第65話 空間移動魔法





 スルーズが前方の砂丘を上り切った時、敵の魔導師たちはかなり混乱していた。

 爆発の影響で砂丘の視界はかなり悪かったが、30.0の視力を持つスルーズの障害にはならなかった。

 離れた距離からでも目が開いていれば、スルーズは読心魔法が使えるようになっていた。

 魔導師たちは通信魔法で互いに交信していた。

(信じられない! 重力魔法があんなに簡単に解除されるなんて)

(なんだあの風魔法は! S級レベルなんて枠には収まらないぞ)

(シンクロ魔法か?)

(いや、あの中にシンクロのマナは持った者はいないぞ)

(魔法無効化ツールを放り投げた、あの黒い剣を持った者は怪しいんじゃないのか?)

(いや、ヤツからは魔法マナを一切感じない。たぶん根っからの剣士じゃないのか)

(そんなことより……バ、バルキュリアがそこにいるぞ!)

 感づかれたスルーズはすぐさま行動に出た。

 敵の一番後ろにいるのがシンクロ魔導師だ。フードを深く被っているので目を見る事が出来ない。つまり読心魔法は使えなかった。シンクロ魔法師の前には護衛の剣士達が二十名程いた。

(倒せばそれで済むことだ)

「抵抗する者は斬る! 刀を捨てれば命は取らない! 選べ!」

 スルーズの一喝に非力な魔導師は全ての武器と魔道具を投げ捨てた。

 戦闘を放棄した者には、少しだけ切った亜麻色の髪を張り付けながら、スルーズはシンクロ魔導師に進み寄った。

「お逃げ下さい! 防ぎます!」

 剣士達は密集陣形を組んでスルーズの行く手を阻んだ。

 スルーズは素早い動きで彼らと剣を交えるも、まるで阿修羅の如き三面六の姿を凌ぐ二十面四十の異形の陣形で、スルーズの猛攻を防いでいた。

(チッ、埒が明かない)

 それでも時間を掛けて攻撃を繰り返していくうちに、一人二人と倒れ、人数が少なくなると防ぎ切れなくなった兵士達は、陣形を保てずに総崩れとなった。

 連携を取れなくなった兵士達を駆逐するのは容易たやすかった。

 最後に残った五人を瞬殺して後を追いかけようとしたが、数人の魔導師を伴ったシンクロ魔法使いは、闇の中に姿を消していた。

 スルーズは目を擦ってもう一度凝視したが、暗闇に紛れたのではなく、本当に姿を消したのだと理解した。

(こんな魔法が存在するのか?)

 スルーズの知識にはなかった。

(姿を見えなくしただけなのか?)

 それとも本当に違う場所へ移動したと言うのだろうか。

(どうやって?)

 だがスルーには思い当たる事があった。

 三年前バルキュリーに落とされた重力魔法だ。

 あの時、バルキュリア殲滅のための十万人の軍隊と数百人の魔導師がいた。

 そうなのだ。それだけの大群が押し寄せていながら姉達は気づかずに圧殺されてしまったのだ。

 建物にいて視覚を使えなかったとしても、魔法マナなら感知できた筈だ。なのに姉達は何の行動を起こす事なく、黒い球体に押しつぶされてしまったのだ。

(と、すると……!)

 スルーズはとんでもない想像に行きついた。

(空間を移動して、いきなりバルキュリー村に現れた……)

 この世界だけの知識や概念なら決してその考え方には至らなかっだろう。

 葵の世界にある空想科学の記憶があればこそきつく思考だった。

(名付けるなら空間移動魔法とでも言うべきか)

 スルーズはシンクロ魔法師たちが消えた辺りを見つめたまま、突然現れるかもしれない敵に備えて、しばらく動けないでいた。



 スルーズとシンクロした葵は、スルーズの戦闘内容を余す所なく把握出来た。

 それと同時に新たなる脅威に備える必要性を痛感した。

 葵とスルーズが互いに見つめ合っていると、

「いつまでそれをやっている?」

 少しむくれた顔のアナスタシアが葵を睨んだ。

「マリ―、ゴメン。キミにも話しただろう、今シンクロして記憶の共有していたんだ」

「分かっているが、やはりそれでも面白くない!」

 スルーズの読心魔法は三人だけの秘密だったから、ルーシーやリンダ達には別室を与えて、葵とスルーズはアナスタシアが借りた部屋にいた。

 アナスタシアにはスルーズと共有した記憶の内容を克明に話した。

「つまり、敵にはシンクロ魔法師がいると言うのだな」

「はい」

 とスルーズが答えた。

「そしてそのシンクロの性質は葵のそれとは少し違うと言うのだな」

「はい。葵様は魔力マナを持たないシンクロなのに対して、相手は明らかに魔力マナにおけるシンクロ魔法でした。だけど、力そのものは葵様の方が遥かに強いです」

「魔法による攻撃があると言うのか? 魔法は攻撃を補佐する程度で、攻撃そのものが出来るわけではないと、魔導師長が常々言っていたが、その常識をくつがえしたという訳か」

「そうですね。シンクロ魔法は、ただシンクロするだけではなく、シンクロすることで威力を増幅させる魔法なんです。アナスタシア様もレビリアに置ける戦いで、ハモンド様が放った矢を葵様とシンクロした風魔法で、三キロ先のアトライカ城内に届ける事が出来ました。でも、葵様からすればあれはほんの少し力を使っただけに過ぎなかったのです」

「そのようだな」

 アナスタシアは溜息越しに葵を見た。

「本当にキミは、全てにおいて底知れぬ男だな」

 アナスタシアの言葉に苦笑いした後、葵は真顔になった。

「それより、その空間転移魔法はマリーも知らないんだね?」

「ああ、初耳だ。別の場所に移動できるそんな便利な魔法……にわかには信じ難い話だ」

「もしかしたらハルなら使えるかもしれませんよ」

 ハルのオールマイティな魔法能力から推測して、葵はそう思った。

 アナスタシアとスルーズは顔を見合わせて小さく頷いて見せた。



 スルーズがハモンド達をアナスタシアの部屋に連れてきた。

「わたしのような者が皇女様の傍に近付いてもいいのかい?」

 リンダが恐縮した顔で葵に聞いた。

「構わない」

 と笑って答えたのはアナスタシアだった。

「我が軍師孔明が認めた相手だ。わたしはキミに信を置く。わたしに仕えてくれるか?」

 リンダは顔を真っ赤にして床に膝を落とした。

「ハッ! ハイ! 皇女殿下のもったいない、おっおっ、お言葉に大変恐れ入ります。こっこっ、これからは皇女殿下に忠誠を以て、この命をしてでも御身をお守りすることを、ちっちっ、誓います」

 リンダのガチガチの挨拶に一同は声を出して笑った。

 バツが悪そうにみんなを見上げるリンダの肩にアナスタシアは手を置いた。

「そう硬くなるな。わたしが望むのは、わたしへの忠誠ではなく、隣り合った人達をいたわる心、いては多くの人を思いやる気持ちだ。人を憎まず愛して欲しいと言うことだ」

 アナスタシアを見上げるリンダの目が、憧れの眼差しへと変わるのを葵は見逃さなかった。

《これでまた一人、アナスタシア様の崇拝者が増えましたね》

〈そうみたいだね。それよりありがとうロゼ。アナスタシア様の傍に戻って来てくれて〉

《そんなことですか。わたしは葵様のことは愛しています。それとは別に、わたしもアナスタシア様の崇拝者ですから》

〈ありがとうロゼ。キミには負担ばかり掛けるね〉

 スルーズは小さく首を横に振り、ニコリとして見せた。


「それよりハル」

 と葵は大切な用件を思い出した。

 スルーズが取り逃がしたシンクロ魔導師の話を含めて、空間移動魔法について葵はハルに尋ねた。

「兄さんの言う空間魔法かどうかは分からないけど、こんなことなら出来ますよ」

 ハルはそう言うと、目の前の空間を左の掌で撫ぜる様、小さく円を描いた。

 するとそこに手鏡ほどの空間が出来た。

 空間を覗くと窓枠と外の景色が見えた。

 ハルは三メートルほど先の窓の傍にあるテーブルを指さした。

 どうやらそのテーブルから見た景色のようだ。

 ハルは近くにあったコップを右手に持つと、手鏡ほどの大きさのその空間に手を入れた。

 皆が息を飲む中、窓の傍のテーブルに、コップを持った右の手首だけが突如現れ、コップを置くとその手は引っ込んだ。

 ハルにみんなの視線が戻ったが、その右手にコップはなかった。

 そして、ハルはかざしていた左手を握ると、手鏡程の空間は消滅した。

「これくらいのことしか出来ませんが」

 ハルは苦笑を浮かべた。

「つまり、コップを三メートル先に空間移動させた、と言う訳だな」

 目を丸くしながらアナスタシアが尋ねると、ハルは照れたように頭を掻いた。

「ほんの少し前に、偶然ですが、この能力に気付いたばかりですから…まだあまり使い方が分からないんです」

「十分だよ、ハル」

 葵はハルの頭を撫ぜた。

「もう一度今の空間を作ってくれるかい?」

 ハルの肩に手を置いた葵に、彼は全てを察したらしく笑顔で頷いた。

「目的地はこの部屋の中でいい」

「分かりました」

 ハルは頷いて、作りだした空間は最初と同じく手鏡ほどの大きさだったが、葵が少しイメージを注ぐと、人一人が入れる空間に広がった。

 空間の先に見えるのは壁にかかった風景画だった。

 五メートルほど離れたベッドの隣りの掛かっている絵画と同じものだった。

「何が起こるか分からないから、ぼくが入るよ」

 葵がそう言うと、リンダが飛び出して来た。

「あんたは皇女殿下の大切な人だ。わたしが実験台に立つよ」

 止める間もなくリンダは空間に入っていった。

 手・体・足とリンダの体が空間に消えるに従って、絵画の前に同様の順番でリンダの体が出現した。

「大丈夫か?」

 アナスタシアが心配そうにリンダに駆け寄って体に触れた。

「勿体ないことです! 何ともありませんよ、皇女殿下」

「それなら良かった。無茶はしないでくれ」

 ホッとするアナスタシアに見つめられて、リンダの頬は更に紅色した。

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