涼宮キョンの憂鬱(後編)

   

   

   

『起きなさいっ!!』


…なんだ…?


『早く起きないと遅刻するわよ!!』


…遅刻だと…!?


『ヤバイっ!遅刻する!……って…今日は学校休むんじゃないのか?』


俺は眠たい目を擦りながら体を起こす。

窓からは太陽の光が差し込んで、俺の前に立っているハルヒ(今はキョンか…)に後光が差している様に見えた。

やはり夢ではないようだ…


『行くの。なんか楽しそうじゃない。』


おいおい…昨日と話が違うじゃねーか…。

あのテンションだだ下がりのハルヒは何処へいった?


だが、ハルヒ一人だけを学校に行かせようものなら俺は1日で超有名人、もしくは変態扱い、最終的には警察行きなんて事になりかねん…。

理由は言うまでもないだろう。


『分かった。俺も行く。』


『決まりね!じゃあ早く用意しなさいっ』


俺は用意と聞いて何をすればいいのかよく分からなかったが、とりあえず立ち上がった。

しかし…


『う…、なんか体がだるいな…。風邪でもひいたかな…?』


『こたつなんかで寝てるからでしょ。』


起こしてくれよ…


俺はだるい体に鞭打ち、ハルヒの指示の元学校へ行く支度を始めた。


そして…


『なんか変な感じだな…。』  

  

『仕方ないでしょ。あんた自分で髪セットできないんだから。』


俺の髪(無論ハルヒの髪だが)をハルヒがセットしてくれている。

鏡に映るその光景はどこかおもしろかった。


『キョン、あたしのリボンは?』


『ん?あ~、そこに置いておいた。』


『これつけなきゃ話にならないからね。』


つけたらどんな話になるんだよ…。

また奇想天外大冒険物語か?


『あ、リクエストある?』


『はぁ?リクエスト?』


『そ。髪型は色々アレンジ出来るから。あんたの好きなのにしてあげるわ。』


『そうだな……じゃあポニーテールで。』


『ほ、本当に好きなのね…。』


俺のストレートな回答に戸惑いを隠せないハルヒが少しかわいく思えた。

無論俺なんだが…


ん?気持ち悪いって?

…ハ、ハルヒだったらの話な訳で、別にBLでもなんでもないんだからねっ!!

ついでに言っとくけどツンデ(ry


こうしてドタバタしつつも学校へ行く準備は整った。

今日は珍しく3人での登校になりそうだ。




   

   

   

長門のマンションを出てから程なくして、歩きながらの作戦会議が行われた。


『いいか、絶対に"あたし"とか言うんじゃないぞ。"~わよ"とかもダメだからなっ!!』


『わかってるわよ。あたしを誰だと思ってんのよ。しくじるはずがないじゃな……ないだろ。』


初っ端からしくじり倒しじゃねぇか…


『じゃあキョン、あんたもあたしらしく喋りなさいよ。』


『えぇ。そんなの余裕よ余裕。恐らくあたしだったら、外身も中身も完璧なハルヒになれると思うわ。』


『何よそれ。…何だよそれ。あ~、めんどくさいわね…めんどくせぇっ!!』


こうして俺達は傍から見たら変人に思われかねないような怪しい会話を繰り広げつつも、なんとか学校に辿り着く事ができた。


『じゃあ、長門、また部室でな。』


『…うん。頑張って。』


長門のエールを受けて、なんとも言えない気分になった俺は、呼吸を整えてから教室へと足を踏み入れた。


『よっ!キョン。』


谷口がハルヒの肩をポンと叩きいつも通りの挨拶をする。


『何なのよあんたっ!』


ノォーーーーーっ!!!


『なんだ…?気持ち悪い。お前もついに目覚めちまったか?そんな事より、何だ?今日は涼宮と一緒に登校か?ついにそんな仲になっちまったのか~。』


話をややこしくするなっ!!

つか谷口、俺に喋りかけるなっ!!

今そこに立っている俺はハルヒなんだっ!!


『冗談だよ。涼宮?下駄箱で一緒になっただけだ。』


何という完璧なまでのフォロー!!

つか演技うまいな…


『びっくりさせんなよな…。あ、そうそう。今日の体育のソフトボール絶対勝とうな。』


たたたたた体育!?


『ソフトボール?お、おう。頑張ろうぜ。』


そういや今体育はソフトボールだったな…。


『やべっ、先生来た。』


そう言うとそそくさと自分の席へ戻る谷口。


俺は体育の事をあれこれと妄想しながら自分の席に…っておい。


『あんた前でしょ。』


後ろに座ろうとするハルヒにツッコミを入れる。


『あ、そうだったな。』


席を間違えるな席を。


俺は自分の席につき、教壇に立っているお喋りマシーンの攻撃を脳内で完璧にシャットアウトした所で、体育についての妄想を再開した。




   

   

   

妄想を再開して5分。


『はぁ…。』


『どうしたのよ。』


俺の溜息を聞き取ったのか、それともハルヒ特有の憂鬱オーラを俺も発する事ができるようになったのかは定かではないが、前の席の男がこちらに体を向け女口調で聞いてくる。


『やはり体調が優れん…。』


『ふーん。どんな感じ?』


『なんだか今まで感じたことないようなタイプのダルさと腹痛だ。』


俺がそう言い終わるやいなや、ハルヒは全てを察してるかのような淡々とした態度で答えた。


『それね、たぶん昨日あたしの様子が変だった理由だと思うわ。』


何だそれは…。

確かに昨日のハルヒは変だったが…


『なんだよそりゃあ。』


『だから…あれよ。』


全くわからん…。

いつから"あれ"で済まそうとする歳になったんだ…。


『ほんと鈍感なんだから…。女の宿命よ、宿命。』


不機嫌そうに言うハルヒを見てやっと全てを理解する事ができた俺は、やはりハルヒも普通の女性という事を改めて実感させられた。


『なるほどな…。だが症状には個人差ってのがあるだろうから、この感じがそれとは判断しにくいだろうが。』


『うるさいわね。今回はひどかったのよ。ま、せいぜい苦しみなさい。』


そう言うといたずらっぽく笑って見せた。

…待てよ?

もしや俺達が入れ代わったのは、ハルヒが男の体に憧れたからなのではないか…?


なんて考えながら退屈な授業をうつ伏せでやり過ごした。




そして1限目が終わって休み時間に突入するやいなや、


『あんた、鼻の下なんか伸ばそうものならどうなるか分かってわよね?死刑よ死刑。』


などと、そこらへんの不良債権取り立て企業も顔負けの脅迫を俺にした後、ハルヒは谷口、国木田と共に教室から出て行った。


さて…、心踊る瞬間がやったきた。

それは言うまでもないだろうが、体育の時間だ。

無論、体育がしたかった訳ではない。

そう…女子の更衣の瞬間を目と鼻の先で拝見する事ができるのだ!!


と、期待していたが…、あまりの目のやり場のなさに困り果てた俺はさっさと着替えを済まし、このキャピキャピ桃色教室から抜け出した。


あんな所にいたら鼻の下が伸びきってしまう…


俺はそそくさと体育館へ向かった。




   

   

   

ハルヒは今頃ソフトボールを満喫しているんだろうな…


『痛っ!!』


頭の中で色々と考えていたその時、突如飛んで来たボールが俺の体に直撃した。


『涼宮さん今日はどうしちゃったの?いつもならレシーブもアタックも完璧なのに。』


そう…、今俺はバレーボールをしているのだ。

しかも、"ハルヒ=運動神経抜群"などというレッテルをはられている状況で…

正直…しんどい。


『ごめんごめん…。次はちゃんとするから…。』


『大丈夫…?熱あるんじゃないの…?』


『なんかいつもの涼宮さんじゃないみたい。』


ハルヒは女子に対していつもどんな言動をしているんだ!

つか女子とまともに話している所を見た事がない!

分かるやつはここに来て教えてくれっ!!


『あははは…、大丈夫よ。』


こうして俺はグダグダな演技で体育を乗り切ったのだった。


そして、再びの桃色更衣タイムがやって来た。

嫌な気はしなかったが…、刺激が強すぎる…。

やはり男ってのはパンチラあたりが一番萌え……ゴホンッ。





俺はさっさと着替えを済ませ机に座っていると、意気揚々とハルヒが帰って来た。


『どうだった?』


『楽しかったわよ。やっぱり男の体ってのはパワーがあるわね。ホームラン打ちまくりよ。』


自慢げに話す姿はハルヒそのものだ。

つか、大きな声で喋るな。

変質者を見ているかの様な女子の目が……あぁ…死にてぇ…


結局、なんだか楽しそうなハルヒを尻目に

俺は憂鬱な気分で授業を受ける羽目となった。




   

   

   

さて、心身共に疲れ果てていた俺だが、ついに放課後を迎える事ができた。


これで開放される!

…なんて思ったのもつかの間。


『部室行くわよ。』


チーン。


まあ予想はしていたが…


『分かった分かった…。』


『古泉君とみくるちゃんをびっくりさせるのよっ♪』


『なっ…』


満面の笑みを浮かべながら言うハルヒ。

嫌な予感がするのは俺だけか…?


こうして俺達は部室へと足を運んだ。





『長門だけか。…今日は一体何を読んでるんだ?』


『…これ。』


そう言うと本の表紙を俺に見せる。


ん?"そーなんだ(創刊号)"…?


『ちょうどいいわ。今のうちに作戦会議よっ!』


『なんの作戦だよ…。』


『2人をびっくりさせる作戦に決まってるじゃないのっ。とりあえず、初めはお互いになりきって入れ変わってるのがバレないようにするのよ。いいわね?』


『分かったけど…、オチはどうするんだ。』


『ふふぅ~ん♪』


なんなんだその音符マークは…。

それに、その顔のにやけ方は相当ヤバイ事を考えているに違いない…  


何やら作戦を立てていたその時、部室をノックする音が聞こえた。


『…ほらっ。返事しなさい。』


『おっ…、…ハ、ハーイ。』


『バカッ、そんなかわいらしい声出してどうすんのよっ……』


『こんにちは。』


古泉の爽やかスマイルはハルヒに向けられている。

そういや古泉って基本的に俺の方を見てる時にスマイルをフルスロットルにしやがるな…。

あぁ、気持ち悪い。


『よう古泉。』


俺の声のトーンが一段階高いぞハルヒっ!


『今日は朝比奈さんがまだのようですね。では、昨日のオセロ対決の続きでもしましょうか。』


まだ覚えてやがったか。


『オ、オセロ対決?いいぜ!!』


なんか変だぞっ。


『今日は負けませんからね。』


ふむ、ハルヒのオセロの実力が気になる所ではあるが、今はハルヒになりきらねばならない。

俺はパソコン前の椅子にドッカリと腰をおろし、不機嫌オーラを噴水のように八方に放出させておく事にした。


しかし…、しばらくすると眠気が襲って来た。

まぁハルヒが寝てようがおかしくは……いや、おかしいか。


だがここで睡魔を撃退する術など持ち合わせているはずもなく俺は机に伏せ、夢の世界へと飛び込んで行った。




   

   

   

『いゃあぁぁぁぁぁっ!!!!!!』


安らぎのお昼寝タイムもつかの間、突如響き渡った悲鳴に俺は飛び起きた。


どこだここはっ!!

…って、目の前にパソコンがあるという事は…部室だな…


しかし次の瞬間、俺の人生が180度変わってしまうかも知れないような光景が目に飛び込んで来たのだっ!!


『早く脱げ~♪』


『キョン君っ…やめて下さいぃぃ~///』


WaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitWaitっ!!!!!!!!!!

待て待て待てーいっ!!!


『おいっ!!何してんだーっ!!』


俺はハルヒにすてみタックルをかました!!


ハルヒに86のダメージ!!…って違うな。


『朝比奈さん、大丈夫ですかっ!?』


『えぐっ…ぐすん……す、涼宮さん…。あたしもうお嫁にいけません……ひっく…』


ハァァルゥゥヒィィ…


『せっかくいい所だったのにぃ。』


何がいい所だっ!!

まだ部室だからよかったものの、公共の場でこんな事をしようものならっ…!!


『朝比奈さん、落ち着いて聞いて下さいね。』


『…涼宮さん?なんだかいつもと違う…』


『違っていて当然です!!だって、今俺はキョンで、そこにいる変態キョンはハルヒなんですからっ!!』


『………。』


おい…、どうしてくれるんだハルヒ。


『誰が変態よ。まぁいいわ。オチも大成功だった事だし、そろそろネタばらしね。』


オチ!?

今のがかっ!?


『実はね…かくかくしかじかで…』


こうしてハルヒの説明と俺の的確な解説により、朝比奈さんの誤解は解けたようだった。


『そうだったんですかぁ。私てっきり…』


てっきり何だったんだ…?

それより、さっきから古泉が驚くそぶり一つ見せていないのはどういう事だ?


『なぁ古泉、お前この事知ってたのか?』


『長門さんにお聞きしたんですよ。』


すでに情報共有してやがったか。


『じゃあ何で朝比奈さんには教えてあげなかったんだ。』


『僕自身この事を聞いたのは昼休みだったんですよ。長門さんに部室に呼び出されましてね。』


長門よ…、朝比奈さんがハルヒ(俺)に襲われるのを予測してわざと朝比奈さんには教えなかったんだな…?


『それより、オセロしませんか?』


『こんな状況でのんきにオセロか?

…まぁいいか。』


どんだけオセロが好きなんだこいつは…、と思いつつも、オセロで古泉をフルボッコにしたいがために、俺はあっさりと了承したのだった。




   

   

   

日も暮れ、古泉とのオセロにも飽きかけていた頃、パソコンを閲覧していたハルヒが急に声を発した。


『キョン、今日はどうするの?流石に家に帰らないと大変な事になるわよ?』


あ~…その問題があったな…


『確かにそうだな…。二日も帰ってこなかったら親が黙っちゃいない。』


『今日は自分の家に帰るしかなさそうね…。』


『うまくいくか?』


『いかないと思う…。けど頑張るしかないでしょ。』


頑張りでカバーできる状況なのかよ…


『じゃあ、作戦会議といくか。おい、古泉もない知恵を絞って考えてくれ。』


『ない知恵は絞れませんね。』


…ジーッ


『分かりましたよ。』


こうして俺達はお互いの家庭状況などを把握し、何か起きた時の対応などを確認しあった。


『よし、帰るか。』


『ええ。』


『うまくいく事を祈ってますよ。』


『おう。じゃあ俺達はこれで。』


俺達は部室を後にし、募る不安を消せないまま帰路についた。

そしてついに、いつも別れる場所までやって来た。

ここからは別行動だ。


『いいか、絶対女口調で喋るんじゃないぞ。両親が悲しむからな。』


『分かってるわよ。あんたも変な事しないでよ。』


『しねーよ…。あと何かあったら連絡してこいよ。』


『うん。じゃーなハルヒ。』


『ん?あ、ああ。じゃあねキョン。』


最終確認もそこそこに、俺達はお互いの家に向けて歩み出した。





   

   

そして、気がつけば俺はハルヒの自宅の前に立っていた。


ヤバイ…。

いくらお互いの事を確認したからと言っても、実際に帰宅するとなったら緊張が…


しかし、ここまで来て引き返す訳にはいかない。

俺は生唾を飲み込んだ後でチャイムを鳴らした。


『はい。』


『あたしだけど。』


『あ、ハルヒ?今開けるわ。』


…ハルヒの母親…か。

一体どんなお方なのだろうか…。


『お帰り。お泊り会どうだったの?』


二重ロックのついたドアが開いたと同時に顔を覗かせたのはハルヒの母親と見られる女性だった。

なかなかの美人さんだ。

それにしてもハルヒもお泊り会を理由にしたのか…。

ベタベタだな…


『ただいま。おもしろかったわよ。』


『そう。寒いでしょうから早く入りなさい。』


こうしてハルヒの自宅に無事侵入(?)する事が出来た俺は、靴を脱ぎながらハルヒお手製の自宅マップに目をやった。


ハルヒの部屋は二階のようだ。

俺は周りを見渡しながら階段を上り、難無く目的の部屋へとたどり着く事ができた。


ここか…。

まぁ女の子らしい部屋だが、予想よりはサッパリとした感じだな。


俺はとりあえずベッドに座り、携帯を開く。

受信メールはない。

ハルヒのやつもうまくいってるという事なのだろうか。


そしてふと机に目をやると、発見してしまったのだ…東中の卒業アルバムを…


これは見るっきゃねーだろ、って事で一人一人の顔写真が載っているページを順にめくっていく。


いた…谷口だ…。

プッ…、クフッ…、なんなんだこの世界を揺るがすかのようなアホ面は…


『ハルヒー、ごはんよー。あとお弁当箱と体操着出しなさいよー。』


『プッ…、い、今行くー。』


中学校時代のハルヒを見れぬまま、俺はお弁当箱と体操着を持って一階へと向かった。


その後、夕食を食べたのだが、父親の姿は見当たらなかった。


『ハルヒ、早くお風呂入っちゃいなさい。』


俺はハルヒお手製マップを頼りに着替えを用意し風呂場へと向かったが…、さてどうしたものか。

今はハルヒもいない事だし?何をしようがあいつには分からない。

だが、俺は目隠しをして風呂に入る事にした。


そうしなければいけなかった訳ではない。

俺自身がそうしたかったのだ。


こうして風呂からあがった俺は寝る支度をして部屋へと戻った。




  

  

  

足早に部屋へと戻った俺は、携帯電話が鳴っている事に気付いた。

発信元はハルヒ。


『キョン?』


電話越しに聞こえて来たのは元気のない声だった。


『ああ。何かあったのか?まさかバレたんじゃないだろうな…』


『うぅん、バレてはないんだけど…』


『ちゃんと目隠ししたかってか?それならちゃんと…』


『そうじゃないの。今なら元に戻れそうな気がするのよ…。外見た?あの天候なら雷の一つや二つは落ちるわよ。』


雨…?

さっきまで雨なんて降る気配すらなかったはずだが…。

俺は半信半疑でかわいらしい水色のカーテンをカーテンレールの端に押し寄せ、窓の外へと目をやった。


マジかよ…


窓の外に広がっていたのは、空が大泣きしているかのような豪雨と、厚い雲の間から時々光が漏れているという普段なら絶対に憂鬱な気分になるような光景だった。


俺は確信した。

ハルヒが元に戻りたがっている。

そして今、あいつの願望を現実にする力が働いているのだと。


『確かにこの天候ならいけそうだ。』


『どうすればいいかしら…』


『待て待て、長門に聞いてみる。あいつならきっとどこに雷が落ちるか予測するなんて朝飯前だろう。ちょっと待ってろよ。』


俺はそう言うと電話を切り、アドレス帳から長門の電話番号を引っ張り出し、決定キーを押した。


『…何?』


うむ、相変わらず今にも消えてしまいそうな声だ。

生気を出せ。


『長門、雷が落ちる場所って予測出来るか?』


『…出来なくもない。でも、結局は彼女次第。彼女が望まなければタイミングよく落雷は起こらない。』


そりゃごもっともだ。

人に雷が落ちるなんて確率で言えばごく僅かだ。

しかし、やはりある程度の状況は決めておかなければ始まらない。


『…なんか、シチュエーションとか…』


『…なんでもいい?』


長門の"なんでも"がどの程度のものか理解に困ったが、今ならどんな事でもやってやろうと決心していた。




 

 

 

が、やっぱ無理だったね。


『踏み切りに進入して電車と接触…!?流石の俺でも無理だ!…何が流石かは解らんが…。だ、第一、そんな事して雷が落ちなかったら笑えないっ!』


『…彼女が強く願えば落ちる。』


『………。そりゃあそうだけどさぁ…、他に何かないのか?』


『…光陽園駅前公園中央に聳える木に雷は落ちる。』


『本当か!?何時にだ?』


『…8時36分。』


今は…20分か…。

くそっ、後16分しかないじゃないかっ!


『わ、分かった。ありがとな!また生きてたら連絡するっ!!』


『…頑張って。』


冗談まじりで言ってはみたものの、本当に生きて再び長門に会える気がしなかった。

しかし、このチャンスを逃す訳にはいかない。


俺は直ぐさまハルヒに電話をかけ直した。


『キョン…?どうだったの?』


『…今からすぐに光陽園駅前公園へ行かないと!』


『そこに落ちるのね!?』


『あぁ。ただし、16分後だ。』


ここから自転車で行っても公園までは20分はかかる。

飛ばしに飛ばしてギリギリ間に合うかどうかといったところだ。


『16分!?間に合わないわよっ!』


『大丈夫さ。俺達には鍛えられた足腰があるだろ?とりあえず今から自転車で公園に集合だ!!』


『待って、今あたしの自転車壊れてんのよ…。』


それを早く…


『2ケツするっきゃないだろ!自転車でこっちまで迎えに来てくれ!』


『わかったわよっ。じゃあね。』


慌ただしい会話の電話を終了した俺は、白いダウンジャケットを羽織り家の前へと飛び出した。


そしてしばらくすると、スウェットの上にコートを羽織ったハルヒが猛烈な勢いで自転車を走らせ、俺の目の前までやって来た。

無論、傘などさしているはずもなくずぶ濡れだった。


『はぁ…はぁ…。疲れたっ…』


『よし行こう。ところで、俺が前か?』


『…あたしがこぐわよっ!』


そういうと荷台を叩き俺に乗るように合図した。

女の子は楽チンだな。


『キョン!時間通りに公園に着いた所でどうすればいいのか知ってんの!?』


『自転車で木にタックルだ!』


声が雨音に掻き消されないように、俺達は叫ぶようにして会話を成立させていた。


『本当にそれで戻れるの!?』


『知らんっ!お前次第だっ!』


『何よそれっ!』


なんて言い合いながらも、公園まであと少しという所まで来ていた。

そんな中、俺は公園に到着したらどうするのかを頭の中で整理しようとしていた…が…


デジャヴか…?


   

   

   



あろう事か俺達の目の前までトラックが迫っていたのだ。


待てよ…?

ここは昨日事故った交差点じゃないか!?

…待て待て待てっ!

心の準備があぁっ…


なんて思いも虚しく、大きな衝突音、そして光(?)と共に俺達は吹き飛ばされた。








………


どれくらいの時間が経ったのだろう…


俺は意識が朦朧としたまま体を起こした。


痛てぇ……体のあちこちが悲鳴をあげている。

そうだ…、ハルヒは…!?


辺りを見ますと3メートル程先に人が倒れていた。

俺は体を引きずりながら近寄る。


間違いない、ハルヒだ。

それも、本物の。


『おい、大丈夫か!?』


『…ぅ…。痛ったぁい……』


よかった…。

これで死んでたら本当に笑えないしな…


『キョン…、あんた…!戻ってるじゃないの!』


『まぁお前が元に戻ってた時点で分かったがな。』


『あたしも戻ってる…?』


ハルヒは自分の体を見渡す。そしてじっくりと見終わった後、俺の方を見た。


『よかった…。』


目を潤ませて言い終えたかと思うと、俺に飛び付くハルヒ。

俺の体勢も正座に近いものだったので支え切れず後ろに倒れる。


『おぃおぃっ。』


『やっぱり、あたしはあたしで、キョンはキョンがいいわねっ!!』


何を言ってるのやら。

でも、この太陽みたいな笑顔を見るのもなんだか久々な気がした。


『あの~』


ふいに後ろから声が聞こえて来た。

気まずそーに立っていたのはトラックの運転手だった。


『だ、大丈夫ですか?』


『ありがとうございます。』


『へっ?』


こうして俺達はトラックにはねられるという人生で一度あるかないかの(二回目だが)貴重な体験をしながらも、宇宙のような寛大な心で(?)運転手を許し、痛む体を引きずりながら帰宅することにした。


さっきまで降っていた豪雨は嘘のように止んでいた。




   

   

   

あぁ…俺の愛機(自転車)が…。

前輪の泥よけが歪んでやがる…。

まぁこれだけで済んだ事を第一に捉えるべきなのだろうが…。


『何はともあれ、元に戻れたなぁ。』


『えぇ。よく考えるとこれって凄い事よね。』


『相当な。あっ、そうだ…長門に電話しないと。』


そう呟き俺はポケットから携帯を取り出した。

…ってハルヒのじゃないか。


『ほら、携帯。俺のも返してくれ。』


『はいはい。』


嫌そうに言うなよ。


俺はアドレス帳の長門有希にカーソルを合わせ、通話キーを押した。


『…何?』


電話に出ていきなり"何?"は高圧的すぎやしないか?


『長門、俺だ。無事に元に戻れたぞっ。』


『…そう。』


『でも、長門の言ってた公園に着く前に事は解決したがな。』


『…そう。』


なんだ…?

知ってたみたいな言い方だな…。

まさか…


『なあ、結局8時36分に公園の木に雷は落ちたのか?』


『…さあ。』


うん、絶対に落ちてないね。

…って事は単に俺達を焦らせただけという事になるのか…。

くそっ、長門にだけは絶対的な信頼をおいてたってのによ…


『そうか。でもまぁ、戻れたからよしとしておくよ。』


『…うん。』


『じゃあ、また学校で。』


通話終了。

何なんだこの妙な脱力感は…


頭を抱える俺をよそに、ハルヒはいきなり訳の解らん事を言い出した。


『ねぇキョン、妹ちゃんをよろしくね。』


…あまりの意味の解らなさに、俺の思考は5秒間程停止した。


『な、何がだよ?』


『実は今、妹ちゃんが高熱を出してるのよ。』


高熱だと!?

ちゃんと手洗いうがいしないから…


『そうだったのか。』


『キョン君…キョン君ってうなされてたわ…。あたしも励ましてはみたんだけど、やっぱりキョンじゃないとダメみたい。』


なるほど…、ハルヒは高熱に苦しむ俺の妹の姿を見るに耐えられなくなり、元に戻る事を強く望んだ。

その結果、天候が急変し落雷を招いたという事か。


『全く。やっぱりあいつは俺がいないとダメなんだな。カワイイやつだ。』


『…シスコン?』


『ち、違っっ!』


冷たい視線を浴びつつも全力で否定する俺。

なんだかなぁ…


こうして俺はなんとも言えない気分になりながらも、気が付けばハルヒの自宅前まで帰って来ていた。




  

  

  

『じゃあな。そのどろどろダウンジャケット洗濯しとけよ。』


『あんただってどろどろコートじゃない。』


そうさどろどろさ。

これはクリーニング出さなきゃな…


『はぁ…。なんでダウン羽織って出て来たのよ。せめて汚れてもいいジャージとか…』


『知らん。急いでたから仕方ないだろう。』


『しょうがないわね。で、ダウンの下がパジャマって事はお風呂には入ったのね?』


『あぁ。流石に風呂にも入らずパジャマは悪いだろ。』


ん、なんだ?

この冷たい視線は。

薄目を開けてこっち見るな…。

まぁ次に発する言葉は安易に予測できたが。


『目隠し…したの?』


やっぱりか…。

つか電話で言わなかったか?

まぁ、さっきはバタバタしてたから

気にも止めなかったんだろう。


こっちを見つめてくるハルヒに

俺はいたずらっぽく言ってやった。



『あぁ。見ちまったら楽しみが無くなるだろ?』


『はぁ?な、何言ってんのよ…バカ。』


慌てふためいてすぐに目線を逸らす。

冗談だって…


『じゃ、俺帰るな。』


『う、うん…。』


正直、体が入れ変わるなんてのはそんじょそこらのドラマかアニメ限定で起こり得るものだとばかり思っていた。

しかし、今回の出来事は俺の考えを根本から覆した。


まぁ、周りに宇宙人や未来人や超能力者がいる時点で俺の考えは覆されまくりな訳だが。


ただ、一つだけはっきりと言える事がある。

それは、ハルヒになってみて、日常にワクワクを感じる事がなかったという事だろう。


何故か?

単純に女の子の生活が楽しくなかったからという意味ではない。

うまく言語化出来ない(誰かの台詞だな)。


だから、今日はこう言って割愛させてもらう事にしよう。




"ハルヒになったらハルヒに会えないから"




俺はハルヒに別れを告げた後、泥よけの歪んだ自転車をごろごろ押して妹の待つ自宅へと歩み始めた。


『キョン!』


俺はハルヒの呼び止めるに声に反応してゆっくりと振り返る。


『明日学校サボるんじゃないわよっ!』


ハイビスカスのような笑顔で俺を見送るハルヒ。

俺は温かい笑顔を背に浴びながら再び自宅へと向かって歩き出したのだった。


『キョン!』


再び俺を呼び止める。

何だって言うんだ…?



『外出時にノーブラはないわよっ!』



グハァァァァァッ!!


ニンマリとした笑顔で俺を見送るハルヒ。


俺は冷ややかな視線を背に浴びながら再び自宅へと向かって歩き出したのだった。


明日、学校サボります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る