第4話 マイストールからの脱出 後編
考え込んでしまったシャルルとミシェールを見かねて、
「後二つほどお聞きします」
と葵は尋ねた。
「ミシェールのその能力を相手方は知っているのですか?」
「ああ。召喚士として有名なロベスの娘だからな。その能力は周知の事実だ」
「それでは、もう一つ。相手方がミシェールの能力を知った上で、逆に利用できる魔力は存在しますか?」
ミシェールはしばらく考えて「あっ」と声を上げた。
「魔導師長のサダムがただ一人、分身魔法を使えます。だけど分身魔法はもとになった人間と全く同じ動きをし、身に着けている物も同じですから……」
ミシェールは手鏡を指さしながら説明した。
「これは現在の正門の様子ですが、見て分かるように、兵士達はそれぞれ違う動きをしています。身に着けている甲冑も様々です。ですからこれは分身ではありません」
「なる程ね」
(ここはじっくり検証していこう)
何となくではあるが、疑問が解けた気がした。
「ところで、分身魔法って、一度に百人分の分身って作れるかい?」
「百人の分身は……!! あっ!! で、出来ます!!」
ミシェルの声が上ずった。
(何かピンと来たみたいだな)
やはりこの娘は感がいい、と葵は思った。
ミシェールは四ヵ所の城門を順番に手鏡に映して、何度も確認した後、小さく溜息をついた。
「やっぱり……。同じ人たちだわ」
「気づいたみたいだね」
「はい」
ミシェールは大きく頷いた。
「四つの城門の兵をそれぞれ一つのグループとして観察したら、四つのグループ全体の動きは、全く同じものだと気づきました。つまり、四つのグループの一つがオリジナルで、後の三つは分身魔法ということですね」
葵はミシェールの頭の回転の良さにニコリとした。
「ぼくはそう推察したんだが、実際のところ、こういう魔法って存在するんだろうか?」
「存在します」
とミシェールは自信あり気に言った。
「複合魔法です」
「複合魔法?」
「そうです。たぶん、遠隔魔法に分身魔法が使われています。百人の分身には魔法陣も用いらないといけませんが、サダムなら難しいことはないでしょう」
ミシェールは手鏡を見つめた。
「わたしがこの手鏡で城門の様子を見られることを、サダムは逆に利用したんですね」
「そのようだね。ぼくの推測は合っているかな?」
葵の言葉にミシェルは初めて笑顔を向けてくれた。
「間違いありません。この世界のことを知らない孔明様が、よくここまで解明されましたね。驚きました」
「ということは」
とシャルルが身を乗り出した。
「一か所を除けば、三ヵ所の城門は手薄ということだ」
「シャルル様、お待ちください」
とミシェールが諫めるように言った。
「実体のない分身には攻撃能力はありません。ですが、どれが分身かは触れてみないと分かりませんから、迂闊に踏み込めないのも事実です」
「そうだな。1/4の確立とは言え、オリジナルに当たったら戦力差は二十倍だからな」
シャルルとミシェールは肩を落とした。
「孔明様。分身を見分ける方法はないでしょうか?」
ミシェールが
「いや、多分もう見分けは付いていると思います」
「本当か?」
シャルルが身を乗り出した。
葵はシャルルに頷き、ミシェールの手に触れたまま手鏡を覗き込んだ。
「かがり火の影です」
「かがり火の影?」
手鏡を覗けないシャルルは怪訝な顔をしたが、ミシェールの顔がパッと咲いた。
「孔明様、分かりました。兵士たちのかがり火の影がありません」
「気が付いたかい?」
「ええ。これだとたぶん、南の城門の兵がオリジナルです」
「どういうことだ?」
苛立ち気味のシャルル。
「影ですよ」
と葵は繰り返した。
「分身には実態がありません。だから、影がないのです。かがり火の影があるのが本物で、影がないのが分身ということです」
「成程。そういうことか」
シャルルも納得した。
「それじゃ南門以外を目指せばいいというわけだな」
「待ってください。もう一つ問題があります」
と葵が言った。
「まだあるのか?」
「探索の兵がいないということです。ぼくはこの世界の用兵の常道を知りませんが、さっきあなたは
シャルルはミシェ―ルと顔を見合わせた。
「シャルル様はぼくを召喚した後、この街からの脱出を念頭に動いていますよね」
「ああ」
「敵もそのことは知っていますか?」
「はい」
ミシェールが頷いた。
「お父様が瀕死なのは相手も知っています。だから、命と引き換えの異世界召喚魔法を使うことは、予測の
シーツに
葵はシャルルに目を向けた。
「シャルル様がどこかの門に現れることが間違いない以上、待ち伏せは必至です。南門には百人の兵が詰めていることは分かりました。それでは、分身兵を置いてある他の城門は、無人、
「つまり、何処かに兵を伏していると言いたいのだな」
「はい。おそらくは城門の外に伏兵を置いていると思います」
「何故そんな回りくどいことをするのだ? それなら最初から分身魔法なんて必要ないではないか」
「用兵は虚々実々の駆け引きです。分身魔法というトラップを看破されることは計算の上で、こちら側の油断を誘うのが目的なんでしょう。最初から手薄の城門を見せられたら、それこそ『何か罠がある』と思われますからね」
「成程。だが、伏兵が何故城門の外だと分かるのだ?」
「暗所はミシェールの手鏡の死角だからです。光源のある所は問題ないのですが、暗所に入ると何も映らないのです」
「お気づきでしたか。さすが孔明様」
とミシェールは顔をしかめた。
「おっしゃる通りです。城郭の外の闇では全く使い物にはなりません」
「相手はそこまで知っていたのか。……では、どうすればいい?」
「南の城門を突破すればいいでしょう」
「なにっ!!」
葵の言葉に、シャルルは身を乗り出した。
「百人だぞ!! 南の城門には百人いることがハッキリしているのだぞ!!」
「ええ、分かっています。だからこそ、そこに隙があるんです」
「分かりましたわ、孔明様」
とミシェールが言った。
「南の城門には伏兵はいないということですよね。百人の兵を配備しているところへのノコノコやってくる物好きはいませんものね」
「そうだよ、ミシェール。逆に言えば、こちらは伏兵を気にせず、見えている兵のみ対処すればいい。どこかに伏している兵を気にしなくて済む分、ずいぶん気楽に戦えるからね」
葵は背中のリュックを下ろした。
(これも一緒に召喚されて助かったな)
リュックの中からアルミ缶を取り出した。
中身は自作のOCガスだ。
OCガスとは、チリペッパーから抽出されたバルサム唐辛子と化学薬品の液体を混合した、
遊びで作ったガスだが、一ダースのスプレー缶に薄めて桐葉にでも上げようと思っていた、濃厚な原液だ。
通常の催涙ガスの十倍以上の威力があるはずだ。
「これは一時的ですが、相手の三半規管を刺激して、動けなくする武器です」
(武器というのは大袈裟かな?)
とも思ったが、まだよくは分からないが、葵の感じる所のクロノスの世界観を考慮すれば、的確な表現だと思った。
「ぼくに策があります。聞いてもらえますか?」
葵の言葉にシャルルは頷いた。
葵たちを乗せた馬車は南の城門に向かって疾走していた。
強くはないが風は西から東に吹いている。
城壁に沿って東西に延びた道路を、馬車は東から西へと、逆風になる形で南の城門を目指していた。
かがり火が見えた。
多数の兵がいた。
「
手綱
「馬車が来たぞ! 奴らだ!」
「止まれ! 止まるんだ!」
敵兵を突破した。
「逃がすな! 追え!」
敵兵がこちらに集中したその時、OCガスを
ビュン
風を切る矢の音がした次の瞬間、先頭の敵兵の足元で小さな金属音がした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
追いかけていた先頭集団がうずくまり、続いて中軍、そして最後尾にあたる城門の兵に至るまで、次々と地面に倒れ伏した。
どうやらうまい具合に風に乗って、全軍に降り掛かったようだ。
雄叫びとも悲鳴ともつかない
馬車を止めて、OCガスが抜ける数分だけ待った。
「よし、今だ」
シャルルの合図で、南門へと反転した。
うずくまる兵たちを横目に、シャルルとドボルジュが馬車を下りて門を開くと、ランドが馬に鞭を打った。
動き出す馬車にシャルルが乗り込んだ。
ドボルジュは倒れている指揮官らしき敵を矢で射貫くと、シャルルが差し出した手を借りて馬車に飛び乗った。
「成功だ!」
シャルルは歓喜の声を上げた。
だが、その隣りで涙するミシェールに気付くと、視線を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます