に並んでいた。シェパーズのベンチ前ではホームランを放ったバレトンを向かえる準備が整っていたのだ。バレトンも例外なく唐沢とハイタッチを交わした。
「あの人唐沢さんと体格が全然違うわね」祥子は感心して言った。「唐沢さん大丈夫かしら・・・」祥子は球場で一番盛り上がるはずのホームランを生で観ても感情は揺れない。
「所詮、唐沢は、素人だからね。いつまで体力が持つやら」宮野は本質を述べた。
体格が異なるのは当然である。プロ野球に入れる人間はそもそも基礎体力が優れており、更に日頃から体を鍛えているのだ。唐沢にはこのプロで不可欠な核が欠けている。人は無い部分を有る部分の突出により補う。唐沢の場合、核が無いのだから致命的である。一年間プロとして戦うには体力が持たない。前岡は続く打者を3者連続三振で切って取った。一球の失投で1点を失ったのだ。
これまで、前岡同様好投を続けて来た石井だったが1点貰ったことでリズムを崩したのか先頭打者を四球で歩かせた。それも、ピッチャーの前岡に対して。
「名高さん、どうしたのでしょうか。ピッチャーに四球とは?」
実況の小川は信じられない様子で名高に尋ねた。
「いや〜解説者泣かせですね。何とも解説の仕様がありません。ただ、言える事は試合が動き出した事ですね」
解説の名高は論理的解説を得意としていない。この位のコメントなら祥子でも言えそうだ。
「次は一番の赤井ですが、最近の打率は余りよくありません。ここは送りバントの可能性もありますか?」
小川はカープの作戦を尋ねた。
「勿論、考えられます。先ずは、同点ですから。しかし、簡単に送るのも勿体ないですが・・・ただ、走者がピッチャーの前岡ですからね。戦略は限定されます」
初球、赤井はバントの構えをすること無く見送った。判定はストライク。
「初球は簡単に見送りましたね」小川は少し驚いた様に伝えた。
「ピッチャーは石井ですからね。揺さぶりたいですよね。何もしないことは無いと思いますが・・・」名高にとっても無策のカープベンチが信じられない様子であった。
石井は2球目様子を見たのか外にはずした。赤井は2球目もバントの構えなく見逃した。続く3球目を赤井は一・二塁間に転がした。ファースの工藤はグラブの先でボールを捕球し、2塁に送球、ランナーはピッチャーの前岡であったが必死で2塁に滑り込んだ。判定は、アウト。打者の赤井は俊足の為、ダブルプレーは免れた。
「さすがに自由野球ですね」
名高はカープの采配を肯定的に表現したつもりであったが、小川含め視聴者には違った意味で伝わった。
「やはり、ここは送りバントでしたか?」
「まあ、結果論ですがね。しかし、野球は確率の問題ですから。送っても良かったと思いますよ」
「名高さんと言えば現役時代、今はフォエールズの監督である藤堂監督でしたよね。あの時は厳しい采配だったのではないですか?」
「勿論、最初は戸惑いましたよ。私は野球で頭を使わない方でしたから監督にはいつもどやされていました。しかし、理解してくると結構面白かったですけどね。まあ、フォエールズの藤堂監督だったら間違い無く送りバントでしょうね」
名高は先ほどよりは明確に采配について意見を述べた。小川は欲しい情報を引き出せて満足している。続く打者は2番に入っているセンター山本である。山本は赤井に勝るとも劣らず俊足であり、カープ野球は1・2番で投手を揺さぶる攻撃を得意としている。
「名高さん、この場面何か仕掛けて来ますか?」
「いや〜どうですかね。ノーアウトならヒットアンドランを仕掛けても良いとは思いますが、ワンアウトですし、仕掛けるなら赤井が打席の場面でしょうね」
「しかし勿体ないですね」小川はカープの采配に批判的である。
ピッチャーの石井はランナーを目で牽制しながら足を上げ、そしてホーム側へと足を向けた瞬間、一塁走者の赤井が素早く体を二塁側に捻り一塁を後にした。
「なんとランナーの赤井がスタートを切りました。盗塁です。この場面でランナーが走りました。いや、ヒットアンドランです。バッターの山本が打ちました。打球はショートゴロですが赤井がスタートを切っていたためセカンドには投げられません」
「名高さん、結果としては送った形になりましたが、今の攻撃いかがでしょうか?」
「いやはや、ですね。全く想像していませんでしたね」
「バッテリーにも油断があったのですかね?」小川は名高に助言を求めた。
「確かに色んなケースを想定するべきでしょうが、今の攻撃を警戒するのは難しいと思いますよ」
「ノーアウトからピッチャーを四球で歩かした石井投手でしたが、何とかツーアウト二塁まで持って来ました。これは、カープのミスに助けられたと言っても良いでしょう」小川のコメントを名高も否定しない。
「ここで向かえるは3番のジョンソンです。ジョンソンは今期途中からカープに入団しました。デビュー戦の初打席でいきなりホームランと言う離れ業をやってのけました。名高さん、ここは打つだけですよね」小川はカープの采配に嫌みを込めて言った。
「ここは、動きようがないですね。ツーアウト二塁ですからね」
ピッチャーの石井はランナーを気にすること無く初球を投げ込んだ。判定はストライク。スライダーがアウトコースギリギリにコントロールされた。石井は完全にペースを掴んだかに思えたが、2球目にストレートが真ん中高めに投じられジョンソンは見事にライトスタンドに運んだ。石井はマウンド場で片膝をついてしゃがりこんだ。
「信じられません。これまで好投を続けて来た両投手が失点しました」
「まさかのまさかですね」名高は驚きを隠さず本音を続けた。「これがカープ野球と言えばそれまでですが、ここでホームランが出るとは誰も予想出来ないですよ。流れは間違い無くシェパーズに傾いていましたから」
名高は初めて解説者らしいコメントを発した。この言葉をアナウンサーは見逃すはずがない。
「野球では良く流れと言われますが実際にどういうものなのですか。それは、プレーをしていて感じるのですか?今、流れがこちらにあるとか・・・」
「感じますよ。言葉で表現するのは難しいですがね。もちろん、経験もしましたよ。現役時代何度も。本当にあるのですよ、流れが。勝利船と言いますか、本当に船に乗っているような感覚になるんですよ。勝手に体が動いたり。だから自然の流れに任せておけば良いみたいな。逆に言うと、そんな時は余計な事をしない方がいいのですよ」
小川はこれ以上論理的な説明を名高には期待しなかった。
「所謂、野球の神様みたいなモノですかね?」
「それとは違うんですよ。神様ではないですよ」
思わぬ名高の反応に小川は躊躇った。この場合、内容を突き詰める必要は無くただ次の展開に行きたいだけである。キャッチャーの相川がマウンドの石井に声を掛け、石井は4番のピーターソンをレフトフライに打ち取った。
「ホームランを打つのって外国人選手ばかりね」祥子は続けた。「尚更、唐沢さんには打てっこないな・・・」
「でも、さっちゃんこの試合面白くなってきた。シェパーズが1点差で負けているのでチャンスで唐沢がヒットでも打てばデビュー戦でいきなりお立ち台もあり得る」
「何よ。そのお立ち台って?」
「ヒーローインタビューのこと。観たことない?ファンの目の前で受けてるとこ。選挙演説のように台の上に乗ってやるの。野球選手に取っては名誉なことなんだよ」
「野球選手にとってはね」祥子は唐沢がこれだけの観客の前できちんと受け答えが出来るのか不安である。
試合はその後両投手が得点を与えず、1対2のまま9回裏のシェパーズの攻撃を向かえた。最終回のマウンドも前岡が上がった。これはエースのプライドである。シェパーズの攻撃は一番木下からである。8回を終えて前岡が投じたのは120球。球数的に問題はない。ここの選択は難しい。監督によっては絶対的な抑えの河内に交代するであろう。
「名高さん、前岡が続投するようですが」
「ここで変えるようじゃエースじゃないでしょう。カープの野沢監督はバッター出身ですからバッサリ変える可能性はあると思いましたが、さすがにこの試合は前岡に任せたようですね」
「さて、バッターボックスにはゆっくりと木下が入りました。丁寧に足場を固めております。前岡はゆっくりと振りかぶりました。そして1球目を投げ込みました。あっと、バントです!三塁前にセーフティーバントです。三塁のジョンソンがダッシュしますが、間に合いそうにありません」
「意表を突かれましたね。ジョンソンは全く準備出来ておりませんでした。これで分からなくなりましたよ」
プロの技を観ていた祥子が言った。
「あの人めちゃくちゃ早いわね。陸上でも活躍出来そう」
祥子はプロ野球の選手の身体能力に驚いている。祥子の周りに居る野球選手は唐沢一人である。
「あの木下選手はプロの中でも足が速い方だからね。唐沢とは違うよ」
「そうね。何もかも違うは・・・」祥子はこれから出場する唐沢がどんなプレーをするのか不安で仕方が無い。
「名高さん、ここは送りバントで決まりですよね」小川は名高に念を押した。
「間違いないでしょう。先ずは一点ですから」
次に打席に入るのは、センターの上田である。シェパーズベンチが取った采配は、予想通り送りバントである。上田は難なく木下をセカンドへ進めた。迎えるは最近調子の良い3番浜田である。前岡は最後の力を振り絞ってエースの意地で浜田を三振に仕留めた。次に迎えるは4番のバレトン。
「名高さん、ここは歩かせるでしょうか?」
「そうですね。バレトン選手は一発がありますから。しかし、バレトンを歩かせると逆転のランナーを出す事になりますから。まあ、しかし、普通に考えて歩かせて良いでしょうね。塁が埋まれば守りやすいし、バレトンは足があまり早くないですから一気にホームには帰られませんし。代走もありますけど・・・」
「名高さん、ちょっと待ってくださいよ。あれは、唐沢ではないですか!どうも5番工藤に代打で唐沢が送られる模様です」
唐沢は三枚堂監督に行って来いと背中を叩かれてベンチを出た。明らかに2軍とは何もかもが異なっていた。2軍にはベンチとフィールドに境目がない。1軍には目に見えない境界線が存在している。唐沢の周りには3万人近い観衆がいる。その3万人の観衆の目が一点に集中している。その視線は360度から発せられており、その眼光の集積が膜を作っている。唐沢はその膜の中に踏み出したのだ。これがプレッシャーか。好機になればなるほどそれぞれの眼光が力を帯び、異常なまでの膜を作り出す。勿論、その膜の要素に祥子も宮野も入っている。
「宮野さん!あれ見て!唐沢さんよ。あんな所でバットを振っているわ」祥子はバットの代わりに手を振った。
場内もバッターボックスより、ネクストサークルに居る唐沢に注目が集まった。これは、唐沢に期待する視線では無く、どうしてこの場面で唐沢を使うのか計りかねている。
「名高さん、どの様に思われます。もし、バレトンが歩かされたら本当に唐沢が打席に立つのでしょうかね?」
「5番に代打はないでしょうね。しかもこの場面で新人、しかも今日1軍に呼ばれた選手を使う事はないですね。1軍と2軍では球の切れが違います。先ずは慣れないと。この場面はどんな形であっても、結果のみが求められますから。先ずは、バレトンを歩かせてそれから考えれば良いでしょう」
「名高さん、キャッチャーの倉は座ったままですね!バレトンと勝負するのでしょか?」
「今日、カープは自由野球をすると言ってきましたが、この場面でバレトンと勝負はないですよ。倉選手もベンチを見ましたね・・・ベンチの指示が勝負ですかね。ピッチャーが前岡投手なので際どい所を投げてカウントが悪くなれば歩かせる戦法もありますが」
「ピッチャー前岡セットポジションからゆっくり足を上げて投げました。なんとストレートを投げました。バレトンも意表を突かれたのがバットを振りましたが遅れ気味で一塁側のスタンドに入るファールボールです。名高さん、全く歩かす気はないようです」小川は、名高の解説が外れた事を全国に伝えた。
「驚きました。私だけではないと思います。バッターも驚いたと思いますよ。しかし、野球としては面白くなってきましたね。エース対4番の対決ですから」
唐沢はバットを振るのをやめて片膝をついて戦況をじっと眺めた。こんな近くでプロの勝負が観られるとは思ってもいなかった。これはプロの選手にしか味わう事の出来ない特等席である。唐沢は前岡の腕の振りをじっと見つめていた。あれだけのスピードで人間は腕を振れるのかと。前岡は球審からボールを受け取ると、ロジンバックを手に取り、手の汗を白い粉で取り去った。そして、ボールをゆっくり擦り新しい膜を剥がした。
前岡はセットポジションをゆっくりと作りキャッチャーのサインに頷いた。そして、2球目を投げ込んだ。腕の振りが先ほどとは異なって見えた。唐沢は変化球と観た。バレトンにはその違いが分かっているのか定かではないが、タイミングを外す事なく、バレトンは打ち返した。ボールは地球に重力が存在する事を3万人に教えるかの様にゆっくりとレフトスタンドに消えていった。サヨナラホームランである。唐沢には出番がなかった。
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