涼宮キョンの憂鬱(前編)

   

   

   

『よっ、キョン。』


後ろから肩を叩かれた俺はそちらに振り返る。


『何だ、谷口か。』


『何だとは何だ。お前、涼宮の毒に侵されてるどころか、もう涼宮になってるんじゃね~のか?』


全くこいつは…。


『何馬鹿な事言ってるんだ。お前こそ国木田になってるんじゃないのか?』


『何で国木田なんだよっ!!意味わからねぇ。』


『ぷっ…。お前が国木田とか…笑えねぇ。』


『だから、意味わかんねぇって!!』


あの廃トンネル調査から数日が経ったある朝、俺は谷口とたわいのない話で笑い合いながら登校していた。


無論、あれ以来不思議な出来事は何一つ起こっていない訳で、ハルヒも相当退屈しているだろう。





『よう、ハルヒ。元気か?』


俺は自分の席にどっかりと腰を降ろすと、後ろの席に座っているやつに声を掛けた。


『普通。あんたはどうなの?』


『至って普通だな。』


さて、ここからが問題だ。


ハルヒがまたエジソン並の発想力で新たなるSOS団の活動内容を閃くか否かで、今日の放課後のまったりお茶会が開催されるかどうかが決まるのだ。


うむ、是非とも閃かないで欲しいものだ。

お茶会いいよお茶会。

とか言っててもどうせ閃くんだろうな…、ハルヒの事だから…


だが、俺の予想とは裏腹に今日のハルヒは割合静かだった。


体調でも悪いのか、机に伏せている時間の方が長かったように感じられた。


昼休みか…。


『ハルヒ、飯食わないのか?』


『食べない。』


変なやつだな。

もしやまた閉鎖空間なんか生み出そうとしているのか?

それだけは御免だぜ。





そうこうしている内に時は流れ、既に放課後である。


『ハルヒ、今日は何か変だったぞ?どうしたんだ?胃もたれか?胸やけか?』


『そんな歳じゃないわよ。まあ体調不良とでも言っておこうかしら。』


何じゃそりゃ。


そんなこんなで俺達は部室へと向かった。


   

   


  

 

部室に到着した俺はドアをノックをする。


…返事はない。


『何だ、誰もいないのか。』


そう言っておもむろにドアを開くと、誰もいないと思っていた俺は不意をつかれた。


長門がいたのだ。

いるかいないかわからんなぁ…全く。


『よっ、長門。』


『………。』


また分厚い本を読んでいるな。…料理…大全集…?


『それ、おもしろいか?』


『……うん。』


『そうか。』


ハルヒは部室に入るや否や、パソコンの電源を入れ、椅子に腰掛けた。


『ハルヒ、何するんだ?』


『パソコンで不思議な事探すのよ。あんたも何か不思議情報とか知らない?』


俺は情報屋か。

そんなもん知ってたらとっくにハルヒに言って……、いや、たぶん言わないだろうな。


『知らんなぁ。そういう事は古泉に聞いてくれ。』


『何で古泉君なのよ。』


何でって言われても…と少し困っていたその時、軽いノックの後、部室のドアが開かれた。


『こんにちは。』


なんだ、古泉かよ…


『古泉。』


俺はオセロ盤を指差し、古泉に目線を送る。


ニッコリと頷く古泉。


こいつがいると暇潰しくらいにはなるか、という事で適当にオセロを楽しんだ。


『はい、お茶ですよ。』


『ありがとうございます。』


俺は煎れたての煎茶をゆっくりと啜った。

やはり朝比奈さんの煎れてくれるお茶はうまい。


『みくるちゃん、新しい衣装持って来たから着なさい。』


『え、えぇ…?今日は何の衣装なんですかぁ…?』


『スク水。』


ふがっ!!!!


俺はハルヒの予想だにしない言葉に思わずむせ返る。


『ゴホッ!ゴホッ!…お、おいハルヒ、それはまずいだろっ!?』


『冗談よ。』


おひ…、ハルヒめ…。

この季節にスク水なんて鬼畜以外の何でもないぞ…


…夏なら許す。異論は認める。


そして、時間だけがダラダラと過ぎていき…


『今日はもう帰る。』


不機嫌そうに言うとハルヒは席を立った。


結局今日もダラダラして終了か…。

まぁ、古泉にオセロで10連勝したからいいか。


『じゃあ俺も帰るかな。』


『キョン君、勝ち逃げですか?』


勝ち逃げって…


『また明日勝負してやっから。な?』


『わかりました。では、お気をつけて。朝比奈さん、オセロしませんか?』


朝比奈さんを狩るつもりか…


こうして俺とハルヒはオセロ競技部を抜け出し、一足先に帰る事にした。




   

   

   

空が厚い雲に覆われ始めた中、俺達はあまり会話もないまま帰路についていた。


それにしても、今日のハルヒはどこかおかしい。


『ハルヒ、今日はどうしたんだ?』


『あんたに言ってもわからないわよ。しかもそんなに対した事じゃないしね。気分が上がらないだけ。』


本当かよ…


その時、一滴の雫が俺の鼻の先を濡らした。


『あ、降ってきやがったな…。』


交差点に差し掛かった所で突如降り出した雨に見舞われた俺達は、角にあった薬局のテントで雨宿りをする事にした。


それにしてもすごい雨だ。

雷も怒ったようにゴロゴロと鳴り始めた。


『もう…何なのよこの雨。天気予報じゃ晴れのち曇りだったじゃない。』


『天気予報もあてにならないって事みたいだな。そのうち止むだろ。』


しかし、俺の予想とは裏腹に雨はなかなか止まなかった。

それどころかきつくなっているような気さえする。





『疲れた。』


ハルヒはそう言うとその場にストンとしゃがみ込んだ。


無理もない。

雨宿りを始めてからかれこれ1時間は経ったであろう。

ずっと立ちっぱなしってのは流石にキツイ…


『ハルヒ、帰るか?』


疲れきったハルヒを見兼ねた俺は、大雨の中を特攻隊の如く突っ走って帰ろうと提案したのだ。


ハルヒは目をつぶりながら、


『そうしましょ。』


と、どうでもいいように答えた。


しかし、この判断が後々大変な事態を招くなんて事は、俺達には知るよしもなかった。




   

   

   

『いいか、青信号が点滅しだしたら全力で渡るんだぞ。』


俺達は作戦会議をしていた。

もっとも、そんなに対した会議でもない訳だが、いかに濡れずに薬局から対角の地点にたどり着けるかをハルヒに説明しているのだ。


『青信号が点滅してる時に渡って、そして次の信号もすぐに青に変わるから、待たなくてもいいって訳ね。』


『その通りだ。そこの信号が青になった瞬間に全力ダッシュだからな。』


『わかったわ。』


しかし、この交差点は割と大きいし、無論交通量も多い。

交通事故だけは避けたい……所だったのだが…





『行くぞ!!』


俺達は青信号が点滅しだしたのを確認すると全力で走り出した。


普段ならこんな馬鹿みたいな事は考えもしないが、疲労とは恐ろしいものだ。

俺達の思考を少し鈍らせる。


『冷めてーっ!!!』


『雨キツすぎじゃないこれっ!!?』


なんて叫びながら無事一つ目の横断歩道を渡り切り、作戦通り二つ目の横断歩道も青になっているのを確認し、渡り始めた…


が次の瞬間、トラックが物凄い勢いで俺達目掛けて突っ込んで来たのだ。


まずいっ!!


無駄だって事くらい分かっていたが、俺はとっさにハルヒをかばった。


大きな衝突音と共に、俺達は吹き飛ばされたようだ。


だが、何だ?

一瞬光ったような…


俺は飛ばされている最中にも関わらずそんな事をふと考えた後、意識を手放した。





   

   

―――――


何だ…騒がしいな…


『…るみたいだ!!』


『…ぐ病院へ搬送しろ!!』


病院へ搬送?


…待てよ…、俺…何してたんだっけ…?


…そうだ…。

俺はトラックにはねられて…


『意識があるようだ!!』


俺…生きてる…?


俺は朦朧とした意識の中で目を開けた。


『大丈夫か!?絶対助けるから、頑張るんだぞ!?』


救急隊員か…


俺は試しに体を起こしてみる。


『おいおい、動いちゃいかんよ!』


…あまり痛みはない…。何故だ?

トラックにはねられたはずなのに体が動く…


『…大丈夫です。』


声も出る。


『おぉ、意識はしっかりしてるみたいだな!』


救急隊員が少しばかり安堵の声を漏らす中

俺自身も生きてる事を再確認できて胸をなで下ろした。


これで死んでたりでもしたら、本当に笑えない。


よかったよかった。


…よかった…か?


何か忘れて…


…!!?


ハルヒは!!?


『俺のそばにいた子は!?』


恐らくこの時の俺の表情を後々VTRで見たら笑えるだろう。

それくらい物凄い剣幕だったはずだ。


『…俺のそばにいた子…?あぁー。そっちでまだ意識を失ってるみたいだ。絶対助けるから心配するなよ。なんだい?あの人は彼氏か何かかい?』


彼氏て…大丈夫かこのおじさん…


『いえ…そういう訳じゃ…』


『そうか。でも大切な人には変わりないようだな。』


まあ確かに大切ではあるが…


『おぃ!!意識があるみたいだ!!』


後ろの方で別の救急隊員が声を張り上げる。

ハルヒも無事だったようだ。

俺は駆け寄るべく立ち上がろうとする。


『こら!これから搬送するから安静にしとかないとダメだ!

彼氏さんもちゃんと助けるから!』


だからさっきから彼氏って何を言ってるんだこの人は…。

俺は隊員の言葉を無視して立ち上がる。


『よいしょっと…』


意外にも楽に立ち上がる事が出来た。

という事は、特に大きな外傷はないという事だろうか。


…待てよ…?


…おかしい。


…何かがおかしい。


俺の体じゃないみたいだ。


俺はふと足元に目をやった。


…これは…


ハイソックス!?

そしてスカートだと!?


俺はいつからコスプレ好きになったんだ!?


だが、次の瞬間俺は全てを悟った。


女になっている…と。






   

   

頭の中がぐるぐる回る。

考えても考えてもわからない事だらけだ。


俺は何となしにポケットに手をつっこんだ。


携帯…?


ポケットから出てきたのは見覚えのある携帯電話だった。


これは確か……


ハルヒの携帯……!?


待て待て待ていっ!!


俺は女になっていて、ポケットからはハルヒの携帯が出てきたって事は…


俺は直ぐさま着ている服を確認した。

結果は言うまでもない。北高、つまり俺達の学校のものだ。


さらに俺は髪を触る。


俺はあるものを掴み取った。

勿論、黄色いリボンである。


間違いない…


疑いは確信へと変わった…


俺はハルヒになっている…


そう確信した瞬間、俺は自分の体、つまりキョンがどうなっているのかが気になった。


まあ予想はできたが…


『何よこれっ!!!』


後ろから男の叫び声が聞こえて来た。

台詞は一歩間違えれば警察行きのものだったが…、それは気にしないでおこう。


『おいハルヒ!!』


俺はハルヒ…いや、キョンを呼んだ。


『あ、あたし!?まさか…』


ハルヒは驚きを見せると同時に全てを悟ったのか、言葉を失っていた。


『ああ。そのまさかだ。』


俺達は雨が降り続く中お互いの姿を眺め合ったのち、歩み寄る。


『君達!動いちゃだめだ!!すぐに病院に搬送するから座ってなさい!!』


声を荒げて俺たちを静止しようとする救急隊員。


『あ、ホント全然大丈夫なんで。今日はもう帰りますね』


真剣な隊員をよそに俺は余裕の素振りを見せてこの場から離脱する機会をうかがう。

正直、全然大丈夫じゃなかったが、このまま病院なんかに搬送されたらめんどうな事になるからな。


『そういうわけにはいかない!こういう事故は今大丈夫でも後になって

重篤な症状が出ることがあるから絶対に病院に行かなきゃいけないんだ!』


怒気を強めて説得してくる。

これはらちがあかないやつだ。


『ハルヒ!行くぞ!!』


『えっ?』


俺はハルヒ(キョン)の手を取り走り出した。

体は痛かったが走れるくらいなので大丈夫だろう。

何かあったらハルヒか長門がなんとかしてくれるさ。


そんなことを自分に言い聞かせながら

追いかけてくるおじさん隊員達を見事に巻くことに成功し

俺たちはそのまま帰宅することができた。




   

   

   

『はぁ…。』


今起きている事を、現実として受け止めねばならないと思うと…


俺は溜息を一つ漏らした。


『…何でこんな事になるのよ…。しかも結局ずぶ濡れじゃない。』


確かに…。

上から下まで川に飛び込んだみたいに水浸しだ。


『これからどうするんだ?』


俺はダウンジャケットにたっぷりと染み込んだ雨水を絞りながらハルヒに問う。


『こっちが聞きたいわよ。』


そりゃごもっともだ。


『俺達…入れ変わっちまったんだよな…?』


『もぅ…最悪…。』


はたして俺の体が最悪なのか、俺がハルヒになってしまった事が最悪なのか…。

出来れば後者がいいな…


なんて考えながら、気付けばいつも別れる場所まで来ていた。


『キョン、服脱がないでよ。』


しかめっ面で俺を見る。

また無理難題を…


『じゃあどうすんだよ。つか、それならお前も脱ぐなよ。』


『あぁー。本当どうすればいいのかしら…。』


無視かよっ。


『俺、ハルヒの家へ帰るのか…?うまくやり過ごす自信が全くもってないんだが…。』


『あたしだってないわよ。』


困った、本当に困った。

携帯の画面を確認すると

時刻は既に8時を回っていた。



   

   


   

悩みはじめて少したったところで

やっぱりあいつに頼むしかないという

結論に至る。


『そうだ。』


『どうしたの?何か思いついた?』


『いい所がある。今日はそこに泊まろう。』


『どこに泊まるのよ』


俺はふんと鼻で笑い、人差し指を真上に突き上げて宣言した。


『長門の家にお泊りするわよっ!!』


フッ、決まった。

ハルヒになりきってやったぜ。


『やれやれ。』


お前もか。


こうして俺達は寒さで凍えそうになりながらも、急ぎ足で長門の家へと向かった。




   

   

   

『いきなり押しかけちゃって大丈夫なのかしら。』


少し申し訳なさそうな顔して言うハルヒ。

お前はいつもいきなりだろうが。


『大丈夫。事情を説明したら何とかなるさ。』


俺は迷う事なくエントランスにある

インターホンのボタンを押す。


返事はない。


………


まさか…


『留守かしら…。有希の事だからまだ部室で本読んでたりなんかしてね。』


『そんなはずないだろ…。』


とその時、後ろから誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。

俺たちはゆっくりとそちらに振り返る。


そこに立っていたのは誰であろう、

スーパーヒーロー長門様だった。

何も誇張して言ってるわけじゃない。

俺にとっちゃ本当にそう見えたのさ。


『有希!!今帰ってきたの?買い物かなにか?それとも、まさか部室でずっと本読んでたわけじゃないわよね!?』


『………発狂?』


待て待て待て待て!!!

勝手に俺を発狂した事にしないでくれっ!!!


『ハルヒ、長門は何も知らないんだからそんな喋り方したら変に思われるだろうが。』


『あ、そっか。』


ハルヒはそう言うと自らの頭をコツッと叩く。


気持ち悪いったらありゃしない…


『長門、これには色々と事情があってだな…』


『…入って。』


俺の言葉を遮り部屋に案内してくれる長門。

俺達が水浸しで凍えていたのを察してくれたのだろうか。

なんて気の利く奴なんだ…

ハルヒがこうであれば言う事なしなんだがな。





『お邪魔します。へー、ここが有希の家なんだ。お母さんとかは?』


『…いない。』


『…見たら分かるわよ。仕事とか何か?』


首を縦に振る。

ここはうまくやり過ごしたようだ。

つか、初めて長門の家に来たやつはみんなこの会話をするんだな。


『…お風呂入る?』


『なっ!!?』


唐突の長門の提案に思わず変な声が出てしまった。


『入りたいのも山々なんだが…』


『…?』


俺は今日の出来事を詳しく説明した。





『…そう。』


どうでもいいかのような返事をした長門に俺は小声で問う。


『…これもそういう系絡みなのか?』


『…絡んでいない。』


ハルヒの望みでも宇宙人の仕業でもないってのか…


『…お風呂入る?』


だから…


『キョン、入っていいわよ。』


んなぁっ!!?


『は…入っていいのか?』


『だって風邪引いちゃうでしょ?それにあたしの体なんだから大切に扱ってもらわないとね。』


そりゃもう大切に扱わせていただきますけども……。


『ただし…、目隠しして入りなさい!』


なにー!?


まあ、このまま冷たい体で凍えるよりマシか…


俺はハルヒ同行のもと、脱衣所へと向かった。




   

   

   

『うわっ!見えねぇっ』


『当たり前でしょ!見えないようにしてるんだから。』


『痛たたた!きつく縛り過ぎだっ!め、目が潰れる~っ』


『じっとしてなさいっ!』


みなさんご存知かと思いますが、現在私達の体は入れ代わっております。

上記の光景は法律に違反しておりますが、通報しないで頂きたい。


…って


『そんなにぐるぐるに巻かなくてもいいだろっ!』


俺の目にはタオルが2枚分ぐるぐると巻かれていた。

無論、しっかりと縛ってあるので外れる事もない……はずだ。


『これでよしっと。あ、一つ言い忘れてたけど、シャワー浴びるだけだからね!!』


『分かったって…。』


こうして俺はようやく入浴の許可を得た。  

  

俺はソックス、カーディガン、シャツ、スカートの順に脱いでいき、ついには全て脱ぐ事に成功した。

あぁ…精神が擦り減る…


俺は手探りでドアを探し、ふらふらとした足取りで暖かい風呂場に飛び込んだ。




   

   

   

俺は温かいお湯が並々と入っている湯舟に浸かりながら今日の事を考えていた。


これからどうするのか、どうすれば元に戻れるのか、考えても答えは一向に見えてこない。


一番の疑念は、何故俺達はトラックにはねられただけで体が入れ代わってしまったのかという事だ。

普通ならはねられたのなら、怪我をするだけのはずだが…ますますわからん…


『あ~』


本当に入れ代わったのか…


声がハルヒそのものだ。


『キョン…』


ぷっ


『S・O・S団よ!!!』


懐かしいな…


『何真似してるのよ!あたしも寒いんだから、そんな事してるんだったら早く出て来なさいっ!』


俺の声が余程大きかったのか、ハルヒが脱衣所から注意してきやがった…


『分かったよ。』


俺は仕方なく髪だけを洗い、急ぎ気味に風呂場を出た。


『ふ~、いい湯だったな~。』


『やっと出て来たわね。あたしも入ろっと。』


『なあ、お前は目隠ししないのか?』


『目隠しして欲しい?』


こいつ…


『いや、お前がいいなら俺は別に…。』


『う~ん…、じゃあ…目隠ししようかな。』


少し躊躇った後ハルヒは目隠しONを選択した。

若干ありがたいと思ったが、どこかやるせなかったのは何故だろう…


『あ、変な事しないから大丈夫よ。』


『分かった分かった。』


俺が了承するや否や、ハルヒはタオルで目隠しをしてから服を脱ぎ、風呂場へと入って行った。


と、ここで問題が浮上した。


着替え…あるのか…?


俺は手探りで着替えを探していた。

すると…


『…着替え。』


姿は見えないがどうやら長門が着替えを持って来てくれたようだ。


…って、ちょっと待てよ…?

こんな事態は長門でも想定外だっただろうから、新しく着替えを用意していたとは考えがたい。

って事は…長門が一度身に着けたものって事か…!?


思わず顔がにやけて…い、いかんいかん。

俺はすぐさま表情を戻した。


『お、ありがとう。』


『…いい。』


長門はそう言うとスタスタとリビングの方へ行ってしまった。


さて、着替えるか…




   

   

   

目隠しした状態で巧みに着替えを済ました俺は、目隠し用のタオルを取り鏡に映った自分を眺めた。


そこにはオレンジ色のパジャマを着たかわいい女の子の姿があった。


無論、ハルヒなのだが。


俺は鏡としばらくにらめっこした後、長門がいるであろうリビングへと向かった。


『いい湯だったぜ。長門、本当に色々ありがとうな。』


『…気にしないで。』


長門はそう言い終えると読んでいた本をパタンと閉じ、俺を見つめて一言呟いた。


『…どう?』


どう…?


俺は予想外の質問に戸惑ったが、それ以上に長門の質問の意味が理解出来なかった。


『どう…とは?』


『…入れ変わった事。』


あぁ、感想を聞いてるのね…


『もう訳がわからん。それに俺がハルヒだなんて…』


『…そう。これはよい観察対象。』


観察対象って…

しかも一瞬笑ったのは気のせいか?


『…乾燥機にあなたの下着がある。涼宮ハルヒにこのパジャマと一緒に渡して。』


そう言うと長門は俺に水色のパジャマを手渡した。

俺が今着てるものと色違いか。

持って行ってやるとしよう。



『ハルヒ、着替えだ。あと…これだな。』


『あ…、ありがとう…。』


やはり着替えがない事に戸惑っていたみたいだ。


『着替えたらリビングに来いよ。』


『分かったわ。』


こうしてリビングに戻った俺は、ハードカバーを読む長門をじっくりと観察していた。


そして、しばらくすると随分とでかくなったハルヒ(?)もやって来た。


さて、ここからが本題だ。




   

   

   

『さて…』


俺達はリビング中央に置かれた大きなテーブル(こたつ付き)を囲み、今日の不可解な出来事について検証していた。


『何で入れ変わっちまったのか…だな。まず、俺達はトラックにはねられた。しかし、それだけで体が入れ代わるなんてまず有り得ない。』


『確かにそうよね…。でもあたし、トラックにはねられる瞬間に何か光ったような気がしたのよ。何か光ったって言うよりは…光に包まれたって感じかしら…。』


光に包まれる…?

そういえば…


『俺もあの瞬間、周りが一瞬光ったような気がした。』


『本当?あんたすぐ気絶したんじゃないの?』


『失礼な。俺も見たさ。』


『じゃああの時光ったのはあたしの勘違いじゃないようね。それにしても何だったのかしら…。』


『…雷。』


俺達の会話を聞き兼ねたのか、長門が空気のような声を漏らした。

しかし、この一言は話を一気に解決へと導いた。


『確かに。あの大雨が降る中、光ると言ったら雷くらいしか思いつかん。だが、音が聞こえなかったな。』


『そうね。どうなの有希?』


『…トラックにはねられたショック、衝撃で一時的に聴覚に異常をもたらした、もしくは衝突音で掻き消されたとしか考えられない。』


うむ…やっぱそうか。

今日の長門の解説は理解しやすかったぞ。


『って事は、トラックにはねられた瞬間、あたし達は雷に打たれたって事?』


『そうみたいだな。何かのアニメみたいな展開だが、そのような状況であれば体が入れ変わるなんて事も起きなくもなさそうな気もしない。』


『どっちなのよ…。』


ハルヒの冷たい視線をマトリックスの如くさらりとかわすと、俺は話を続けた。


『って事はだ。元に戻るにはまたそのような状況に遭遇しなければならないって訳だな?』


『…そう。』


『じゃあまたトラックにはねられなきゃいけないの?しかもその時にタイミングよく雷が落ちるなんて考えられないわよ…?』


ハルヒは困惑の色を隠せないでいた。


『…大丈夫。必ず戻れる。』


何を根拠に言ってるんだ…長門は…


俺は疑問に思ったが、今は長門を信じるしか術がない事くらい分かっていた。





   

   

『あっ…』


重苦しい空気の会議も終了し、長門が風呂場へ行った後で思い立ったように声を上げるハルヒ。


『どうした?』


『家に連絡しなきゃ…。今日は家に帰らないでしょ?』


『…確かに家には帰らないが…』


『何考えてんのよバカ…。』


俺の心を超能力者かと勘違いするほどの洞察力で読み取ったハルヒは、テーブルの上に置かれた携帯に手を伸ばした。


『ねえキョン、あたし達…元に戻れるわよね…?』


『お前が望めばな…。』


『何よそれ。』


この場が静まり返ったのは俺の意味不明な返答のせいなのか…、リビングには携帯のボタンを押す音だけが響いていた。


俺も家に連絡しておくか…


こうして俺は"今日は友達の家でお泊り会だから"などと超怪しげなメールを母に送りつけたのだった。


その後、魂が抜けたかの様にボーっとしていた俺は突如やって来た睡魔に襲われた。


本当に戻れるのだろうか…

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