涼宮ハルヒの発情

りりぅむ

クリスマスイヴの夜に

   

   

   

凍て雲が空全体を覆い、

冷たい北風が俺の体温をじわじわと奪っていく朝…


俺は今日も学校までの強制早朝ハイキングコースを

心ゆくまで満喫していたのだが…


言わせてもらおう。

寒くて死にそうだ。


流石は12月と言った所か。


こうなると手編みのマフラーの一つや二つ(?)は欲しくなる所なのだが…


まぁ、SOS団なんぞという訳の解らない部活に所属していようものなら、

彼女なんて出来るはずもなければ

手編みのマフラーにありつく事さえ不可能だろう。


こうなったら愛しの朝比奈さんに縋るしかないな…


なんて考えているうちに見慣れた教室に到着した。


さて、「あいつ」はどうしているのだろうか。


   





教室に入るや否や、不機嫌オーラを八方に放ちながら

窓の外を眺めるハルヒの姿が目に飛び込んで来た。

予想はしていたが。


『よう、今日も不機嫌そうだな。』


『寝不足だから疲れてんのよ。』


と頬杖をついて言う。

まぁいつもの事である。


『疲れてるようには見えないがねぇ。』


うるさいわねぇなどと反論しつつも、何か思い出したかのように、


『あ、そうだ。もう今年も終わりでしょ?

そこでよ!!我がSOS団も何か1年を締めくくる活動をしようって考えてる訳。』


締めくくる?

俺にはまともな活動をした記憶がないのだが。


『キョン、何かいいアイデアない?』


目の中のお星様をキラキラと輝かせて俺に顔を近づけるハルヒ。


うーむ…、悩み所だ。

仮に朝比奈さんのコスプレパーティーがいいなんて言おうものなら、

ハルヒの痛いツッコミが俺のピュアなハートをめった刺しにするだけだろうし?

今回はやめておく事にする。


『そうだなぁ。クリスマスパーティーなんてどうだ?』


『そんな事したって何にもなんないでしょ。』


口をへの字に曲げる。

そんなに嫌か、普通に年を越すのは。


『あ、そうだ!あれがあったわ!』  

  

頭の上に電球マークを浮かべながら、一人で勝手に盛り上がっている。


そんなハルヒを尻目に俺は不安を募らせていた。

またとんでもない活動に付き合わされるのは御免だからな。


『あ、詳細は放課後部室で話すわ。絶対来なさいよっ!!』


行きますとも。

行かなきゃ死刑だろうしな…


まあそれはいいとして、


ハルヒのやつ何を思いついたのだろうか…




   

  


放課後、俺は文芸部…いや、SOS団の部室に向かった。


ドアをノックする。


『はぁ~ぃ。』


部屋の中から天使の声が聞こえた。

朝比奈さん、どうやら今日はハルヒに脱がされていないようだ。


『こんにちわ、キョン君。』


口元から純白の輝きを発しながら俺に話しかけて来たのは誰であろう古泉だった。

歯が白い、眩しい、口を閉じろ。


長門はもはや風景の一部に溶け込み、いつも通りハードカバーを読んでいる。


『よう、ハルヒはまだなのか?』


俺はハルヒがまだ来ていない事を不思議に思いながら、笑みを浮かべてこちらを伺っていた古泉に問う。


『それがまだみたいなんですよ。』


『そうか。』


あんなに張り切っておいて自分は最後に登場か…


それから数分が経過し、

俺は朝比奈さんの煎れてくれたお茶を味わっていたのだが、

突如大きな音を立てて部室のドアが開いた。

長門以外の首が一斉にそちらを向く。


『全員集合してるわねぇ!!

今日は我がSOS団の1年を締めくくる活動の詳細を説明するわよ!!』


団長のお出ましだ。


今回の活動は一体どんなものなのだろうか…


そんなこんなでハルヒは話し始めた。




   

   

   

『これよこれっ!!』


そう言うと、何やらわからん紙を俺達に自信たっぷりに見せつけてきた。


『寒さに負けるな!!雪合戦大会…ですか。』


紙に書かれている大会の名称を不思議そうに読む古泉。


『そうよ!この前の野球の大会じゃ優勝出来なかったから

今度は雪合戦大会で優勝してSOS団の名前を広めるのよっ!!』


またいつもと同じパターンか…


まあ、こいつと出会ってからもう半年も経つんだから、流石に慣れっこになってしまったが…


『で、大会の詳細は?』


『大会は24日の15時から行われるわ。参加対象は子供から大人まで。

対戦相手は年齢別に分けられていて、あたし達は成人の部よ。』


よりによってクリスマスイヴに大会とは…

イヴくらい女の子と甘い時間をだな…


『対戦形式は5on5だからあたし達でちょうどでしょ。』


まあ長門がいる限り負ける気はしないが…


『みんな異論はない?』


ハルヒを除くメンバーは暗黙の了解と言った所か、誰一人口を開こうとしない。

異論を申し立てようものなら、ハルヒがまた不機嫌になる事くらい目に見えているのである。


『決まりね!!って事で今日から特訓よっ!!』


おひ…


『確かに外は寒いがまだ雪は降ってないぞ。』


『…じゃあ雪に代わる物を使って練習するしかないわね。』


まさか野球の硬球で練習しようなんて言うまいな…


『こうなったらテニスボールで練習しましょう。みんな、今からテニス部にボール借りに行くわよっ!!』


軽妙な足取りで部屋を出て行くハルヒを俺は止める気にもならなかった。

結果は初めから解っている。


こうして俺達(ハルヒ)はテニス部でボールを借り(強奪)て早速練習をする事になったのだが…


言っていいか?


やれやれ。




   

   

   

『ちょっとみくるちゃん!ちゃんと避けなさいっ!』


『ふぇぇ~///』


男子テニス部からまんまとボールを奪ったハルヒは、テニスラケットを用いて言わばノックのような練習を始めた。


ノックと言ってもボールを受ける訳ではない。

正面に飛んで来た時には変な宗教も顔負けの動きで回避しなければならない。


そして、俺達だけではなく男子テニス部の奴らまで参加させられているのは何故なんだ?


『古泉君、いくわよ!!』


ボールは空中で曲線を描いた後、剛速球と化して飛んでいく。

無論、ハルヒが全力でボールをミートしているのだが。


しかし、古泉は器用なもんだ。

ハルヒの剛速球を全て避けやがる。

流石は神人の攻撃を毎日のように避けているだけの事はあるな。


『やるわねっ…。次は有希よ!!』


そう言うと、長門に対しても容赦無しにボールを打ち込む。


『………』


ボールはぼっ立ちの長門の顔の横をかすめた。

あれはハルヒのコントロールが悪かっただけなのかそれとも…


なんて考えていた俺を突如襲ったのは、例の剛速球だった。


『ぐはっ!!』


『何ぼーっとしてるのよっ!!バカキョン!!』


ハルヒは左手を腰に当て、

顔面にボールの痕がついた俺をあからさまバカにするような目で見つめた後、

ラケットの先を俺の顔に突きつけた。


くそぅ。

この様子じゃ大会当日まで体が持たねぇな…




   

   

  

―――――


お知らせしよう。


俺達は地獄の特訓に数日間耐え、

今日(こんにち)生きて大会当日を迎える事が出来たのだ!!


俺よ、よく頑張った。


3日前から急に降り出した大雪によって、無事に大会は行われる事になったのだが、中止になって欲しかった気もする。


『みんな、今日は頑張りましょ!!ん?有希はまだ来てないのかしら…。』


ジャージ姿にマフラー、防水手袋を着用して準備万端のハルヒが言う。


『あ、あのぉ~…』


寒そうに身を縮こまらせ、か弱い声を漏らしているのは誰であろう、朝比奈さんだ。


『どうしたのみくるちゃん?』


『わ、私だけ何でこんな格好なんですかぁぁ…?』


正直言って、季節にぴったりな格好をしているが、耐寒性が低過ぎやしないか?

まあ、これはこれでそそられていいのだが。


『みくるちゃんのsexyサンタ姿で相手の戦闘意欲を削ぐ作戦よ。』


『そんなぁっ…///』


目に涙を溜めた朝比奈さんは、助けてと言わんばかりに俺を見た。


頑張れ朝比奈さん…

寒さに耐えるんだっ…

(sexyサンタ姿はみなさんのご想像にお任せする事にしよう)


それにしても、未だ長門の姿が見えない。

どうかしたのだろうか。


結局、長門が現れないまま開会式が始まった。




   

   

   

対戦相手は高校生のチームであった。


俺達の試合までは時間があるが…


『長門の奴、どうしたんだろうな。』


『携帯にかけたけど出なかったのよ。これはもう読書禁止令発令ね。

部室で読書は禁止、みたいな。』


部室は元々文芸部のだろうが。

と心の中でツッコんでいたその時、俺はふと視線を感じた。

すぐさま視線を感じた方に目をやると、

そこにはトイレの陰から手招きしている古泉の姿があった。


『ハルヒ、ちょっとトイレ行って来る。』


『あんたまで逃げ出すんじゃないでしょうねっ!?』


『逃げたらどうなるか解ってるから逃げねぇよ。』


何よそれと言わんばかりの表情を浮かべるハルヒにしばしの別れを告げ、

俺は足早に古泉のもとへと向かった。





『どうした?』


『今日の大会ですが、前回の野球大会と同様に

涼宮さんの精神を安定させなければなりません。』


『だろうな…。やはり今日も長門の力で勝つ作戦でいくのか?』


『ですが、先程彼女から連絡があったのですが、

今日は大会に来れないようなのです。』


ななな何だって!!?


『何で来れないんだ!!?』


『詳しくは解りませんが、何か涼宮さんの観察以上に重要な事情があるようですね。今日は長門さん抜きで勝たなくてはいけないようです。』


『人数が足りないんじゃ…』


焦りを隠せない俺をよそに、古泉は爽やかな笑顔で、


『こちらは4人で出場という事になりますかね。』


冗談じゃない!!

長門抜きで雪合戦に勝てる可能性なんて皆無だっ!!


『どうすればいいんだよ。』


『白雪姫って知ってます?』


『断じて断る!!』


あれは夢の出来事だ…


現実で俺とハルヒがあんな事になるなんてまず有り得ない。


『死ぬ気で勝ちにいくぞ、古泉。』


『はい。』


長門抜きで勝たねばならないと考えると、俺は腑が抜けた。




   

   

  

『ねえキョン、もうすぐあたし達の出番っていうのに、

有希ったらまだ来ないのよ?一体何考えてるのかしら。』


『ん、あぁ、そ、それなはだなぁ…』


『長門さんは急用で来れないらしいんですよ。』


あたふたしていた俺を見兼ねたのか、

古泉が横から割り込み、ハルヒに事情を説明した。


『なんですって!?あんなに特訓したっていうのにっ!?』


『まあまあ、長門にも事情ってもんがあるだろ。今回は4人で頑張ろうぜ。

長門は居ても居なくてもあんまり変わらんだろうし……なっ?』


実際いないとかなり痛手なのだが…


『んもう、仕方ないわね…。

有希がいない分あんたが頑張りなさいよ!負けたら殺すからっ!!』


ハルヒは切歯扼腕せっしやくわんして俺を指差した。

凄い意気込みだな。


『まあ精一杯頑張るよ…。』


と適当に流し、俺は相手チームに目をやった。


正直言って勝てる気がしなかった。




   

   

   

『みんな、いくわよっ!!』


ハルヒの高らかな掛け声と共に闘いの幕があがった。


『お、お~。』


俺だけに言わすなっ


そして、ハルヒは試合開始の笛が鳴るや否や、雪を固め、鋭い雪の弾丸を放つ。

これには敵も驚きを隠せないでいた。

俺も頑張るか…





ハルヒの活躍もあり、

というか、ハルヒが一人で敵を蹴散らしていったおかげで

俺達は3回戦まで勝ち抜き、気が付くと決勝の舞台に立っていた。


『次は…SOS団対、白ニーハイズの試合です!』


相手は大学生5人で結成されたチームだった。

…ツッコミ所満載だが、めんどくさいからやめておく事にする。


『いよいよだな。』


『そうね。頑張りましょ…』


俺の問い掛けにハルヒは呟くように答えた。


なんだ?

やけに静かだな。

もしや、あの肝が据わりまくったハルヒが緊張しているとか?

それはないか。


そんな事を考えている内に、

ヲタっぽい雰囲気を醸し出す白ニーハイズとの決勝戦が始まった。


しかし試合開始直後、


『ぐおっ!』


余裕綽綽で雪を拾っていた俺の目の前は、突如白一色に統一された。


『あんたねぇ…、やられるの早過ぎなのよ!』


俺は不覚にも遠距離から来た雪に気付かずアウトになってしまった…


まあ3セット先取で勝利だから大丈夫…だよな?

なんて思っていたのだが…   

   

やはり俺が抜けたせいか、戦局は明らかに敵チームへと傾いていた。


そして気が付けば、


『えっ?な、何ですかぁ~っ』


陣地内の後方にある雪の壁に隠れ、

おろおろと怯える朝比奈さん1人を残すだけとなっていた。


『みくるちゃんっ!早く敵をやっつけなさいっ!』


ハルヒの叫びも虚しく、敵は怯える朝比奈さんには見向きもせず、

楽々と俺達のフラッグを掴み取った。




  

  

  

1-0か…


『あんたねぇ…真面目にやりなさいよ…。』


ミーティングタイムの間に、頬を紅く染めたハルヒは俺に説教をくらわした。

そんなにマフラーを引っ張るな。

首が締まる。


『いや、さっきのは事故だ。そう、事故ったんだ。』


『言い訳なんて聞きたくないわ。次はちゃんとしなさいよ…。』


『わかった。次はミスらないさ。』


流石にもう一度即アウトになろうものなら、

ハルヒは本当に閉鎖空間を生み出しかねん。


頑張れ俺…





こうして俺達は人数が少ないにも関わらず、

第2、第4セットを取り、なんとか2-2まで持ち込む事に成功した。

これを奇跡と言わず何とと言う。


『ふぅ…長期戦はキツイな…』


確かに寒いはずなのに、何故だか汗が止まらん。

これはさすがの俺(?)でもかなりキツイ…


『キョン君、』


古泉がヌーっと俺の横に現れると、ハルヒに聞こえないように耳打ちした。


『このセットで全て決まります。つまり閉鎖空間に神人が出現するか否か、

はたまたこの世界とあちらの世界が入れ代わってしまうかどうかがね。』


『ぁぁ。分かってる。それだけは御免だ。』



―――――



絶対に負けられない最終セットの開始を告げる笛が鳴り響いた。




   

   

   

俺達(朝比奈さんは除く)は疲れきった体を酷使してひたすらに雪を投げる。


敵も相当疲れているらしく、球の勢いは確実に落ちていた。


そんな中、


『痛いっ!…』


相手の投げた雪が最後尾にいた朝比奈さんに命中した。


『ご、ごめんなさいっ。やられちゃいましたっ…。』


申し訳なさそうに俺に頭を下げる朝比奈さん。

潤む目に見つめられ、昇天してしまいそうになりつつも、


『大丈夫ですよ。後は任せて下さい!!』


と強がってみたが…


戦況は5対3。

明らかにこちらが不利だ。

まあ朝比奈さんを戦力に数えてよかったのかは疑問だが。


しかし、俺達は悪戦苦闘しながらも順調に敵を倒し、残す所敵1人となった。


俺達が勝利を確信し始めたその時…


『ぐっ!!』


敵のがむしゃらに投げた雪が古泉を捕らえた。


『古泉っ!!』


『くっ…やられてしまいましたか…。後は…頼みましたよ…。(ガクッ)』


『古泉ーっ!!!』


って、なりきってる場合じゃねぇっ!


『ハルヒ!あと1人だぞ!!』


『分かってるっ…』


そう言って雪を掴もうとして屈むハルヒ。


しかし、その隙を逃すまいと敵は大きく腕を振りかぶり、

ハルヒに向かって全力で雪を投げようとしていた。


あの体勢では敵の攻撃を避ける事は不可能だ。


…って言うか、ハルヒが敵の攻撃に気が付いてない!?


まずい…、頭に直撃する!?


気が付けば俺は、驚異的な跳躍力でハルヒの前に飛び込み、

敵の投げた雪を掻き消していた。


と同時に、何が起きたか解らずにいたハルヒは、

咄嗟に隙だらけの敵に向けて雪をほうり投げた。


が、無情にも雪は敵を捕らえる事はなかった。


敵はもう片方の手で握り締めていた雪を、

隙だらけのハルヒに向けて投げつける。


無論、避けられるはずもなく、雪はハルヒの体に当たって、砕けた。


『ゲームセット!!!』


…負けた…のか…


暗澹たる表情を浮かべた古泉と朝比奈さんが直ぐさま駆け寄って来る。


『くそっ…、もう少しだったのに…。ハルヒ…すまん。』


俺はハルヒの罵声を浴びる覚悟で頭を下げる。


『負けちゃったものは仕方ないわね…。』


…?

特に怒る様子もない。

落ち込んでいるのか?


こうして、長門の情報操作なしで臨んだ雪合戦大会は、

優勝を逃すという形で幕を下ろした。




   

   

   

日はすっかり暮れていた。


更衣室で着替えを済ました俺達は微妙な面持ちで帰路についていた。


『では、キョン君、僕と朝比奈さんはこっちなので…。』


『あぁ。』


『大変な事が起こらなければよいのですがね…。』


古泉は苦笑しながら呟いた。


こうして俺は古泉と朝比奈さんに別れ、ハルヒと2人きりになった訳だが…


………


おかしいな…


優勝を逃したっていうのに、ハルヒは文句を言わないどころか黙り込んだままだ…


そういえば最終戦の時も元気がなかったような…


そんなハルヒを見兼ねた俺は、


『ハルヒ、一体どうしたんだ?疲れてるのか?今日のお前はお前らしくないぞ…?』


『全然平気よ…。』


どう見ても平気には見えなかった。


『お前本当にどうし…』


俺が声をかけたその刹那、ハルヒはマリオネットの糸が切れたかのように、

雪がうっすらと積もった地面に倒れ込んだ。


『お、おいっ!!』


…これは?


…何だ?


…夢じゃないよな?


こんな光景想像した事もなかった…


あの超元気で、うるさくて、糞生意気なハルヒが…?


………


…………


……………


…………嫌…だ…




 

   

   

『おい…、おいっ!!しっかりしろっ!!』


俺は無我夢中でハルヒの体を揺する。


そして、ふいに額に手を当てた。


なんだこれは…


すごい熱…そして呼吸も乱れている。


こいつ…こんな体で頑張ってたって言うのか!?


『なんで…、なんで俺に言わねぇんだよ…ばか野郎…』


『…ぅ…』


…!?


『っさい…』


…え?


『ぅっさぃわね……バカキョン…』


目の焦点が合っていないのか、ハルヒは虚ろな目で俺を見た。


『お前なぁ…。今救急車呼ぶからな…。』


『ぃぃ…、自分で帰れるから…』


などと言い張るハルヒの体を俺はゆっくりと起こしてやる。


『無茶するなよ…。第一、どうして俺に言わなかったんだ!?』


ハルヒは鼻で嘲る《あざける》ように笑った後、こう言った。


『…あんなにみんなに色々言っといて、

あたしの体調が理由で棄権なんて事になったら……団長の面目丸潰れじゃない…』


お前って奴は…


そんな時にまで意地を張る必要なんてないだろうが…


もしお前に何かあってからでは……遅いんだぞ……?


…何か…?


………俺は……




   

   

   

………俺は……


『俺はお前が倒れた時…、お前が目の前から消えてしまうんじゃないかって…』


『…えっ?』


ハルヒは驚いたように目を開き、俺を見つめている。


…俺は何を言っているのだろうか。


『あぁ…な、なんでもない!!とにかく救急車だっ!!』


『…本当にいいからっ。』


そう言うと、屈んでいる俺の肩に手を掛けて立ち上がろうとする。

しかし、自力では立ち上がれないようだった。


『ほ~ら、言わんこっちゃない。どうするんだ?』


呆れたように俺が訊くと、ハルヒは目線を地面に積もる雪へと移し、

囁くように言った。


『……おんぶして。』


………


予想外の台詞に一瞬時が止まったかのように思えた。


俺は、淡桃色たんとうしょくの唇を軽く噛み締めながら俯くハルヒを眺め、

呆れたように言ってやった。


『分かったよ。俺の背中に乗れ。』


全く、世話の焼ける団長さんだな…なんて考えながら

足元の覚束ないハルヒを背中に担ぐ。


『お前の家、どこなんだ?』


返答はない。

聞こえて来るのは微かに漏れるハルヒの吐息だけだった。


『なぁ、言わなきゃ送れないだろ?』


『……言わなきゃずっとこうしていられるの?』


…!?


『…お前っ…』


『冗談よ。』


いたずらに鼻で笑う。


こいつ…


『家ね、結構遠いわよ。』


遠いのかよ…


俺は疲れ切った体でハルヒの自宅へと歩み始めた。





何でこんなにも体を酷使せにゃならんのだ…、などと俺は茫然自失していた。


でもまぁ…


こいつと二人っきりのクリスマスイヴってのも悪くない…か…


なーんて考え、俺は思わず自嘲の笑いを漏らした。


『なぁハルヒ…。』


『…何よ。』


『お前、重いな…。』


『あんたねぇ……覚えときなさいよ…!?』


足をじたばたさせて反抗する。

まるで父親におんぶしてもらってる女の子だな。


『ハハハ。冗談だって。』


『明日死刑だから…』


明日…


明日にはいつもみたいに元気なハルヒに会えるのだろうか…


いや、今みたいなハルヒも…たまにはいいか…



―――――



雪がちらつき始めたクリスマスイヴの夜…


結局この日、神人が現れる事は愚か、

閉鎖空間が生まれる事すらなかったのは


言うまでもない。



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