チョコレートレイト(前編)※高校時代書いたのはここまで

  

  

  

時の流れってのは案外緩やかで、まだ春はやって来ないものかと首を伸ばして待っていたのだが、ついに麒麟も顔負けの長さにまで達してしまった厳しい寒さの残る2月。


このコートで生命を維持していると言っても過言ではない。

それくらい寒いのだ。


しかし、こいつはいつもに増して元気ハツラツオロナミ(ry


『よっ!!キョン!!』


たにぐ(ry


名前を出すのもめんどくさい。

こちとて寝不足ながら強制早朝ハイキングコースをだな…


『元気だな…。何かあったのか?』


『何か?お前、諦めてるからってそんな言い方するなよ。』


は?


『なんだよキョン、アホみたいな顔して。』


その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。


『だから…、一体何があるんだ?』


谷口は目を輝かせながら俺の肩に手を乗せ、バカ面を近付けてこう言った。


『バレンタインだよバレンタインっ!!明後日は聖なる聖なるバレンタインDayなんだよっ!!』


そういやそんなのあったな。

毎日が壮絶すぎて一般の行事を忘れちまってる。

俺の頭の中はハルヒワールドに洗脳されつつあるという事なのだろうか。

誰か、助けてくれ。


『で、そんなにテンションが高いって事は、お前はもうチョコをもらえる予定なのか?』


『あったり前だろ?こう見えて結構いい感じなんだぜ!?俺。』


どうも見えないし、いい感じでもない。


『そりゃよかったな。』


バレンタイン…か。


俺はもらえるのかねぇ…


谷口のやけに高いテンションに付き合わされながらもなんとか教室へと辿り着き、ドアを開けた。


まぁ、窓際にはいつも通りの不機嫌オーラを放つ"あいつ"がいた訳で…



   


   

   

『よっ。元気か?』


『あんたいつもそれ聞くわねぇ。』


頬杖をつき、ジットリとした目でこちらを見るハルヒ。

俺は目線を教室全体へと移した。


『まぁ、日課とでも言っておこうか。』


『あんたも暇ねぇ。』


違うと言い切れない自分が憎い…





ハルヒとの会話をそこそこに楽しんでいた頃、チャイムと同時に教室に入って来たのは誰であろう、岡部だった。


『席つけよー!』


岡部が明朗快活な笑顔を振り撒きながらが教室に一歩足を踏み入れた瞬間、うるさかった教室は静かになった。


しかし、よくいるんだよな…。

静かになったってのにまだボソボソっと喋るやつが。

とくにこいつとか…


『あ、キョン、あたし今日部活行かないから。』


俺も部活には行かん。

まず部活じゃないからな。


『何かあるのか?』


『用事。』


どうせたいした用事じゃないって事は分かっていたし、静まり返っている教室でこれ以上お喋りを続ける訳にもいかないので、俺はそうかの一言で済ましておく事にした。


それにしても岡部よ、この季節にTシャツとジャージでは寒さすぎやしないか?

熱血教室気取りも程々にして欲しい。

見ていて寒い。

いや、やっぱ暑苦しい。


なーんて考えながら俺は早くも机に伏せた。

寝不足なのだよ寝不足。



   

   

   

結局この日は学校に昼ご飯を食べに来たような1日となってしまった。


もちろん最後の授業も豪華夢の旅50分コースを満喫したはず…だったのだが…


目が覚めて顔を上げるといつもの教室だった。

だが、生徒及び教師すらいない。

俺は目の前で起きてる状況を理解できないまま、黒板の上にある丸時計に目をやった。


…夢の旅1時間延長だと!?


あろう事か寝過ごしてしまったようだ。

そして、誰にも起こされる事なく授業終了から1時間が経過していたという事になる。


『やっと起きたのね。』


突如後ろから女の声が降って来た。

と言っても聞き覚えがある…というか毎日聞いてる声な訳だが…


『ハルヒっ!?お、お前まだ残ってたのかっ!』


誰もいないと思い込んでいた俺は、驚いて若干声が裏返ってしまった。


『あんた、起こしても起きかったのよ。それに、幸せそうな寝顔だったし?起こしたら悪いかな~って。…あ、よだれ垂れてるわよ。』


…ジュルッ


『俺の寝顔を見やがったな…。つか、わざわざ待っててくれたのか…?』


『あんただけ教室で寝てるなんて可哀相でしょ。ん、カーディガン返しなさい。』


カーディガン?

…また掛けてくれてたのか。


俺は背中に掛かっていたカーディガンをハルヒの差し延べた手の上に置いた。


『そういやキョン、寝言言ってたわよ?』


『ね、寝言!?』


俺よ…変な事言ってたら死刑だぞ…?


『そ。朝比奈さ~んってね。』


おもむろに腕を組み、嫌味っぽく笑うハルヒ。

俺ってやつは…


『俺そんな事言ってたのかっ!?確か夢の中では古泉が女になってて…』


『じょーだんよ、じょーだん。』


おまえ…。

まぁ、本音を言った所夢の中に古泉が出て来た事の方が許せないがな。


『何だよそれ…。あ…、なんか待っててくれてサンキューな。』


『い、いいわよ別に。それじゃあたし用事があるから帰るわねっ。』


白のダウンを羽織るや否や、足早に教室を去ろうとするハルヒを俺は呼び止めた。


『ハルヒ、用事って何なんだ?』


『…用事は用事よ。』


そう言い残すと後ろを振り返る事もなくスタスタと歩いて行ってしまった。


ハルヒの用事の詳細が気になったが、考えても始まらない。

朝比奈さんが待っている(?)部室にでも行くとしよう…


俺はまだ眠い目を擦りつつ教室を後にした。




   

   

   

部室にハルヒがいない事は分かっていた。

だが、思わずノックをしてしまうのは何故だろう。


『は~い。』


きっと犯人はこの人…、いや、ハルヒだな。


『こんにちは。』


俺は笑顔で挨拶をする。

別にニヤニヤなんてしてないからな。


『こんにちは。あら、今日は涼宮さんは来てないんですか?』


小鳥のように首を傾げる朝比奈さん。

いかん、抱きしめたい。


『なんかあいつ、用事があるとか言って帰って行きました。』


『そうなんですかぁ。あ、今お茶入れますねっ。』


俺はいそいそとお茶を入れ始める朝比奈さんを眺めて少しニヤニヤした後、おもむろに床に置かれた電気ストーブに身を寄せた。


『涼宮さん、どうしたんでしょうね。』


なんだ古泉、話しかけるな。

体温が下がる。


『解らん。まあたいした事じゃないって事だけは確かなんだろうが。』


『果たしてそうでしょうか…。』


白い歯をちらつかせて怪しげな笑み浮かべるスマイル古泉。


『はぃ、お茶ですよ。』


『あ、ありがとうございます。いただきます。』


今日もメイド服を身に纏った朝比奈さんはおぼんを胸の前で抱え、女神のような笑顔で微笑んだ。

それに比べてなんだ、古泉の微笑みは。

見てられん。


『で、何が果たしてそうでしょうか、なんだ?』


『涼宮さんはある企みをしているとしか考えられません。』


ある企み…?


『また不思議探しか?』


『いえいえ。男のあなたなら意識してるのではないかと思っていたのですが…、結構鈍感なのですね。』


『俺が鈍感ならお前は鈍化ってか。』


『おもしろい事を言いますね。ですが、今回の事は実に深刻な問題なのですよ。』


古泉の目が開く。

真剣な事を言う時に限って目を開くんだよな、こいつ。


『一体何があるって言うんだ…?』


『涼宮さんはバレンタインチョコを作ろうとしているのですよ。』


『あのハルヒがか?』


『はい。』


北校の男子は誰一人としてハルヒのチョコなんて受け取らないだろうな…


『それのどこが深刻な問題なんだ?』


古泉は髪をかき上げた後、俺を見つめて説明を続けた。


見つめるな。




   

   

   

『チョコを作る事に関しては全く問題はありません。しかし、チョコを渡す時が問題なのです。』


『渡す時?』


『はい。義理チョコでもない限り男の人にチョコを渡すというのはとても緊張するでしょうし、恥ずかしい。それも本当に好きな人となると尚更です。つまり、渡す時には大きなストレスとプレッシャーが心に重くのしかかります。』


お前に女心の何が分かるって言うんだ…


『うまく渡せたらいいのですが、仮に勇気がなくて渡せず仕舞いなんて事になったら…それはもう大変です。普通の女子の場合なら未だしも、涼宮さんとなると…。どうなるかは想像できますよね?』


『閉鎖空間…か?』


恐る恐る回答した俺に笑顔で頷く古泉。


マジかよ…。

バレンタインごときで世界崩壊の危機ってか…

もう映画かなにか出た方がいいぞ。


『そうか。ハルヒは一体誰にチョコを渡すつもりなんだ?』


『それは…、いずれ解るでしょう。』


満面の笑みでお茶をすする古泉。


『はぁ…。で、結局の所俺にどうしろと?』


『そうですね…、受け入れる事位ですかね。』


何を言ってるんだこいつは…


『要するに、時が来れば解るって事だな?』


『まぁそんな所ですね。』


『分かったよ。よく解らんがな。』


古泉は俺の曖昧な返答に苦笑を浮かべた。


こうして俺は朝比奈さんが入れてくれたお茶を飲み干し、一足先に帰る事にした。


…バレンタインねぇ。


まさかハルヒのやつ、俺にチョコを渡すつもりとか…?


うーむ、あまり期待は出来ないな。




   

   

   

翌日、俺はまたもや朝から憂鬱な気分になっていた。


たにぐ(ry


『いよいよ明日だな。楽しみすぎて夜も眠れね~よ。2年になる前に彼女の一人や二人は欲しいからなぁ。』


一人や二人?


ふ ざ け る な


『お前にはもう彼女がいるじゃないか。』


『え!?誰だよ!まさかひそかに俺の事を想ってる子がいるとか!?』


『国木田。』


『だから何でいつも国木田なんだよっ!!』


谷口をからかいながら登校した俺は、いつものように学校に着き、見慣れた教室に入り、退屈な授業を受け、何の変哲もなく放課後を迎えたのだが…


『キョン、あたし今日も部活出れないから。』


ハルヒが部活(?)を休むという点だけは違っていた。

まぁ、昨日もそうだったのだが。


『分かった。また用事か?』


『そ。用事。』


古泉の言っていた事が本当なら、今日は帰ってせっせとチョコを作るのだろう。

って事は昨日は買い出しか?


なんて考えていると、ハルヒはひょいっと教室を出て行ってしまった。


俺はなんだか取り残された気分になりつつも、部室に出向く事にした。


ん?

朝比奈さんに会いたいだけですが何か?




   

   

   

俺はいつものようにノックを忘れない。


『はぁーい。』


扉を開けてくれたのは朝比奈さんだったのだが…


『あれ、今日は朝比奈さんだけですか?』


珍しい事に文芸部員の長門も、スマイル古泉も姿が見えなかった。


『そ、そうなんです…。と言うより、席を外してもらったと言った方が正しいのかもしれません…。』


『朝比奈さんが二人に…ですか?』


『はい…。』


朝比奈さんは両手を後ろに組み、恥ずかしそうに俯いている。


『キョ、キョン君っ…、受け取って欲しい物があります…』


受け取って欲しい物…?

ままままさかっ!!?


『なっ…何でしょう。』


『これ…』


両手で差し出したのは、ピンク色のラッピングが施されている小包だった。

かわいいリボンもついている。


『これって…』


俺は正直それが何なのか理解できたが、念のために確認した。


『は、はい。バレンタインチョコですっ…。』


キタキタキタキターっ!!


あの朝比奈さんからチョコをもらえるなんて誰が予測出来ようか。

天にも昇る気分です。


『あ、ありがとうございます!』


『開けてみて…?』


お言葉に甘えて、俺はゆっくりとラッピングを解き、箱を開けた。


『こっ!これはっ!』


『ごめんなさい、キョン君…。今の私にはそれが精一杯なんです…』


箱を開けるとハート型のチョコが二つ入っていた。

しかし、それぞれに一文字ずつ"ぎり"とホワイトソースらしきもので書かれていたのだ。


『私はこの時代の人間じゃありません…。だ、だから、あなたに思いを伝えてもそれは叶わない事…。それに、私のせいで世界が…あっ…。ごめんなさい…。』


朝比奈さん…


『解りました。仕方のない事なんですね…。』


『はい…。だから義理チョコって事で…。』


『…ありがとうございます。朝比奈さんに貰えるなら義理チョコだろうが麦チョコだろうがお構いなしですっ!』


俺のあたふた気味な返答に、くすりと笑う朝比奈さん。


『涼宮さんに見つかってしまっては元も子もないので1日早く渡させてもらいました…。』


『ハルヒに見つかったら?』


『あっ…いずれ解ります。…紅茶入れますね。』


朝比奈さんまで古泉と同じような事を…。

まぁ、いいか。


その後朝比奈さんのお手製チョコを味わいながらお茶を楽しんだ。


朝比奈さんと二人きりの静かな部室で。





   

   

さらに翌日…


言うまでもないだろう。


たに(ry


『いよいよ今日だな。』


『…だな。』


『お前貰える兆しがないからってそう落ち込むなよ。』


ふっ、言っておけ。

俺は北校の天使からチョコを貰ったんだぞ。

…義理って事は内緒で。


『谷口、お前チョコ貰えなかったらどうするんだ?』


『そうだなぁ、泣き寝入りだな。』


そこは言い返せよっ。


『貰えなかったらジュースおごってくれよ。』


『貰えなかったらおごるのか?お前も酷い奴だなぁ。涼宮にいつもひでー扱いされてるからストレス溜まってんじゃねーの?』


あながち間違いじゃない…


『ま、それだけ自信満々なんだからジュースくらいいいだろ。』


『しゃあねぇな。ま、あまり期待するなよ。アハハハハハッ!!』


………


やれやれ。




   

   

   

結局今日もバカと一緒に教室にやって来た俺はそそくさと自分の席に着き、後ろで窓の外を眺めている奴に声を掛けた。


『よっ。』


『………元気かって聞かないの?』


『元気か?』


『別に。』


なんだそれは。

そこまでが一連の流れになっているのか?


『ハルヒ、今日は部活行くのか?』


『行ってもいいけど…。あんたはどうすんのよ。』


頬杖をついて目線を変える様子もない。

人と話してる時くらいこっち向けぃ。


『俺は朝比奈さんのお茶を飲みに…、つかお前は団長なんだから顔出しとかないといけないんじゃないか?』


『確かにそうだけど…。じゃあ…今日は行くわ。』


少し不満そうな感じだな…


『席つけよー。』


チャイムはまだ鳴っていないにも関わらず、岡部が勢いよくドアを開け教室に侵入して来た。


あぁ…、今日も1日教師達による退屈な談話ショーを聞かなきゃならんのか…



   

   

   

―――――


『はあぁぁぁ…』


本日の授業を全て終え、心身共に戦争から帰還した兵士の様な状態だった俺は、大きなため息を漏らした。


『キョン、部室行くわよ。』


ハルヒは鞄を持ち、颯爽と席を立ち上がる。

俺も疲れきった体を渋々起こした。


『よし、行くか。』


こうして俺達は部室へと足を運んだのだが…


『ん?今日は誰もいないのか?』


ドアをノックしても返答がない。


『珍しいわね。』


『ま、そのうち来るさ。』





が、俺の予想は見事に外れ、結局誰も来ないまま1時間が経過した。

その間俺はお茶を煎れたり、一人黄昏れてみたりと、穏やかな時間を過ごしていたのが…


『ハルヒ、さっきから何見てるんだ?』


ハルヒと言えば、先程からパソコンと睨めっこをしている。


『ななな何にもないわよっ!…そ、それにしても暇ね。』


今確実にウインドゥの×マーククリックしただろ。


『オセロでもするか?』


俺はオセロ盤を掲げて見せた。


『オセロ?仕方ないわね。じゃあ、あたしが勝ったらなんでも言う事聞きなさいよっ。』


そう言って不敵な笑みを浮かべた。

正直、負ける気はしなかったが、どうせ俺が勝っても何もないんだろうな。


なんて考えている間に戦いの幕は上がったのだが…


『ああーっ!なんでそこひっくり返んのよっ!!』


案の定、俺の圧勝であった。

ふっ、巷で"オセロのキョン"と呼ばれる俺に敵うはずあるまい。


『俺の勝ちだな。出直して来いっ。』


『オセロヲタク。』


『うるせっ!』


拗ねるハルヒをよそに俺はオセロを片付け始めた。





『ねぇキョン、今日何か用事とかある…?』


俺がせっせとオセロ片付ける姿を見ていたハルヒが声を掛けて来たのは、ちょうどオセロを棚にしまおうとしていた頃だ。


『いや、何もないが、どうした?』


『…ちょっと付き合ってよ。』


いつものハルヒなら"付き合いなさいっ!!"なんて言いながら、俺のネクタイを強引に引っ張って行くはずなのだが。


『特に用事はないが…、一体どこへ行こうって言うんだ?また不思議探しか何かか?』


『ち、違うわよ。』


『じゃあなんだ?付き合ってってのはそのままの意味でって事か?』


『バカ…。とりあえず学校を出ましょう。』


一息にそう言い終えると足早に部屋を出て行くハルヒ。


『ちょ、待てって。』


俺はとくに急ぐ事なくコートを羽織った後、何か企んでいると思われるハルヒを追いかけた。




   

   

ところで、モテ期と言われるものを信じている人は、この世にどれ位いるのだろうか。


…俺はどうかって?

俺はたった今信じたね。


ハルヒを追いかけ、やっと追い付いたかと思うと、今度は下駄箱で姿をくらましやがった。


まあ、あいつが付き合ってって言ったんだから、本当にそのまま置いて行くなんて事はないだろう…


そんな事を考えながら、上履きをロッカーに入れようとしたその時、


『…キョン…君?』


聞き覚えのある、なんともおしとやかな声が俺のすぐ後ろで聞こえた。


俺は恐る恐る振り返る。


『あ、あなたは…』


『い、いきなりごめんなさいっ。』


あろう事か、そこに立っていたのはクラスメイトの田中さん(仮称)だった。


彼女はクラスの女子の中でも、割りと静かな方だった気がする(もちろん眼鏡っ子)。

勿論俺とは数回話した事がある程度で、これと言って親密と言う訳でもない。


しかし、バレンタインデイの放課後に声を掛けるなんて、用件は一つしかないだろう。


俺が今日初めてモテ期を信じたのは、これが理由なのだ。


『田中さん、こんな時間に一体…』


『実はお願いしたい事があるんですけど…』


チョコ受け取って下さいってか?

喜んで。


『これ…』


そう言って差し出したのはこれまたかわいいラッピングが施された小包で、俺は脳裏でこの小包と朝比奈さんに貰ったものとを重ね合わせていた。


『こ、これは…?』


『実は…、これを谷口君に渡して欲しいんです…。』


………


何かのドッキリか?

谷口にチョコを渡したいなんて思っている人が、この世に存在したなんて…


『谷口に…ですか?』


『はい…。本当は今日、谷口君に直接渡すはずだったんですが、渡しそびれてしまって…。このままだと明日も渡せそうにありません。だから、谷口君と仲良しのキョン君に渡して貰おうと思ったんです…。』


それは全然構わない。

俺へのチョコじゃなかった事も構わない。

ただ、谷口と仲良しってのは許せない。


『解りました。じゃあ、明日渡しておきます。』


『本当にありがとうございますっ!ではっ。』


呆然と立ち尽くす俺に笑顔で会釈した田中さんは、とことこと走り去って行ってしまった。


俺は彼女の笑顔に心を和ませながら、学校を出るべく後ろを振り返った。


が…次の瞬間、俺の目に飛び込んで来たのは、嫌悪感丸出しの様子で俺を見るハルヒの姿だった。




   

   

   

『よかったわね。』


俺と目が合うや否や、冷ややかに言い放つハルヒ。

このチョコは俺宛てじゃないと言いたかったのだが、あと2秒遅かった。


俺が言葉を発っする前に、その艶めく黒髪をひらりとなびかせ身を翻したハルヒは、足早に門扉へと歩き出した。


『お、おい、ちょっと待てよ!』


俺の呼び止める声に、意外にも足を止める。

全く…、いつも勝手に行動しやがって…


『これはだなぁっ…』


『やっぱり今日は帰る…。』


またかよ。

まるで俺が口を開く瞬間を見計らってるかのようだな…

まあ、向こうを向いたままだからそれはないだろうが。


『なんだよそりゃあ。』


『いいから今日は帰る。じゃあね…。』


そう言い残すと、ハルヒはあっと言う間に俺の眼中から姿を消した。





何なんだあいつ…


俺は自室のベッドに横になりながら考えていた。


今日俺に付き合ってと言ったのは何故か。

普通に考えると、俺にチョコを渡す為にどこかに寄ろうという事なのだろうが…


しかし、教室での様子もオセロをしている時の様子もいつものハルヒと変わらなかった。

女の子ってのは、これからチョコを渡すとなったら態度が変わったりするものではないのか?


それともあいつは俺にチョコを渡すつもりなんて更々なかったとか…?


あぁ、解らん…


一人であれやこれやと考えている内に睡魔が襲ってきた。


俺は瞼をゆっくりと閉じる。


さあ、俺を安らぎの夢へといざなってくれ。




   

   

   

―――――


ん?


気が付くとそこは、自室ではなかった。


ちゃんとベッドで布団に包まりながら寝たはずなのだが…


俺はゆっくりと体を起こして辺りを見回す。

ここはどうやら俺が通う学校のようだ。


って待てよ…?

この状況…前にも…


………


ただ一面に広がる暗い灰色の平面。

単一色に塗り潰された燐光を放つ天空。

月も星も雲さえもない、壁のような灰色空。


世界が静寂と薄闇に支配されている。


閉鎖空間。


って前にも言ったな。


『ん…』


その時、俺の真後ろからうめくような声が聞こえた。

俺は直ぐさま振り返る。

そこには、セーラー服姿で地面に寝そべるハルヒが安らかな寝息を立てていた。


『おいっ、起きろ!』


『ん…まだ目覚ましは鳴ってないでしょ…』


誰かが言ってた台詞だな…

俺は構わず体を揺する。

『起きろって!』


『…嫌よ…』


こいつ…


『起きろって言ってんだろうがっ!!』


ハッと上半身を跳ね上げるハルヒ。

バカか。


『…キョン?』


未だ状況が理解出来ていないのか、ハルヒは不思議そうな目で俺を見てから辺りを見回した。


『ここ…、学校?』


『そうみたいだ。』


『これ、前にもなかった?』


やっぱ覚えてたんだな。


『そうだっけ?』   

  

俺は曖昧に答えた。

ハルヒにはあの出来事は夢だったと思っていてもらいたい…というより、俺自身そう思いたい。


『じゃあ…、あたしまた夢を見ているのね…。』


闇に照らされたその表情はどこか悲哀を感じさせた。


『夢…、そうだな。お前は夢を見てるんだ。ま、とりあえず部室に行こう。』


俺はハルヒに暗示を掛けた後、古泉が来るであろう部室へと歩き出した。


『おいハルヒ、行くぞ。』


何やら来るのが遅いハルヒを呼ぶ。

今何か拾ってなかったか…?


『あ、今行くわ。』


こうして不気味な静寂に包まれた校舎内に土足で侵入し、またもや俺のブレザーの裾をつまんむハルヒにじれったさを感じながらも、目的地である文芸部へと辿り着いた。


『一応ノックしとくか。』


『何でノックするのよ。』


お前のせいだ。


『朝比奈さんが脱がされてるかも知れんだろ。』


『バカ。』


上目遣いで俺にきつい視線を送った後、おもむろにドアを開ける。


案の定部屋には誰もいなかった。


だが、窓からは漆黒の光が差し込み、見慣れたこの部屋でさえも異様な空間に感じられた。




   

   

   

俺は電気を点ける。

チカチカと音を立てた後、蛍光灯は光を宿した。


部屋に入るや否や、ハルヒは窓際まで駆け寄る。


『この夢、妙にリアル過ぎない?』


何かを疑うかのように呟いた。


『ああ。髪の毛引っ張っても痛いし。でも、こんな世界が現実な訳ないだろう。』


これが現実だなんて知ったら、それこそ古泉の言う通り世界は崩壊するであろう。

ハルヒにこれは夢であると認識させる必要があった。


『そうよね…。じゃあ、この世界だったら何をしようが問題ないって事?』


こちらを向く。

何かに期待したような目だった。

果たしてこの世界で何をするつもりなのだろうか。


『まあ、現実には何の影響も及ぼさないだろうな。所詮夢だ。』


『へぇ…。』


ハルヒはまた窓の外へと視線を移動させる。

そして何かを決心したかのように、


『キョン、渡したい物があるんだけど。』


そう言い終えるや、俺の返事を待つかのように黙り込んだ。

その背中は何故だか哀愁を漂わせていた。


『何だよ。』


静寂に包まれた空間を切り裂くように、俺は訊いてやった。

俺の妙に落ち着き払った声に反応したハルヒは、首だけをワンテンポ遅らせるようにして振り返った。


『これ…。』


机の横にぶら下がっていた黒い光沢を放つ紙袋の紐に指を掛け、持ち上げたと思ったら俺の目の前に突き出した。

正直、この中に何が入っているかは予想できた。


『これは…』


俺は紙袋を受け取る。

そして、中を覗き込むと入っていたボール紙製の小箱を取り出した。

蛍光灯の光に照らされて露になったそれは、薄桃色のプリントが施され、鮮やかな紅色のリボンで十字に結ばれていた。


『バレンタインチョコよ。』


床に目を落としたまま呟くハルヒ。


現実で渡しそびれたから閉鎖空間で渡すってか…?


こいつ…バカだ…




   

   

   

『お前、いいのか?』


俺の返答が予想していたものと違っていたのか、ハルヒは驚いたように顔を上げ、目を細める。


『夢の中で俺にチョコを渡して、それで満足なのか?』


呆れたように言い放った俺の言葉に何を感じたのか、


『…あたし…バカよね。』


自嘲するように鼻で笑うハルヒ。


『渡す勇気がないからって夢の中で渡すなんて、どうかしてるわ…。』


目線を横に流し、暗い面持ちで続けた。


『下駄箱でクラスの女子があんたにチョコ渡すの見て、引け目を感じちゃったのかな…。いつもあんなに威張ってるのに…バッカみたい。』


こんなハルヒは見た事がない。

と言うより、見ていたくない。


『ハルヒ、一つ誤解があるようだ。』


やっと言える。

今回はちゃんと聞けよ。


『俺、クラスの女子にチョコ貰ってただろ?あれ、俺宛てじゃないんだ。』


『えっ?じゃあ…』


『あれは谷口に渡して欲しいってお願いされたんだ。』


ハルヒは驚いたように目を見開いたかと思うと、再び溜息と共に表情を暗く染めた。


『あたしったら何都合のいいように考えてるのかしら…。』


お前なぁ、これを信じてもらわなきゃ困るんだよ。


『だーかーらー、俺はまだ誰からもチョコを貰ってない。』


まあ、朝比奈さんに貰ったのは本命じゃないから対象外だ。


『そう…。ごめんねキョン、渡せなくて。』


おひ…


『…渡したかったな……。』


その悲しげな表情を見て、俺はいっそ本当の事を言ってやろうかと思った。

これは夢なんかじゃない、これは現実だ、俺は俺なんだって。

でも、それは許されないって事くらい分かっていた。


『ハルヒ、明日…チョコ持って来てくれよな。』


俺の突拍子な発言が可笑しかったのか、思わず笑みを零すハルヒ。


『持って行くわ。あ、持って行くだけよ。』


冗談っぽく言うハルヒに俺は真剣な眼差しで言ってやった。


『俺、ずっと待ってるから。お前のチョコ。』


一時の沈黙の後、


『わ、分かったわよ…。って言うかお前のチョコって、他に貰える当てなんかないでしょ?』


『うるせっ!』


閉鎖空間に来てハルヒが初めて見せた太陽のような笑顔。

その笑顔は、この世界、そして俺の心を明るく照らすようだった。


『じゃあ、また学校でね…』


ハルヒが穏やかな目でそう言った瞬間だった。


俺の目の前は見慣れた自室の天井と化し、空間には刻を刻む針の音だけが響いていた。





   

   

夢だったのか…?


いや、夢じゃない。

鮮明に覚えている。


俺、なんて事言ったんだろうか…。

我ながら鳥肌が立つ。

…まぁいいか。


時計は3時を回った所だった。

もうひと眠りするには十分な時間がある。


眠い。

前回と違って汗一つかいてなかった俺は、再び瞼を閉じた。



―――――



妙な息苦しさを感じたのは、窓から爽やかな冬の陽射しが差し込んで来た頃だろう。


その原因はすぐに分かった。


『キョン君起きてぇー!』


腹の上に乗るな。

内蔵が潰れる。


『起ぎるっ、起ぎるがらぁ…。』


俺は纏わり付く小悪魔を死に物狂いで押しのけると、渋々ベッドに別れを告げた。





学校に着いても、俺の眠気は飛んで行く気配を見せなかった。

夢現で教師の話を聞く俺は、後ろに座ってる奴の妙な静けさにある情景を思い出していた。


閉鎖空間。

あいつはあれを夢だと捉えているのか、それとも…


いや、実際夢だったのかも知れない。

朝に挨拶をした時も、何事もなかったかのような振る舞いだったしな。


『なあハルヒ。』


『何よ。』


『いや、何でもない。』


ハルヒの鋭い視線に、これ以上会話を続けても不機嫌を増大させるだけだと判断した俺は、何か言おうとしてやめた。

特に内容のなかった俺の声掛けに、「じゃあ喋り掛けてくんな」と言うかのような目をして窓の外へと視線を移すハルヒ。

閉鎖空間での笑顔はどこへやら。

やっぱ…夢だったのか?


こうして普段と何等変わらない授業を受け、何事もなく放課後を向かえた俺はズカズカと部室へ向かうハルヒの背中をただ追い掛けた。


部室前まで来たハルヒはノックもなしに扉を開き、俺は部屋の中に妖精さんが立っているのを見た。

うむ、今日も朝比奈さんのお茶が飲めるぞ。

おっと、長門もいた。


部室に入るや否や、ハルヒは団長机に置いてあるパソコンのスイッチを入れ愛嬌一つない声で、


『みくるちゃん、お茶。』


凄い態度だな。

朝比奈さんをメイドのようにこき使うとは許せん。

無論、メイドの格好してるのだが。


『た、ただいまっ…。』


朝比奈さんは一瞬びくっとなってからお茶の用意を始めた。




   

   

   

俺がせっせとお茶を入れる朝比奈さんを眺めていた頃、そよ風の如く部屋に入って来たのはニヤケハンサム野郎で銀河に名を轟かせる古泉だった。


『おっと…。』


古泉は一瞬驚いた様子を見せた後、「なるほど」と言うかのように満足げな表情を浮かべた。


『何がおっとだよ。』


『いえ、何でもありませんよ。ただ、希望はまだ潰えていないようです。』


希望?

潰える?

アニメか何かか?


『そりゃよかったな。』


俺が適当に返事をするとこりゃまた気持ち悪い笑みを浮かべて、


『あなたのおかげですよ。』


『俺が何したって言うんだよ。』


『まあ、いずれ解ります。』


古泉は俺との会話を成立させながらおもむろに鞄を置き、カードゲームを用意し始めた。

そしてフィールドシートを机に広げ終わるとこちらにキラキラした目線を送ってきた。

やろうって事か?


『オセロでは負けましたが、このカードゲームでは負けませんよ。』


このカードゲームでボッコボコにいかれたのはどこのどいつだっけ?


『はて、誰でしょう。』


お前だよお前。

しかし、特にする事もないので付き合ってやってもよかろう。

言っておくが、付き合うってそういう意味じゃないからな。


『はい、お茶ですよぉ。』


『あ、ありがとうございます。』


俺は朝比奈さんが煎れてくれたお茶を一口啜った後、


『始めるぞ。』


『どうぞ。』


戦いの幕は上がった…のだが…


『おや、また負けてしまいました。』


弱すぎてつまらん。

かれこれ8ゲームはやっているぞ…。

あ、こいつ格ゲーで弱いくせに何度も乱入してくる奴みたいだな。

そういうやつには舐めプレイでおもてなしするのが礼儀ってもんだ。

言っておくが舐めプレイってそういう意味じゃないからな。




   

   

   

ぱたん。


俺がわざと弱いカードを出そうとした瞬間だった。

静寂に包まれたこの部屋に、本を閉じる音が響く。

どうやら長門が読書を終えたようだ。


『長門、今日は早いな。』


長門は分厚い本を鞄にしまい始めた。

ご存知とは思うが、SOS団の活動終了時間は長門の読書終了に比例している。

誰が決めた訳じゃない。

言わば暗黙の了解ってやつだ。


『では、僕も帰ります。』


古泉は手札を机の上に置き鞄を持つと、颯爽と席を立つ。


『じゃ、じゃあ私も…。』


さっきまで俺の隣にちょこんと座っていた朝比奈さんもゆっくりと立ち上がる。


『じゃあ俺もか…』


俺も帰ると言おうした瞬間、いつもと違う古泉の視線を感じた。


『な、なんだよ。』


『キョン君、朝比奈さんが着替えるのでとりあえず廊下へ。』


そう言うと鞄も持たない俺の背中をぐいぐい押して廊下へ出る。

と同時に長門も廊下に出て、振り向く事もなく帰って行ってしまった。


『何なんだ?いきなり。』


『まあまあ。涼宮さん一人残しては帰れないでしょう。』


ハルヒ?

あいつも帰るだろ、どうせ。

さっきから暇そうな顔でパソコン画面を眺め、マウスをかちかち鳴らしていたしな。


『彼女はまだ帰らないかと。時を待っているのですよ。』


俺が頭上に疑問符を浮かべていると、うっすらと目を開けて言った。


『あなたと二人きりになれる瞬間をね。』


二人きり?




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




(昔の自分が執筆していたのはここまでです。

正直オチをどうしようとしていたか忘れてしまっていて

なんだか悔しい気持ちです。ですがこの小説はハルヒとキョンの

非エロのNLを書きたかったんです。タイトルは正直釣りですねw

ハルヒ自体短編集みたいな感じなので

この小説もどうやって完結させるかは考えていませんでした。

ただハルヒとキョンの甘酸っぱい感じのストーリーを考えては

書いていくという感じでしたね。

いやー、あのころの自分はよくこんな長文書けたなぁと思います。

谷川先生っぽい言い回しにするために小説とにらめっこしながら

書いた覚えがあります。でもこうやって創作したものを残しておくと

時が経った時に見返すとめちゃ面白いですよね。

あの時頑張って書いてた光景が蘇ってきます。


ストーリーの続きはもしかしたら描くかもしれません。

むしろ今書いたらどんな物語が作れるのか気になるまであります。

それではここまで読んでいただきありがとうございました!


りりぅむ


※2021年7月25日追記…この話の続きを書いてみました。

ぜひご覧ください。

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