第6話 サダムの刺客




 今まで名無しだった異世界の道具が置かれているログハウスは、『ジャパン』と名付けられた。

 名付け親は葵だ。

 ジャパンの異世界道具の中には体力・筋力に自信のない、葵にピッタリのアイテムがあった。

 パワードスーツである。

 しかも、一般に使われる軽作業用ではなく軍隊で使用される全身用強化アシストタイプだった。

 しかもソーラ電源なので、壊れない限り半永久的に電源を気にせず使える優れものだ。


 

 武器や護身用具も見つかった。

 充電式の強力なスタンガンが大きな段ボールで見つかった。

 どこかの軍隊の倉庫にでもあったのだろう、ピストル十丁と沢山たくさんの弾丸がそれぞれに木箱の中から見つかった。 

 それを扱った事のない葵だが、試し射ちをして、使い方と殺傷力は検証できた。



「パワードスーツとピストル一丁は孔明が使ってくれ。キミには無事でいて欲しいから」

 シャルルは森に隠れるシャルルの仲間全員を広場に集め、それぞれに武器と護身用具を手渡した。

(ロベスは、これらの道具の必要性を理解していたんだろうか?)

 偶然とは思えない。

 葵のいた異世界の知識がない限り、それを選ぶ事など出来ないはずだ。

 あるいは、この世界の神と呼ばれる何者かの意図があったのだろうか。

 ミシェールの父・ロベスが葵の世界から持ち出した道具は、大体だいたいにおいてこの世界でも役に立つものばかりだった。

 武器にしても、ピストルだけではなく、一つだけだがロケットランチャーと弾頭も見つかった。

 護身用具としては、スタンガンが一番大きな段ボール箱から出てきた。



 シャルルの仲間は総勢百人足らず。

 男女差は半々。

 年も若く、アラサー以下の若者しかいなかった。

 異世界の武器が全員に行き渡る事は出来なかったが、ピストルは戦闘弱者に配分された。

 それでも、護身用具のスタンガンが全員に行き渡ったのは大きな成果だと言えるだろう。

 


 全員が集められて気付いたのは、この世界の人々の髪と目の色が、淡色だという事だ。

 ミシェールのような亜麻色の髪の他に、多いのが金髪だった。

 シャルルのような銀髪も少なからずいた。

 瞳の色も、青や緑。黄色っぽい者もいた。

 しかし、葵のような黒髪に黒い瞳を持つ者は一人もいなかった。

「軍師殿はとても尊いお方と同じでございます」

 その中では年配にあたる三十歳くらいの男がそう言った。兵長のゴメス・ザーランドだ。

「自分は帝都で皇帝陛下を、遠くからですがお伺いしたことがございます。皇族方の黒い瞳と黒い髪は軍師殿のそれと全く同じでございました」

 その男の声に集まった一同は「おおっー」とどよめいたが、葵はいつもの涼し気な笑みを見せた。

「ぼくは高貴なお方とは無縁の一般人です。マイストールにも、探せばぼく以外にも黒髪の持ち主はいるんでしょ?」

 だが、誰ひとり首を縦に振る者はいなかった。

「孔明様」

 ミシェールが傍で囁いた。

「あなた様の外見はとても目立ちます。ですから刺客など、身辺にはくれぐれも用心ください。わたし達も警護には最善をお尽くしいたしますが」

「ありがとう、ミシェール」

 葵がそう言うと、ミシェールはふいに顔を曇らせた。

「どうかしたのかい?」

「孔明様。あなた様には、過大なご迷惑をお掛けいたしました。本当に申し訳ありません」

 ミシェールは申し訳なさそうに頭を下げた。

「わたしは父を失っただけでこれほど悲しいのに、わたし達の勝手な都合によって、孔明様は今までいらした世界の、全ての方と引き離されてしまったのです。そのお心の内を思うと、わたしはとてもたまれません。お詫びを申し上げたぐらいで許されるものではありませんが…わたしはどのような償いでも…」

「ミシェール。いいんだよ」

 と葵はミシェールの言葉をさえぎった。

「ぼくは、今まで住んでいた世界には何の未練もないんだよ」

「そうはおっしゃって頂いても…」

「本当のことなんだよ。だからミシェールは気にしなくていい。あちらの世界は、ぼくが必要とされる世界ではなかったんだから」

「……孔明様」

「だから、こちらの世界がぼくを必要だと言ってくれるのなら、ぼくはこの世界の住人であろうと思う。それだけだよ」

 葵は涼しい目をミシェルに向けた。

「孔明様……ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、わたしは救われた気分になります……」

 考えてみれば確かに理不尽な事だと思う。

 だが葵は、それを不快とも感じなかった。

 あちらの世界では、自身に将来でありながら、親戚縁者たちによって全て決められていた。

 両親の残した資産管理にも、葵は立ち会えなかった。

 だから今回のように、葵を勝手に召喚した事に対しても、別段違和感を持たなかったのだ。


「孔明、わたしからも謝りたい。勝手に召喚させたこと、すまなかった」

 シャルルもそう言って頭を下げた。

「分かりました。それよりも……」

 と葵は訓練や軍備にいそしんでいる彼らの様子に、緊張を感じ取っていた。

「マイストールへの進攻は近いんですか?」

「ああ。間もなくだ。戦術は全て孔明に任せる。明日ぐらいから軍議を始めたいと思うが、いいだろうか」

「全て任せる言われても、ぼくはまだこの世界の事を知らなさ過ぎます。せめてマイストールの事だけでも詳しく知りたいのです。特に、相手の策士についてです。あの夜は相手がぼくの力量を知らなかったから上手くいったのですが、相手の策士はかなりの切れ者だと思いますよ」

 ミシェールがクスッと笑った。

「大丈夫ですよ、孔明様」

 シャルルも白い歯を見せた。

「覚えているかな? あの夜の南の城門で、ドボルジュが一人だけ射殺した敵がいた事を」

 なる程、と葵も笑みを見せた。

「彼が策士だったんですね」

「魔導師長のサダムだ。ロベスの仇でもあったしな。ただでは帰れないからな」

 シャルルはミシェールを見つめて頷いた。




 葵は自分のログハウスに戻っていた。

 そして昼間にシャルルから聞いた都市マイストールとマイストール領内の話を思い返していた。

 マイストール領は従来マイストール男爵家が治めていた地方都市・マイストールと七つの町村からなる自然豊かなロマノフ帝国最南端の領土という事だ。

 七つの町村は騎士(ナイト)と呼ばれる世襲権を持たない準貴族がおさを務めていた。

 だが、その七人の騎士はゴーランドのクーデターの折りシャルルを支持したため、土地と騎士号をはく奪されたのだった。

 ランドやドボルジュなどがそうだ。


 クーデターから三年。

 それぞれの町村は表面的にはゴーランドに従っているが、陰ではシャルル達に何かと便宜を図っているようだ。

 ここシュバルツの森にシャルル達の拠点がある事は、どの町村の子供でも知っている。

 だが、内通する者がいないから、今日まで無事に過ごせているのだ。

 マイストールのゴーランド直属の兵は二百人。

 一方シャルルと共にシュバルツの森に潜むものは九十七人だが、戦士は三十人に満たない。

 それでもシャルルは、

「いざとなったら町村の男たちが挙兵してくれる。その数ざっと三百人」

 と豪語できる理由はそこにあった。

「出来れば戦いは避けたいな」

 葵の本音だった。

 実際の戦いを知らない事もあったし、怖いと思わない事もなかったが、何よりも内戦は失うものがあっても、得るものがないという事だ。

「ゴーランドだけを排除できれば最善なんだが…」

 葵はベッドに横たわりながら一人呟いていた。 

 すると、

「そんな上手い手立てがあるとお思いですか?」

 何処からか女の声がした。

「異世界から召喚されたお方ですね」

 と開けてあった窓から何者かが飛び込んで来た。

 窓の外は足場もなく二十メートル程の高さがあった筈だ。

「お初にお目にかかります。スルーズと申します」

 葵の目前に桜色のセミロングの髪をなびかせた、長身の若い女が立っていた。

 右手に刃渡り二十センチほどのナイフを持っている。

 スルーズと名乗った女は薄っすらと口元に笑みを浮かべた。

(きれいな人だな)

 これから自分の身に何が起きるのか分からない葵ではなかったが、真っ先に感じたのがそれだった。

 落ち着き払った葵の態度に、スルーズの方が少し顔色を変えた。

 身構えて、左右を警戒し始めた。

「誰もいないよ」

 葵が言うとスルーズは素早い動きで、葵の手を掴み、喉に刃物を押し当てた。

「どうして、そんなに落ち着いていられるのですか? あなたはこれから自分がどうなるのか理解できないのですか?」

「キミは、ぼくを殺しに来たゴーランドの刺客なんだろ?」

 スルーズは葵の目を覗き込んだ。

 髪の色と同じ、桜色の瞳をしていた。

 少し怒色が見えた。

「あなたには恐怖という物が感じられない。何故です?」

 罠でもあるのかと警戒しているようだ。

「罠もないよ」

「怖くないのですか?」

 葵は少し考えて、

「見えない未来を生きる方がよっぽど怖い。今死ねば、生きて行く面倒から逃避できる。何よりも、この先に待ち受けている運命に怯えなくてすむからね」

 あの日、母の体を貫通したナイフの先からほとばしる鮮血を顔面に浴びた時から、いつか自分もこんな最期を迎えるのではないかという予感があった。

 その日がついに来たのだと思った。

 スルーズは荒っぽく葵をベッドの上に押し倒した。

 喉にはナイフを押し当てたままである。

「あなたの心を覗けば分かることです」

 女の桜色の瞳が白く光った気がした。


 その瞬間だった。 

 ふと、何者かの思念が葵の意識の中に入ってきた。

(なんだこれは?)

 泣いている自分がいた。

 幼き頃の記憶のようだ。

 だけど……。

(この記憶は……ぼくの記憶じゃない…)

 覆いかぶさるスルーズを見上げた。

 スルーズの顔が強張っていた。体も震えていた。

 続いて、葵の幼い頃からの記憶が、走馬灯のように駆け巡った。

 それと同時に…というよりシンクロするような感覚で、葵とスルーズの記憶が入り乱れ、葵の意識を二つに分断した。

 強い目眩めまいを感じた。

 意識が薄れてきた。


「……なんなのよ……これ……」

 葵だけでなくスルーズも同じ状態に陥っているようだった。

 スルーズが葵の体の上に倒れ込んだ後、葵も意識を失った。

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