第5話 シュバルツの森
甲高い鳥のさえずりで、葵は目が覚めた。
(ここは……?)
ログハウスの建物の中にいた。
葵は大きさが八畳ほどしかない四角い部屋の、ベッドの上に横たわっていた。
ガラス窓が二つに、木造のドア。三段ボックスが一つあるだけだった。
(異世界召喚されたんだったな)
葵はベッドから起きると、リュックを背負ってドアを開けた。
目の前は木々に覆われていた。
どうやら深い森の中にいるようだ。
葵が今いるログハウスは太く大きな木の上に作られていた。
見上げると太陽らしき恒星が、目も開けられないくらい輝いていた。
雲の流れがあり、風が吹いている。
遠くに白く尖った山脈が見えた。
(見たことある風景ではないけど、見知らぬ景色とも言えないな)
地球という惑星の何処にでもありそうな景色だった。
周囲をよく観察すると、葵のいるログハウス同様の建物が、
「孔明! 目が覚めたのか!」
足元で声がした。
見下ろすと、木の下でシャルルとミシェールがこちらを見上げていた。
「見せたいものがあるんだ。ちょっと降りてきてくれないか」
「分かりました。今から窺います」
この世界について葵なりに検証したい事もあったが、それは追い追い考えるとして、取り敢えず当面の出来事から着手しようと思った。
葵は危な気な足取りで
そんな葵の様子を見ていたミシェールがクスクスと笑った。
「お早うございます。孔明様」
「お早うございます」
と一応の礼儀を済ませた後、
「見せたいものとは何ですか?」
とシャルルに尋ねた。
「こっちに来てくれ」
シャルルが先に歩き始めた。
森の樹木はいずれも太く大きいものだった。
木々の間隔は広く、ちょっとした広場のようになっている所もあった。
日の差し込む森の中は明るかった。
「この森には魔物とかはいないのかい?」
隣を歩くミシェールに尋ねた。
「
「ああ、いや、いいんだ。尋ねてみただけだから」
(どうやらこの世界に魔物は存在しないようだ)
「オオカミとか、大熊とかのことですか?」
「ああ、そういうのはいるんだね。ぼくが知りたかったのは、たぶんそれだと思うよ。ありがとう」
(問題なのはこの世界の人間の能力だな)
攻撃には使われないとミシェールは言っていたが、魔法という物がこの世界にどれくらいの影響を与えているのか、葵にはまだ図り兼ねていた。
シャルルに連れて行かれた場所は、二つの大木の間の、大地に建てられたログハウスだった。
葵のいたログハウスの数倍の広さがあった。
中に入ると、床の上には雑然と物が置かれていた。
と、葵の目が留まった。
(ここにあるものは、ぼくの世界のものだ)
パソコンやCDプレーヤーや自転車さえあった。
葵はミシェールを見た。
「もしかして、これはキミのお父さんがぼくのいた世界から取り出したものかい?」
「詳しくはお父様しか分かりませんが、恐らくそうだと思います」
とミシェールが言った。
「異世界から物を取り出せるのも、異世界召喚できる教会の祭壇がなければ出来ないのです」
ミシェールの言葉に、葵は大体の事を理解した。
「つまり、いつも危険を冒してマイストールの教会で、マイストール奪還に役立てる異世界の道具を探していたんだね。昨日も本当はそのつもりだったんだろ?」
「はい。でも、兵の待ち伏せに合ってお父様は致命傷を負わされてしまって……それで仕方なく、命と引き換えの異世界召喚術で孔明様を召喚したのです」
「それより、お父上の葬儀の準備は大丈夫なのかい?」
葵が聞くと、ミシェールは苦笑ともつかない笑みを浮かべた。
「埋葬も全て滞りなく終わりましたわ」
「えっ? もう?」
「だって、孔明様は昨日だと思っているみたいですけど、あなた様は三日間眠り続けていたんですよ」
さすがにそれには葵も驚いた。
「仕方ありませんわ。召喚術は施された方にも過大な負荷が掛かるものです。それだけ孔明様はお疲れになっていたのでしょう」
「ところで孔明。ここにあるものだが……」
とシャルルは目の前に散乱している葵の世界の製品を指さした。
「これはキミの世界の道具なんだろう? この世界で使えるものはないだろうか」
さらりと見渡した限り電気や燃料がないと動かない物ばかりだった。
葵はその中からUSBメモリー対応のポータブルCDプレーヤーを取り出した。
CDプレーヤーに電池が入っているのを確認すると、葵はリュックの中のUSBメモリーを取り出してプレーヤーに差し込んだ。
電源を入れると、葵のお気に入りのクラッシックが部屋一杯に流れた。
最初たじろいだ様子を見せたシャルルとミシェールだったが、ピアノとバイオリンとフルートのアンサンブルに、ミシェールが反応を示した。
「素晴らしい……なんて素晴らしい音色なの。初めてだわ……こんな素敵な音楽を聴いたのは……」
ポロポロと涙を
バッハのG線上のアリアの美しくも悲しいバイオリンとピアノの調べに、
「お父様……」
ミシェールは両手で顔を覆って泣き崩れた。
一通り聞き終えた後、葵はプレーヤーの電源を切った。
「孔明様、ありがとうございました。なんだか、胸の中に支えていた物がスッキリいたしました」
ミシェールの隣りにシャルルが寄り添った。
「キミは気丈過ぎる。泣きたいのをずっと我慢していたのだろ? 辛い時は泣いてもいいのだぞ」
「はい。ありがとうございます、シャルル様」
ところで孔明様、とミシェールが葵を見た。
「その道具わたしがお借りしてよろしいですか?」
「このUSBメモリーのことかい?」
「ええ。これはUSBメモリーって言うんですね」
「そうだよ。ちなみに音楽を奏でていたこの道具がCDプレーヤー」
葵はUSBメモリーをミシェールに手渡した後、CDプレーヤーの使い方を教えた。
CDプレーヤーとUSBメモリーをを見ていて葵は思った。
(まるで魔導師と魔道具の関係だな)
魔道具があっても魔導師がいなければ術は発動しないし、その逆も
魔導師には魔力という非科学的効力が備わっていて、彼らの持つ魔力と波長の合った魔道具だけが、その能力を発揮出来るようだ。
その辺りは葵も理解した。
それでも、
(まだまだ、分からないことだらけだな)
という思いとは別に、葵の探求心はくすぐられた。
「あの、孔明様」
ミシェールが聞いた。
「何だい?」
「孔明様の魔法についてですが、孔明様はシンクロ魔法のスキルをお持ちだと思います」
「シンクロ魔法?」
「シンクロ魔法は特定の固有能力ではなく、わたしが手鏡を使って透視魔法を使った時、孔明様はわたしとシンクロして能力を共有することが出来ました。つまり、能力者と接するだけで同じ能力を共有してしまうのです」
「だけど、傍に魔道具を持った魔導師がいないとぼくは力を出すことが出来ない」
ええ、とミシェールは苦笑した。
「ですが孔明様は、魔力とは別の能力をお持ちではありませんか」
「別の能力?」
「あの夜の采配御見事でした。孔明様は軍を統率・指揮する天分に恵まれているように思います」
「わたしもそう思う」
とシャルルが割って入った。
「孔明。きっとキミは、我々の軍師として活躍するためクロノスに召喚されたのではないだろうか?」
「まさか。ぼくにはそんな能力はありません」
笑ってそう答えた葵だが、無意識とはいえ、諸葛亮孔明を名乗ったのもある意味宿命ではないかと思えた。
生まれ育ったあちらの世界には未練などなかった。
この命に対する執着も
ならば、穏やかでないこの世界に身を投じ、自分の天分を発揮するのも、
「孔明。わたしシャルル・ロイ・マイストール男爵は、先祖代々・地方都市マイストールの城主だったが、父の腹心のゴーランドの策謀にはまり、両親と男爵位とそしてマイストールを奪われた。一緒に逃げた本来の後継者である兄は、半年前にマイストール郊外で暗殺され、今はわずかな手勢とともに、このシュバルツ森に身をひそめて再起を図っている次第だ」
そう言ってシャルルは手を差し伸べた。
「軍師としてわたしを助けてはくれないか。お願いだ」
葵の心に、これまで感じた事のない思いが込み上げていた。
こんなに熱い思いを自分にぶつけてきた人間が、今までいただろうか。
誰かに頼られた事も、そして誰かの力になろうと思った事も、葵には初めての事だった。
「よろしいでしょう」
葵はその手を握った。
「この孔明、微力ながらシャルル様に尽力いたしましょう」
葵の言葉に、シャルルはミシェールと目を合わせ、喜色を見せて何度も頷いた。
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