第68話 魔導師長ビルヘルム





 報告しなければならない話はここからだ。

 ゲルマン王国に潜むシンクロ魔法師と重力魔法師との複合魔法の脅威について、葵はニコラスに話した。

 先のゲルマン王国におけるレビリア進攻時に、その複合魔法の攻撃を受けていたかもしれない可能性を考慮して、今後の対ゲルマン王国戦術を見直すよう進言した。

「魔法がそのような攻撃に使えるのか……」

 ニコラスも次の言葉が出ないようだった。

「そして空間移動魔法と言う新たな脅威にも直面しているのです」

「空間…移動魔法だと」

「はい。そういう呼び方が正しいのかどうかは知りませんが」

 と言った後で葵はその魔法について説明した。

 話をすべて聞いたところでニコラスは左手の中指にはめてある、黄色の魔石を口元に寄せた。

「ビルヘルム。来てくれないか」

 ニコラスがそう言うと彼の隣りに大人の身長程の楕円形の空間が出現した。そしてその中から老人と言っても差し支えのない白髭の男が姿を現した。

「ビルヘルム!」

 とアナスタシアは声を上げた。

「あなたもこの魔法の使い手なのか」

「これはこれは、マリー様。お久しぶりでございます」

 一見穏やかな好々爺と見受けられた。

「空間移動魔法とは、どなたが言われたのかな?」

 言いながらチラリと葵の方を窺った。

「成程……科学万能の異世界からの召喚軍師殿でしたか。成程…」

「………!」

 葵は脳裏にピンと感じる何かが走った。

 この世界には感じられない科学と言う言葉を口にしたビルヘルムに、葵は元居た世界の匂いを感じた。

「この魔法はわしがこの世界の魔法を複合して作ったものじゃ。わしは転移魔法と名付けておるのだがね」

「魔導師長のビルヘルム・ロベルタスだ」

 とアナスタシアが葵に教えた。

「お初にお目にかかります。ぼくは諸葛亮孔明と申します」

「そうそう、孔明殿だったな。いろいろとお噂は聞いておるし、奇抜な戦略・戦術の数々も大鏡で見させてもらっとるよ。それにシンクロ魔法の使い手であることも聞いておるよ」

「恐れ入ります」

 聞きたい事や知りたい事はたくさんあったが、こちらからのアクションは控えて置こうと葵は思った。

「わしにも分らんことがあってな、孔明殿のシンクロ魔法には……いや、孔明殿はそもそも魔力マナを持っておらんのだよ。なのにそのシンクロ魔法の増幅力は、桁外れじゃ。どういうことかのぉ」

「それはぼくにも分かりません。ぼくの居た世界は、ビルヘルム様が言われたように魔法の存在しない科学技術の世界なんです」

「キミも地球の住民なんじゃろ?」

「……はい」

(やはり同じ世界から来たのか)

「わしは五十年前に西暦1920年から召喚されだのじゃ。キミのいた時代は何時じゃ?」

「2020年です」

「ほお、百年も後か……やはりこの世界と元居た世界は、同一の時間線上にある訳ではないからのぉ」

「つまり、何処の時代からでも召喚が可能と言うことですか?」

「そういうことじゃ。元々異世界召喚魔法の原型は転移魔法なのじゃよ。それを得意としたのが、我が弟子ロベス・ボルジュなんじゃよ」

「ロベス・ボルジュ……」

 アナスタシアと葵は顔を見合わせた。

 葵をこの世界に召喚したミシェールの父の名前である。

「孔明殿を召喚したのはロベスじゃろ?」

「ご存じであったか」

 アナスタシアが葵の代わりに答えた。

「あまり大きな声では言えないが、マイストールにもロベスの娘が持つ手鏡と同じものを三つ忍ばせてあるからのぉ」

 この意味は分かるじゃろ、ビルヘルムは開いているのか閉じているのか分からない目を葵に向けた。

「マイストールの状況は手鏡を通して全て大鏡で覗けると言うことですね。ミシェール、いえ、ロベスの娘の手鏡も媒体の一つになっているのですか?」

「いやいや、あれは独立したものじゃよ。ロベスの娘…ミシェールと言うのか? ……その手鏡は娘が支配しておるから、こちらからの介入できないのじゃ」

 それはリンダから聞き知っていた情報だが、知りうる物を敢えて聞く事で、より確かな情報に出来るのだ。

「孔明殿が言う空間移動魔法は異世界召喚魔法と比べたら、稚拙な魔法だから、異世界から召喚されたわしやキミからすれば、何も驚くことではないのじゃよ」

「それでは、転移魔法は異世界召喚魔術の出来損できそこないと考えてもよいのだろうか」

 アナスタシアの問いにビルヘルムはヒッヒッヒッと変わった笑い声をあげた。

「マリー様。逆に考えてみて下され。転移魔法はりっぱなS級魔法なんですよ。あれで完成形でございます。異世界召喚魔法が規格外の魔法なだけですじゃ」

「とすると、転移魔法の使い手は少なくはないと言うのですか?」

「いいや。転移魔法はそれ自体難易度の高い魔法なのじゃよ。そして転移魔法を使える者は、間違いなく異世界からの転生者か召喚者に限っているのじゃ」

「それじゃ、ミシェールの父親のロベスは……」

「そうじゃ異世界召喚者じゃ」

(成程……)

 葵は合点がいった。

 シュバルツの森の「ジャパン」と名付けたログハウスにある葵の世界の道具や武器は、その知識がない限り危険を冒してまで手に入れるべき代物ではなかったからだ。

 そしてその中にパソコンもあったことを思い出した。

「ミシェールの…いえ、ロベス様はどの時代の召喚者だったのですか?」

「2030年と言っておったぞ」

「………!!}

(ぼくよりも未来の住人なのか)

「何処の国か分かりますか?」

「アメリカ人じゃよ。ちなみにわしはイギリスじゃがのぉ」

「それでは、異世界召喚者はこの世界にどれほどいますか?」

「三人じゃよ。ロペスが死んでキミが現れたから三人のままじゃ」

 葵は以前ミシェールから異世界召喚魔法の使い手は三人いると聞いていた。

 あの時は軽く聞き流していたが、

(そういうことか……)

 今思うとすべてに辻褄があっていた。

「それではぼくが出会った空間移動…いや、転移魔法の使い手も異世界召喚魔術が使えると言うことなんですか?」

「もちろん。ただし命が惜しくなかったら、と言う話じゃがな。ちなみにまだ覚醒しておらんが、いずれキミもその力に目覚めるじゃろうな」

「………!!」

 今日は兎に角、にわかには信じ難い驚く事ばかり聞かされる、と葵は思った。

「更に続けると、孔明殿は帰るべきしてこの世界に帰って来たと言うことじゃよ」

「どういうことですか?」

「キミはこの世界で生まれて死んだ後、地球に転生したのじゃよ。転生者は記憶を引き継ぐんじゃが、キミは何故か一切の記憶を失っておる」

「ぼくが、この世界からの転生者だと? ……まさか…」

「キミはクロノスのことを何一つ覚えておらんから、まあ、信じられんのも仕方ないのじゃが……。死にかけていたとはいえ、ロベスが何故キミを異世界召喚させたのか、考えてみたことはなかったのか?」

 それはあった…。

 何故自分がこの世界の救世主として召喚されたのか、それは今も抱いている謎だった。

「知っているなら教えてください。ぼくは何故、この世界に召喚されたのですか? ビルヘルム様、教えてください」

 葵は思い余ってビルヘルムに詰め寄っていた。

「葵、落ち着くのだ」

 アナスタシアが葵を抱きとめた。

 葵はこれまで目の前で消えて行った沢山の命の灯を思った。

 人を救うために召喚されたはずの自分が、助けられずにいる今の現状が、常に心のどこかに引っ掛かっていたのだ。

「救世主として召喚されたぼくは、未だに何一つ出来ていません。それはきっとぼくと言う存在をぼく自身が知らないからです。ですから教えて頂きたいのです。ぼくはいったい何者なんですか?」

 ビルヘルムは無言で葵を見つめていた。

 アナスタシアが動揺する葵をしっかりと抱きしめていた。

「よろしいでしょう。こちらへ来なされ」

 ビルヘルムはそう言うと転移魔法を発動した。

「皇帝陛下にマリー様もご同行くだされ」

 ニコラスは頷いてビルヘルムの後に従い、アナスタシアが葵を抱きとめたままその後に続いた。

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