04

 重い。


「ん?」


 重たい。気分もだけど、物理的に。


 なにかおかしい。


 隣。


 めちゃくちゃこちらに寄りかかってきている。


「あの」


 ひたすらに体重が。押し込まれる。


「すいません。あの」


 なんだこの人は。


「ちょっと。すいません」


 引き剥がそうとして。腕に絡みつかれる。なんだ。なんなんだ。


「ねえ。なんで?」


「何がですか。うわっ」


 胸に。


 飛び込んでくる。


 しがみついてくる。


 あのときと、同じ。


 体重をかけて。


「え。うそだ」


「なにが?」


「そんなはずはない。めちゃくちゃ小さくて。駆け回ってて。そんな。こんな綺麗な女性なはずがない。何かの間違いだ」


「え、いま綺麗な女性って言った?」


「う」


「やったっ。わたし綺麗?」


 口調。声。


 なぜ。


「うそだろ」


「あなたに釣り合う女性になろうと思って。がんばったの。みてみて。綺麗でしょ?」


「いや。あの。なんで。どうして」


「なんで、って。探したのよ。けっこう時間かかったけど」


「探した。私を?」


「うん。聴いて聴いて」


「その前に離れてください」


「い、や、だ。ずっとくっついているの。離れません」


 参ったな。


「わたしね。わたしね。スパイになったの」


「スパイ?」


「内閣情報担当室付秘書官。在宅ワークなんだけど」


「在宅でスパイ?」


「うん。おうちで動画配信サイトで星空の動画を見ながら、片っ端から企業のサーバ攻撃して情報抜き出すの。ライセンス持ちで」


「はあ」


 現実味がない。


「でね。でね。ようやくたどりついたの。全国津々浦々の病院データを攻撃したんだから」


「迷惑ですね?」


「迷惑じゃないよ。カルテ電子化したり投薬情況をリアルタイムオンライン化したり。って、言っても分からないか。とにかく。がんばったの」


「はい」


「で、見つけたの。わたしの手術相手。脳細胞萎縮とニューロン異常に対する脳胚移植手術」


 手術。


「ずっと眠っていたわたしを目覚めさせてくれたのは、あなた。あなたがわたしを起こしてくれたの。覚えてる?」


「いえ。ぜんぜん。何も」


「だよね。ごめんなさい。手術の影響で、あなたはこどもの頃の記憶が、ないって、カルテにあったから。ごめんなさい」


 彼女。


 大人の軟らかい身体が、縮こまる。


「まあ、なんであれ、元気だったら、よかったですよ。私は、ほら。記憶がないから。大丈夫です」


「そう?」


「ええ。綺麗になって。よかったですね」


「うん。よかった。よい、しょっ、と」


 彼女。体勢を入れ換えてくる。


「あの」


 私が胸に抱かれる形になった。


「あの日の草原を探し回って、おつかれでしょう。どうぞおやすみ」


 彼女の胸。やさしくて。あたたかい。心臓の音が聞こえる。


「いきてる」


「うん。あなたのおかげよ。だからいまはおやすみ」


 応答しようとしたけど。


 眠くなってしまった。


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