第64話 ミラジオでの再会





 頭上に現れた重力魔法は、王立保養所の建物に出現したものより三倍程の大きさがあった。

 逃げる事は不可能だった。

 この状況はきっと王都の大鏡にも映し出されているだろう。

 葵はメラオライガーを抜くと、いかにも剣士らしく上段に構えて見せた。

 葵は覗かれているであろう王都の大鏡の死角を突く形で、風魔法のマナを持つメリッサとポーラの足を踏んでシンクロすると、リュックに仕舞っていた亜麻色の髪のカツラを宙空に投げた。

 メリッサとポーラは手筈通り黒い球体に向かって手をかざした。

 突然の上昇気流が発生した。メリッサ達とは初めてだが、上手くシンクロできた。

 突風に乗った亜麻色の髪はロケットのような勢いで黒い球体にめり込んだ。

 それは瞬間の出来事だった。

 まるで巨大なバルーンが破裂するように、黒い球体は大きな音を立てて飛散した。

 魔法封じの亜麻色の髪が、重力魔法である黒い球体を解体したのだった。

 スルーズは落ちて来る亜麻色の髪をキャッチすると、

「リンダは葵様を守って。メリッサ・ポーラ行くわよ」

 そう指示を出して走竜にまたがり前方の砂丘を目指した。

 そしてメリッサは左、ポーラは右へと、獲物を狩る狩人のよう、走竜と共に駆け出して行った。

「あんたの計算通り、上手く事が運んだな」

 リンダが言った。

「そうでもないさ」

 葵は三つの砂丘に囲まれた今立っている「死地」眺めた。

「最初から重力魔法で仕掛けてくることを念頭に入れていたから、この場所に引き込まれたと気付いた時は、流石に肝を冷やしたよ」

「どういうことだい?」

「ぼくらの世界の兵法では、ここは『死地』と言って飛び道具…つまり矢を持って仕留めるに適した地形なんだよ」

「要するに予定していた重力魔法の攻撃ではなく、矢を放たれると思ったんだね。この地形はあんたの思案の外にあったわけだ」

「その通りだ。スルーズにキミやメリッサ達の強者相手に武力で仕掛けて来るとは計算してなかったからね。だけどこの地形を利用すれば相手の方が有利な筈なのに、それを仕掛けて来なかったことが却って不気味だ」

「相手方も重力魔法を落とすことしか念頭になかったんじゃないのかい? まぁ、結果的に思惑通り運んだことだし、いいんじゃないの」

「言ってくれるよね、キミは」

 能天気なリンダに葵は苦笑するしかなかった。

《葵様の疑問にお答えいたしますわ》

 スルーズだ。

《敵の殆どは魔導師でした。シンクロ魔導師を護衛する二十名程の剣士しかいませんでした》

〈つまり、リンダが言ったように重力魔法を落とすことしか考えていなかったわけだね〉

《そう言うことです》

 とは言え、今は戦闘中の筈だ。

〈ロゼ、今話しても大丈夫なのか?〉

《はい。抵抗する者は斬りましたが、従う魔導師には魔法無効化ツールを装張り付けて、逃がしたやりました》

〈シンクロ魔法師はどうした?〉

《とても重要なお人のようですね。体を張った敵兵の攻撃に合い、取り逃がしてしまいました。申し訳ありませんでした》

〈キミががしたぐらいだから、その人物を守る兵の士気は相当高かったんだろうな。兵士達をそこまで駆り立てるその人を一目見たかったものだな〉

《きっと近いうちにまた、戦場であいまみえるでしょう》

〈剣ではなく、ティカップを鳴らして、テーブルで向かい合いたいものだ〉

《そんな日が訪れることを願いたいですね。それよりも、先程の戦闘についてお話したいことがございます。後程よろしいでしょうか》

〈分かった〉

 大切な用件だと葵は悟った。

 そこへメリッサとポーラが戻って来た。

「殲滅したよ」

 楽し気なメリッサの言葉に葵は溜息を吐いたが、責めはしなかった。

 バルキュリアは基本好戦的なのだから、こうなることは最初から分かっていたのだ。

 葵はスルーズが戻るのを待って、再び帰路を急いだ。

 リンダの話では重力マナを持つ者は二十人いたが、そのうち十七人のマナが感知できなくなっていると言う。死亡したか魔力無力化ツールである亜麻色の髪を張り付けられたと言う訳だ。

 つまり三人は逃げおおせたという事だ。

「三人の重力魔法使いにシンクロ魔導師がいるだけで十分な脅威だよ。頭上からアレが落ちてくると思うだけで、宿を取ってもおちおち眠れやしないよ」

 その夜は走竜に休憩を与えながら、眠らずの逃避行となった。

 翌日の昼過ぎに、葵達一行はミラジオに到着した。

「へぇー。人がゴミのようにウジャウジャいるよ」

 リンダが物珍しそうにあちこち見回した。

「もしかして、ルマンダ以外の都市には行ったことないのかい?」

「馬鹿にするな。王都にしばらく住んでいたんだぞ。でもな、王都にはミラジオ程の活気はない。いや、今のルマンダ程にも活気は感じないよ。もっともルマンダに活気を与えてくれたのはあんたなんだけどな」

「ぼくはただ、力になりたかっただけなんだ…」

 暴漢に襲われて無念な最期を遂げたエミールの事を思い出した。

 彼女の生まれ育った町を少しでもいい方向に変えられたら、優しいエミールならきっと喜んでくれるに違いなかった。

 葵を突き動かしたのはそんな思いからだった。

《きっと喜んでくれていますよ、エミールさんは》

〈ありがとう、ロゼ〉

 この世界に来て大切な人が随分増えたものだと、葵は感慨深く思った。


【兄さん、聞こえますか?】

 活気ある朝の市場を歩いていると、突然ハルの声がした。

〈ああ、聞こえているよ〉

【今何処にいますか?】

〈ゲルマン王国領ミラジオだよ〉

【本当?!】

 珍しくハルが上ずった声を上げた。

【一昨日兄さんの帰還の連絡を受けて、ぼく達も今、ミラジオにいるんだよ】

 葵の胸が急に高鳴った。

〈ぼく達…?〉

【はい。ルーシーさんとハモンドさんがいます。そして皇女殿下も】

〈………!〉

 葵は声に出したいその名前をグッと飲み込んだ。

〈今、何処いるんだい?〉

【噴水広場です。分かりますか?】

〈ああ、大丈夫だ〉

 ミラジオに入って初めての買い物でトマトを買った場所だ。

「みんな済まない。用事があるから後で落ち合おう」

「おい。待ち合わせ場所とか時間はどうするんだよ」

 リンダが食らいつく。

「スルーズに言付けてあるから大丈夫だ」

〈ロゼ済まない。後で連絡するから〉

《分かりました。アナスタシア様によろしくお伝えください》

〈ロゼ。本当にゴメン〉

 葵はスルーズ達に背中を向けて駆け出した。


 噴水広場に出た。

 沢山の露店が所狭しと軒を連ねていた。活気はあるが、相変わらず物価は高かった。

 三十分くらい探し回った挙句、場違いにも真っ赤なドレスに青いフリースジャケットを羽織った黒髪の女性の後姿を見止めた。

「マリ―!」

 葵が大声を上げると、アナスタシアが笑顔で振り返った。

「葵!」

 葵が走るとアナスタシアも駆けだした。

 どちらも飛び付かんばかりの勢いで駆け出したものの、射程に入ると、共に立ち止まり見つめ合った。

 胸の中のほとばしる思いをどのように表現していいのか分からなかった。

 きっとアナスタシアも同じ思いを抱いたに違いない。

「ハルに連絡したのは一昨日ですよ。帝都からだと、ルクルト―ルですら走竜を飛ばしても五日は掛かる道のりを、どうやって二日で来られたんですか?」

「三日前に視察と称してルクルト―ルに入っていたのだ。そろそろキミが会いに来てくれる思ったのでな」

 アナスタシアの目が潤んでいた。

 真っ直ぐに見つめるアナスタシアのひた向きな眼差しに触れていると、今まで抱く事のなかった男としての衝動が、葵の心に芽生えた。

 葵はアナスタシアに口づけた後、柔らかいその体を強く抱きしめた。

「会いたかったよ。マリー」

「わたしもだ。でも…少し痛いわ」

「あっ、ごめんなさい」

 慌てて体を離すと少女の顔で見上げるアナスタシアがいた。

「でも、嬉しい。キミのわたしへの想いの強さが分かる…」

 そう言った後、アナスタシアは伸びをして葵に唇を重ねた。

 抱き合う葵とアナスタシアに、スルーズが葵の背後より近づき、アナスタシアの後ろからはハモンドとルーシーそしてハルが姿を見せた。

 久しぶりの揃い組であった。

 加えて初顔のリンダとメリッサ・ポーラが後からその中に加わった。 

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