第2話 不撓不屈

品定めするよう、男は己に大言を吐いた眼鏡の男を見た。


筋骨隆々でも、ましてや武器すら身につけておらぬ風情で突っかかって来るこの者は単なる命知らずか、と。


「良く聴こえんなぁ。俺の聞き間違いかぁ?」


「明らかに嫌がっている者を。無理矢理に従わせようとする行為や、声を荒げての恫喝。挙げ句、店主への傍若無人な振る舞い。頭だけではなく、耳も悪いとは。汲み取れなかった私が悪いか…許せ。」


「貴様ぁぁ!!」


必要以上のあおりを受け手本のような襲い掛かり方をしてくる男に―


ス…。


店の入り口を背に、対する。


「どうした。その図体ずうたいは飾りか。」


押し倒さんと迫り来る男の挙動。


左足を引き僅か半身を晒し、触れるか否かで―


…トッ。


半円を描くように両足を退けば。場所を入れ替わるよう反転した先、右手で猪突ちょとつする者の背を押してやった。


「ぐわぁっ!」


すると男は自身の突進力と、不必要な後押しで店の外まで滑り転んだ。


「…店主。これを借りる。」


軒先に立て掛けてあった箒。

眼鏡の男が、そう告げる。

そうして、歩いて外へ。男が滑った後ろへと。


「…軽く。殴ってしまえば、一度でしまいの私のような者を目の前に。」


「黙れ!この野郎!」


憤慨したままの男が、後ろにある足を掴もうと両手を伸ばした、が―


―ヒュッ


その眼前で、掴もうとした足は宙に舞っていた。


ド、


ドッ!


畜生ちくしょう!…あ、ぎゃあっ!」


悔しさに顔をしかめた後、今度は痛みで顔をしかめる事になる。


右、左肩を。箒の柄で突かれていたのだ。

あの一瞬に。


ト。


地面に着地した眼鏡の男は、歩くような早さで。


男の額の辺りに箒の柄で焦点を合わせている。


痛みで両腕が痺れている今、攻められたら―

想像で男は震え上がった。


「…お前は。何をそんなに恐れている?」


「な、なにぃ…!」


「震えているぞ、足が。」


相手を睨み付けるも、眼鏡の男と目が合うと目を逸らしてしまう。


泳いでいる目。


そして上手く出せず潰れた声。


既に変わった空気。


気付けば既に汗ばんだ両手。


「…客とはいえ。全てが罷り通る訳ではない。―次は、納めぬ。」


クルッ


箒の穂先を上に持ち。


告げれば男に背を向けた。


無防備な背中が目の前にある。


思わず口端がつり上がった。


「馬鹿が!格好つけやがって!」


痺れも薄くなってきた、その右手で眼鏡の男の後頭部に大きな拳を振りかぶり―


ゴッ。


「かっ………」


その場に崩れ落ちた。


右脇の下より男の鳩尾みぞおちしたたかに打つ箒の持つ側の先。


「…格好を。付ける程の相手で無し。」


元あった場所に、箒を戻し。


「済まないな。騒がしくしてしまった。…然るべき対処を頼みたいが、宜しいか。」


「は、はい!有難う御座います!」


一度、二度店主は頭を下げると店員に詰所への連絡を託し。


「本当に、有難う御座います…!」


「そちらが大事だいじないならば、幸いだ。…では夕食まで、部屋で休ませて頂く。」


タン


タン


パタン


…………………


何処でも、このテのやからは居るものだ。


ましてや、往来でともなると。


せめて自分が正しいと思う事には。


目を背けずに。


「……褒美に。夕食には沢庵たくあんが付けば良いな。」


些細な期待と共に。


これ以上でなく以下でもない。


―そう。


偽者は、こんな人間だ。

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