第83話 マリーの死





 スルーズを見送った後、葵達はただ待っていた訳ではなかった。

 リンダの持つ、S級魔力の索敵・感知魔法で、居場所を特定すべくアナスタシアの魔法マナを捜索していた。もちろん、アンチ魔法のエリーゼにはリンダのマナ感知能力を通過許可させていた。

 その過程でリンダはハモンドとルーシーのマナを平民街の拘留施設で感知した。

「ここはテロリスト達を拘留していた場所だよ」

 リンダは訝し気な目を葵に向けた。

「ああ。いかにも『いらっしゃい』って感じだな」

「だけど、その周辺に特別なマナを持った連中は感じないんだ。時々生活マナを持った者、つまり一般人が通りを歩いているくらいなんだよ」

「仕掛けはないって言うのか?」

「わたしが感知する所ではそうなんだけど、魔法無効化ツールを使われていたら、わたしには感知できないけどな」

 葵は首ひねった。

 ペトロが自分よりも知略巧者であるのは明白だったから、ここは慎重にならざるを得なかった。

「とにかくゲートを開いてくれないか。ぼくが一人で確認してくる」

 葵がそう言うと、あまり前に出る事のないポーラが葵の服を摘まんで揺すった。

「わたしが行く」

「えっ? キミが?」

「ハモンド様はわたしが助けたいの」

 ポーラは自分を倒した強いハモンドに恋い焦がれていたのだ。

「ルーシーも連れて帰らなきゃいけないんだよ」

「だったらわたしがルーシーを助けるわ」

 とメリッサが言った。

「どっちにしろ敵情視察が先だ」

「孔明様。そんな時間はないよ。早くアナスタシア様の所に行かなきゃいけないのならこっちはわたしとポーラで何とかするわ。転移魔法のギルバートは借りるわね」

「いや、しかし…」

「メリッサの言う通りだぜ」

 ギルバートはそう言うと、

「グズグズしていたらお姫様を助けられなくなるよ」

 メリッサとはポーラを傍に寄せてゲートを開いた。

「すぐに戻って来るよ。それまでにお姫様の居場所を特定して置けよ」

 そう言ってゲートを閉じた。


「あんたのように事前の考えは大切だけど、時には先に動いてみるのもアリだと思うよ」

 リンダにそう言われて、葵は小さく頷いた。

 ペトロは知略と知略のぶつかり合いと挑んできている節がある。

 葵が無策で行動するとは考えてない筈だ。

(それなら)

 このように何の策もない短絡的行動は、意外といいのかもしれないと思った。

 正攻法になるが、ハモンドとルーシーはメリッサ達に任せてみようと思った。



「見つからないなぁ」

 より綿密な情報を得るため葵はリンダとシンクロして捜索したが、エルミタージュ内にアナスタシアの魔法マナを突き止める事は出来なかった。

「軍師殿。かなり慎重に調べているが、アナスタシア様の魔法マナが何処にも感じられないんだよ。本当にエルミタージュにいるのか?」

 首を傾げるリンダに、葵はエルミタージュの外にも捜索範囲を広げてもらった。

 すると、エルミタージュから三キロ離れたある場所でアナスタシアの魔法マナを捕捉したのだ。

「位置的にここなんだよ。分かるかい? この場所」

 広げた地図の一点をリンダが示した。

「ここは……ルシファーの隔離施設だ」

「今ここにたくさんの魔法マナが集まっているんだよ」

「魔導師達か?」

「いや、そう言った特殊な人間と言うよりも、生活マナ保持者と言った感じの連中がある方向に集まっているんだよ。中には強いマナの者もいるが、それらは多分一般人だろう……彼らの向かうその建物に、アナスタシア様のマナを感じるんだよ」

「そこにマリーがいるんだね」

「ああ、間違いない。アナスタシア様の魔法マナを目指して集結している」

(きっとマリーを慕って街の人達が押し寄せているんだ)

「わたしらも行こうよ。軍師殿」

「分かった。行こう」

 それから、と葵はエリーゼに目を向けた。

「キミの存在はまだ相手には気づかれていない筈だ。だからキミとはここで別れよう。ぼく達に関わっていてはキミのこれからは…」

「イヤです」

 エリーゼはキッパリそう言った。

「わたしは孔明様に付いて行きますよ。わたしだけ仲間外れにしないでください」

「そんなんじゃ…ないんだ。ここから先は命の保証は出来ないんだよ」

「わたしはもう十四歳です。自分のことは自分で決めます。死ぬようなことになっても、自己責任です。これは自分で決めた道なんですから」

 エリーゼのひた向きな目にアナスタシア黒い瞳が重なって見えた。

「本当に、死ぬかもしれないんだよ」

「覚悟の上です」

「連れて行ってあげなよ。グズグズしてられないんだしさぁ」

 とリンダがエリーゼにウインクして見せた。


 そこへギルバート達が帰って来た。

 何事もなかったようだ。

 ハモンドとルーシーが倒れ込むようにゲートの中から出てきた。

「ハル! リンダ! 早く治癒魔法を施してくれ!」

 葵は治癒魔法を始めたハルとリンダの背中に手を掛け、シンクロしながら傷だらけの二人を気遣った。

「ハモンド、ルーシー。大丈夫か? 傷は深いからすぐには治らないかもしれないけど、まずは痛みを取るよ」

 だがルーシーは首を横に振った。

「ありがとうございます……でもわたし達はいいのです」

「そうです。孔明様……一刻も早く……アナスタシア様の所へ……向かって下さい」

「でも…」

「早く……!」

 ハモンドが葵を睨むように見つめた。

「ペトロ大公、いや……ミハイル様は最早……わたしとルーシーには……興味はなかったのです……だから捨て置かれてのです……。早く……早くアナスタシア様の下へ……向かってください…」

「分かった」

 葵は立ち上がり、リンダ達を見た。

「治癒のためハルは置いて行く。リンダ、メリッサ、ポーラは付いて来てくれ。。それにエリーゼもだ。そしてギルバートは、ぼくの思念を受け止めて転移魔法を発動してくれ」

「お姫様の居場所が分かったんだな」

 葵がその背中に手を置くと、ギルバートはハル達を三人を残して、転移魔法のゲートを覆いかぶせて閉じた。



 瞬間でケートが開いた時には、葵達は隔離施設の敷地内にいた。

 ふと、視線を感じて見上げると、二階の談話室の窓ガラス越しに一瞬だがアナスタシアが見えた。

(マリー?)

 心なしか、葵に気付いたアナスタシアが隠れたような気がした。

(何かあるんだ)

 心が焦った。

(とにかくマリーの下へ向かおう)

 葵の背後にはミハイルの兵士と見られる隊がいた。葵達に気付くも動じる様子もなく、鉄柵の向こうに集まる民衆の前に立ったまま動こうとはしなかった。

(おかしい)

 そう感じながらも葵はアナスタシアを目指してエントランスに向かって走り出すしかなかった。

「メリッサとポーラはエリーゼとギルバートを守りながら付いて来てくれ」

「分かったわ」

 ポーラが頷き、メリットが答えた。

 リンダが走りながら葵の隣りに寄った。

「変だと思わないかい?」

 リンダの目も、静観している背後の兵士を気にしている。

「確かに変だ。でもとにかく今はマリーの下へ行くしかないんだ」

「分かっているよ」

 ここは元々ルシファー患者を治すと言うより、死ぬまで隔離して置くための施設だった。ルシファーの拡散を避けるためにも、出入り口は一か所しかないのだ。

 しかも作りになっている。

 それ故、二階の窓ガラスには頑丈な魔石が使われ、割って入る事も叶わなかった。

(ゲートの場所が悪かった)

 アナスタシアの魔法マナに近い所を転移地点に選んだのだが、皮肉にもそこは、唯一ある正面エントランスの真反対に位置する場所だった。

 最大で十万人が収容できるこの巨大な施設の中を、転移ゲートが開いた地点からアナスタシアを見かけた二回談話室に向かうには、走っても十分以上は掛かる。

 転移魔法を二度も使ったばかりのギルバートだ。マナが回復するにはかなりの時間を要した。

 葵とシンクロすればマナの回復は早くなるが、無理をさせると使い手の命に危険が及ぶ魔法なのだ。

「誰も追って来ないよ」

 リンダは背後の兵の事を気にかけていたが、葵はそれどころではなかった。

 体力のない葵は、息を切らしながら階段を二階に駆け上がり、そこから

直線の廊下の突き当りにある談話室を目指して、葵は力走した。

 目の前に誰かいた。

「孔明だ。やつが来るぞ」

「戦うのか?」

「バカ。逃げるんだよ」

 途中数人の兵士と鉢合わせになったが、彼らは通路を右に曲がって逃げ出した。

 追いかけるつもりなどない。

 葵はひたすら通路をまっすぐ走った。

(もう少しだ)

 目の前のドアが近づく。

 その向こうでアナスタシアが葵を待っているのだ。

(マリーに会える)

 ドアに辿り着くと、葵は勢いよく飛び込んだ。

 血の匂いがした。

 足元にはビルヘルムと、見覚えのある青年が倒れていた。しばらくして、マーシャルアーツ・カンパテーションの貴賓席で見かけた、第一皇子のミハイル・イワンだと気付いた。いずれも息をしていなかった。

(マリー。何処だ)

 その部屋にはいなかった。

「マリーがいない。手分けして部屋を捜索してくれ!」  

 リンダと後から来たメリッサ達に指示をした。

 葵はいくつもの部屋を順番に探した。


 そして、七つ目の部屋の扉を開けた時、こちらを向いてテーブルの向こう側に座るアナスタシアを、葵は見つけた。

 アナスタシアと目が合った。

「マリ―!」

 葵はその名を呼びながら三歩ほど駆けだした所で、足を止めた。

 背中に冷水を掛けられた感覚の中で葵は動けなくなっていた。

 じっとこちらを見つめるアナスタシアの胸に短剣が刺さっていた。

 その足元には鮮血が流れている。

「マ……リ―…?」

 葵は震える足でゆっくりとアナスタシアに近付いた。

「嘘……だろ? ……マリー? ……マリー」

 葵を追い抜いたリンダが、アナスタシアの傍に駆け寄った。

「アナスタシア様……嘘だ……何でだよぉ! ……こんなのないよぉ!!」

 ああああああああああ!と叫びながらアナスタシアの膝元に崩れた。

「お姫様……そんなぁ……」

 部屋に入って来たギルバートがその場に座り込んだ。

「アナスタシア様ぁ……いやだぁ……!」

 エリーゼが顔を塞いだ。

 バルキュリアのメリッサとポーラも言葉こそないが、呆然と立ち尽くしていた。

「マリ―……マリー……」

 葵はようやくアナスタシアの傍に辿り着いた。

 そして抱きしめたアナスタシアの体はまだ暖かだった。

 目の前の出来事に、現実感がなかった。

 だが、心音は完全に途絶えていた。

 差し込む光が当たっても、アナスタシアの瞳孔は開いたままだった。

 床に広がった大量の鮮血………。

 最早、現実を受け止めざるを得なかった。

(こんなことって……あるのかよ……)

 葵はアナスタシアを強く抱きしめた。

「マリ―ィィィィィ!!」

 葵の叫び声にもアナスタシアは反応を示さなかった。

 

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