青春って何だろう

   

   

   

あのクリスマスイヴから数日が経った今日、俺は新年を心待ちにしていた。


言うまでもない。

今日は大晦日である。


俺はここ数日間、ハルヒのいない静かな冬休みを満喫していた。


それは、自分が一般人であることを再確認するには十分な時間だったのだが…


俺の日常ってこんなものだったのか…?


あいつと出会ってからの日常と、今まで俺が過ごしてきた日常では天地の差だ。


久々にこんな平凡な日常を過ごしてみたが、どこか物足りなさを感じるのは俺だけだろうか…


まあ、冬休みが終わりを告げた瞬間嫌でもあいつに引っ張り回されるんだろうから、今の内にHPを回復させておくのも悪くないだろう…





さて、紅白でも見るか。


俺がおもむろにリモコンに手を伸ばした瞬間、携帯が震え出した。

こんな時間に電話なんて…


見ると発信元はハルヒだった。


『どうした?』


『ねぇキョン、今から初詣に行くわよっ!!』


なんですとぉ~!?


『いや…俺は年越しは家でするつもりだったんだが…、こぅ…年が変わる瞬間にジャンプなんかしてだなぁ…』


『SOS団みんなで初詣に行こうと思ったんだけど、みくるちゃんも古泉君も有希も行けないって言うからさぁ。最後に超暇人なあんたに電話したって訳。』


超暇人は余計だろ…。

俺みたいな生活は全国的に見たとしても、割り合い普通な人間に分類されるはずだと思うぞたぶん…


『そうか…。そういやハルヒ、風邪は治ったのか?』


『そんなもん余裕で治ったわよ。』


あんなに死にかけてたのによく言う…


『で、行けるの?行けないの?行けないんだったら一人で不思議な事でも探しながら初詣してくるけど?』


マジかよ…。

一人で初詣なんてするなら家族と行けよ…。

こいつには世間で"友達"と呼ばれるものは一人もいないのだろうか…


『わぁったわぁった。行くよ。』


『じゃあ今から北口駅前集合ね!』


って今何時だ?


ふと時計を見ると年が変わるまであと1時間という所だった。


『りょ~かい。』


『じゃ!早く来なさいよ!!』


そう言うと電話は乱暴に切られた。


やれやれ。

準備すっかな。


こうして俺は、この寒さと眠さに南極で遭難している光景を重ね合わせながら雪がちらつく外に繰り出した。





  

   

さて…北口駅前に到着した訳だが…


俺は自転車を駅の近くの電柱の脇に留めた。


あいつはもう来ているのか?

俺は疑念を抱きながら駅前を見渡す。


………


………いた。


『キョン!遅いわよっ!』


そこには腕を組み仁王立ちしているハルヒの姿があった。


あんなにまったりのびのびリラックスムードで寝癖爆発かつ意識朦朧の中、ここまでこの短時間で来れたのは奇跡と言っても過言ではないぞっ。


『割りと早かっただろうが。』


ハルヒはしかめっ面をしているが、どこか楽しそうに見えたのは俺だけであろうか…


『まあいいわ。行きましょ。』


『神社か?』


『そうよ。一年の始まりは初詣からでしょ!』


お前の事だからてっきり初詣なんてめんどくさい!!とか言うかと思ったが。


『そうか。では一つ聞かせてくれ。なんで家族とは行かないんだ?』


『まあいいじゃない。そんな事。』


一掃!?


『はぁぁ…。そいじゃぁ行きますか。』


俺は暗い面持ちで神社へと歩き出した。



   

   

   


ようやく神社に到着した訳だが、夜中にも関わらず大勢の人がいたのは予想外だった。


それに…


『カップル多いな。』


『そうね。うらやましいの?』


『べ、別に。』


全くうらやましい限りだ。

みんなそれぞれ隣にパートナーがいて、幸せそうに歩いている。

まあ未婚既婚は問わない事にするが…


で…俺の隣にいるのは…


『ふ~ん。』


こいつは…


こいつは俺の事をどう思ってんのかねぇ…


………


ちょっと待てよ…


まず俺自身がこいつの事をどう認識しているのだろうか…


………


『何ぼーっとしてるのよ。』


『いや、何でもない。』


『まだ寝ぼけてんの?』


逆に言わせてもらおう。

まだ一睡もしてない…


そんなこんなで賽銭箱の前までたどり着いた。


『そうだ。お前は何をお願いするんだ?』


『決まってるじゃない!!SOS団に何か不思議で楽しい事が起こりますようにってお願いするのよ!!』


俺はSOS団に所属してから十分不思議な体験をしてきたが…


『そうか。』


俺は何をお願いしようか…なんて考えながらふと横に目をやると、軽く俯きながら目を閉じて、手を合わせて真剣にお願い事をするハルヒの姿があった。


…俺もお願い事するか。


俺は財布から100円を取り出し、ほうり投げた。


   

   

   

―――――


初詣を済ました俺達は、行く宛もなくただ街をほっつき歩いていた。


夜中だっていうのに沢山の人が行き交っている。


『ねぇキョン、あんた何お願いしたの?』


『秘密だ。』


『何よそれ。』


ハルヒはふんと向こうを向く。


『なあ、お前今年もSOS団で大暴れするのか?』


俺が質問するや肩にかかる髪をハラリと払い、真っ黒な瞳を輝かせて言った。


『別に去年から暴れてなんかないわよっ!でも、今年も世界をおおいに盛り上げていくつもりよ。』


『盛り上がってるのはお前だけじゃないのか?』


『うるさいわね。まあ、あんたは今年も暇だろうし?SOS団で頑張りなさいよ。』


彼女もいないし部活もしてない(?)俺は暇じゃないと言えば嘘になるが…


なんだか聞き捨てならんなぁ…


『今年こそはそこらへんのいい男でも捕まえて女子高生らしい学園生活を送らないのか?』


俺はわざと2周目の話をしてやった。

ハルヒはあからさま不機嫌そうな顔をして、


『だからぁ~、前にも言ったけど男なんかには興味ないのよ!しかもSOS団もやっといい感じになってきたっていうのに…。』


『SOS団がお前にとっての青春ってやつか?』


『まあ…そんな所かしら。まだ全然満足してないけどね。』


『そうか。』


俺の高校3年間はこんな感じで過ぎていくのだろうか…


あぁ、俺の青春よ…




   

   

   

そんなこんなで俺達は近くを流れている川の河川敷にやって来た。


この川沿い…懐かしいな…


そこは俺が初めて朝比奈さんに衝撃告白をされた場所だった。


『朝比奈さん…』


『何か言った?』


『い、いや、何も。』


『ならいいけど。あ~、それにしても寒いわねぇ…。ん?』


ハルヒが向こうの方に目線を向ける。

なんだなんだ?


俺もハルヒの目線の先に目をやった。


距離が縮まると共にその"誰か"がハッキリと姿を現した。


女の子…?


それは俺達と同い年かそれより下かと思われる、黒髪にポニーテールの女の子だった。


こんな時間に一人で何をしているのか、俺にはさっぱりわからなかったが、ただ一つ解る事と言えば…


右手に刃渡り15cmはあるかと思われるサバイバルナイフを握り締めてこっちを見ている事だろうか…


っておひ…ちょっと待てよ…!?


『ねぇ、キョン、あの子ナイフ持って…』


あぁ、分かるさ。

ハルヒの言いたい事は…


あの子…


笑ってる…




   

   

   

何なんだ…一体…


『見ーつけた。』


黒髪かつポニーテールで幼い顔をしている、ストライクゾーンど真ん中の女の子は俺を指差して笑った。


『キョン、誰なのよ…。』


いや…全く見覚えがないんだが…


『あの~…どちら様ですか?』


俺は彼女を刺激しないように恐る恐る聞く。

下手に動くと襲って来るかもしれん…


『あなたを殺しに来た者よ。』


あ、そうなんですか。


…って、えぇぇぇぇ!!!?


『よく理解出来ないんですけど…』


『だからあなたを殺しに来たのよ。あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る。ふふっ。この台詞にも聞き覚えがあるでしょう?』


まさか…


『じゃあ死んで。』


うおっ!!?


彼女はナイフを両手でしっかりと持ち、その歯先を俺に向けた。


『ちょっと待てって!!お前の目的はなんだ!?』


『朝倉涼子と一緒よ。あ、時間稼ぎしようったって無駄よ。』


『うわっ!!』


彼女のナイフが俺の胸の前で空を切る。


…まずい…、まずいぞ…。

長門は何をしてるんだ…。

早く来てくれ…


『無駄。』


気が付けばナイフは目まで迫っていた。


殺られる…


俺は目をつぶった。



   

   

   

―――――


ん?


俺は恐る恐る目を開けた。

そこには黒髪の女の子の右手を掴んでいる人の姿があった。


言うまでもないだろうが、そこにいたのは長門だった。


『長門!?来てくれたのか!!』


『あなたは私が守る。』


『有希!?何でここに!?………もう、何なのよ!!意味わかんない!!』


ハルヒは相当混乱しているようだ。

まあこの状況では無理もない。

ここで真実を知らないのはハルヒだけなのだから。


『邪魔が入ったようね。まあいいわ。』


彼女はそう言うと一旦後ろへ下がる。


『ハルヒ、下がっとけ。』


『えぇ…』


俺の命令にハルヒは素直に従った。

俺はハルヒが後ろへ下がったのを確認して後、長門に疑念をぶつけた。


『なあ長門、あいつってもしかして…』


『私、そして朝倉涼子と同じ、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。』


やはりそうだったか…


『…聞いて。』


続けて長門はハルヒには聞こえないよう小声で呟いた。

まぁ元々小声な訳だが。


『今から起こる事は涼宮ハルヒに見られてはいけない。そこであなたの協力が必要。今この地点から半径20メートルの空間は彼女の制御下。逃げられない。』


確かに、今から繰り広げられるであろう宇宙人の壮絶な戦いなんか見たらハルヒは新しい世界を創造しかねない…


『じゃあ俺はどうすれば?』



『…目隠しして。』


め、目隠し!?

なんという初歩的な策だろうか。

しかし今はそうする他なさそうだ。


『何コソコソ喋ってるの?どっちにしろあなたに私は倒せない。』


そう言い終えると、体から光を放ち始めた。


次の瞬間、俺は後方にいるハルヒに向かって走り出していた。



   

   

   

間に合えっ!!


俺はハルヒに飛び掛かり…押し倒した。


『ちょっ!!いきなり何すんのよっ!!』


押した倒すと同時に、爆音が響き渡った。


今の爆音はどっちの宇宙人のものだ?

まあそんな事はどうでもいいか…。

そんな事より…


この体勢…、なんか勘違いされてもおかしくないな…


『一体何が起こってんの?ちょっとキョン、どいてよっ!!見えないじゃない!!』


そんな事はお構いなしに俺はハルヒの目を手で覆った。


『ちょっと…何なのよ…』


『ハルヒ、動くなよ。動いたら…』


『…動いたら…何なのよ…』


ハルヒの声から明らかな動揺が感じられた。


『…動いたら死刑だからな。』


『何言ってんのよバカっ!!』


『あ~、とりあえず動くな。』


もがくハルヒを静めるべく、俺は最終手段に出る事にした。


俺は目隠しをやめて、ハルヒの脇の下に両手をつき、覆い被さるような体勢に変更したのだ。

この体勢なら目隠しをせずともハルヒには俺しか見えない。


『ちょっと…、キョン?』


ハルヒが動かなくなった。

そりゃあこんな体勢になったら動けないだろうが、それ以上にこの顔の近さと言ったら…。

なんだって俺自身が動揺してるんだっ…


『…動いたら、死刑だからな』   

   

ハルヒの目をしっかりと見つめて俺は呟いた。


『わ、わかったわよ…。』


暗くてよく見えなかったがどこかしらハルヒの顔は赤らんでいたような気がした。


そんな中、後ろでは宇宙人対決(?)が繰り広げられている模様で、先程から爆音が響き渡っている。


長門…早く終わらせてくれ…


ハルヒの視界に戦闘の情景を映さぬように俺はずっとハルヒを見つめていたのだが、ハルヒはおもむろに目を反らした。



   

   

   

………


辺りが静かになった。


俺は後ろを振り返る。


そこは先程まで戦いが繰り広げられていたとは思えない程キレイで、何の変哲もなかった。


ただ…


『長門!?』


長門が俯せで倒れていたのだ。

俺は直ぐさま駆け寄る。


『大丈夫か!?』


『…肉体の損失は大きい。でも、大丈夫。』


…大丈夫には見えねぇよ。


長門の体からはまたもや大量の血が流れ、あちこちに火傷のような跡があった。


『今救急車を…』


『…いい。肉体を再構成する。』


『そ、そうか。こんな所ハルヒが見たら……』


ハルヒが見たら…?


まずいっ!!…戦闘が終わった事に安心してハルヒを解放(?)してしまった…


長門の肉体の再構成が未完了なのは想定外だった…


俺は諦めにも似た気持ちになりつつ、ハルヒが立っているであろう後ろを見た。


『何なのよ、もうっ!』


そこには満面の笑みでハルヒの目を隠す古泉の姿があった。


『古泉!?お前来てくれたのか!?』


『通りすがっただけですよ。』


嘘つけ…


俺はしばらく古泉vsハルヒを眺めていた。

すると…


『…終わった。』


後ろから小さな声が降ってきた。


『長門!もう大丈夫なのか?』


『…大丈夫。』


『よかった…。いつもありがとな。』


『…いい。』


こうして朝比奈さんを除くSOS団が集まった訳だが…


『離しなさいよっ』


古泉が長門に目線を送ると長門は小さく頷いた。古泉はハルヒから手を離す。


『あぁー、もう!古泉君といいキョンといい、何なのよっ!』


『何でもねーよ。』


『何でもないなら何で目隠しなんてするのよ!あたしに見られたらまずい事があったって言うの?あたしは団長よ!?団員の事を把握しないといけないってのにっ』


ハルヒは腰に手を当て、イライラ度60%増(前日比)で俺達に疑問をぶつけた。


しかし、そこは古泉の巧みな口さばきと爽やかスマイルでなんとかやり過ごしたのだった。



   

   

   


それから、ハルヒのイライラも収まり始めた頃…


『では、僕達はこれで。』


そう言い残し、古泉と長門はどこかに去って行ってしまった。


『変なの。』


ハルヒは不満げな様子で唇を噛んでいる。


『まあ、気にするなって。』


『そんな事言われたら余計に気になるわよっ。まぁ、気にした所でどうせ教えてくれないんでしょうけど。』


話が解るな。


それにしても、今日の宇宙人は可愛かったな~……じゃなくて、何故俺を狙いに来たのだろうか。


宇宙人の上の奴らは何も変わらない現状にいよいよ飽き始めたのか…?


だが、長門が未だに俺を守ってくれるという事からしてまだ穏健派も残っているという事なのだろう。

いや、逆に穏健派が大半を占めているのかも知れない。


ただ一つ言える事は、今俺が何を思い考えようがどうする事も出来ないって事だ。


『ハルヒ、もう一度聞くが、今年も不思議探しを続けるのか?』


ハルヒの表情が電球のスイッチをONにしたかのようにパッと明るくなる。

とんでもない事を言うつもりだな…

解るさ、俺には。


『あったし前よ!!実はね?今日も不思議な事が起こるかな~って期待してたのよ。でも、さっきの女の子と有希と古泉君の様子がおかしいって事くらいしか起こらなかった。』


やっぱり何か起きることを望んでやがったのか…。

はぁ…俺の苦労も知らないで…


『あ、でもね、すっごい事もあったわ。』


ハルヒはニヤニヤして俺を見た。

こっち見るな…


『一体何なんだ?』


『ふふぅん。あんたがあたしを押し倒した事かしら。』


グハァァァァァっ!!!


『あれは訳ありだっ!!無罪だ!!濡れ衣だ!!』


『あたしが警察に届け出たら逮捕ね逮捕。』


『待てって!!逮捕とかまっぴらごめんだぞっ!!』


『ふふっ。じゃあ今年もSOS団で頑張りなさいっ!』


なんじゃそりゃーっ!!!


ハルヒは困り果てた俺を置いて行くように颯爽と歩き出した。


こいつと一緒にいたら宇宙人に襲われるどころか、現実世界で警察にまでお世話にならなきゃいけないってのかっ!!?


『ちょ、待てよっ!』



―――――



お前に出会うまではちゃんと保証されていた俺の輝く青春が…


くそっ…返せよハルヒ!!

俺の青春っ!!

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