第3話 希望とエゴと動物と

ウサギを飼っている。

近所の友達がペットショップを運営しており、そのつてでこんないい子がいっぱいいるんだよって見せてくれた。一つのゲージには2、3羽いて黒だったり、白だったり、茶色だったりの色を絵の具でかき混ぜたのを途中でやめたのか、交じっているところと原色のところがあった。

「お前ならこの子がいんじゃないかな。」

 そういって両手で抱えて渡してくれた。犬や猫と全く違う。毛が柔らかで両手にすっぽり収まってしまう。

 その頃、勉強や自分が今後何をやっていきたいのか分からないし、一つ取り組んでみてもなかなか長く続かない。大学生を卒業した後に自分は何になりたいのか。何者にも慣れないんじゃないかとそう思っていた。

 その時にこの子に出会って、一つの命に対して責任を持つ。それによって何か買われるんじゃないかと少し思ってしまった。人間のただのエゴかもしれない。

 何日か迷ったものの僕はどうしてもあの子のことが忘れられなくて、いてもたってもいられなくなって、再度友達のところに行った。

「まだいた!」

1回しか見ていないそのこの毛並み、色、瞳、顔の骨格、すべてを覚えていた。そのまま僕はその子を持ち帰った。牧草をひいてかごの中に入れて持ち帰った。

 なんの相談もせずに持ち帰ったため、こっぴどく叱られてしまった。そうだ、なぜ相談しなかったのだろう。一つの命だ。それをあずかるってことは一人で簡単にできるものではない。まだ大学生でアルバイトや学校、そして今後就職した際には、転勤などもするかもしれない。なぜ安易に僕は飼うことを決めてしまったのだろうかと、強く反省した。お店へ返すことも考えた。

 買ってきたゲージは段ボール箱に詰められたままだった。

 初日、その子もまだ慣れずに入ってきたかごの中で小さく歩く程度だったけれど、2日目にはかごから出てきて、小さな体で僕や家族の手を興味ありげに鼻で突っついたり、走り回って、「そっちはだめ」と母親がかわいがっていた。僕がアルバイトから帰ってきたとき、玄関には段ボールの空箱がおかれていた。

 

 そのうち、みるみる大きくなっていき両手に収まる大きさではなくなった。冬にゲージを開けて、その前で寝転んでいると暖をとるためか、僕が上向けで寝転んでいたお腹の上にジャンプして飛び乗っては、くつろいできた。

 その子を迎えてから1年。避妊手術を受けることにした。女の子のウサギは年を取るごとに子宮にかかわる病気を患う可能性が非常に高くなる。

 人間にとって考えてみても、男、女という性別が付かない状態。そういう状態になるということはどういうことなのか。また小動物にとって麻酔をかけることは命を懸けるに等しい。どれだけうまい先生に診てもらっても百パーセント、安全に終えられるというものではない。

 その子にとってこのままでいることが幸せなのか、長く生きることが幸せなのか。どちらなんだろう。そして命を懸けるまでの意味はあるのか。もしこの手術で命を落としてしまったら、あの子とは会えない。

 僕はその子にとっての気持ちに立った時、選べなかった。だから僕の希望で手術を受けることにした。

 

 飼うという選択も手術を受けるという選択もすべて僕が選び取った。彼女は何を選んじゃいない。すべて僕の希望で彼女は飼われ、手術され、僕の手の中にある。

 1日目、かごから外へ出ることが怖かった。2日目、外へ出なければ飢え死ぬかもしれない。3日目、この肌色の物体は何か。時折、自分の体に触れてくるがいったい何を示すのか。4日目、かごよりももう少し広いものにあの肌色の物体が私を押し入れた。外に出られないが、時々開ける。

 387日目、ここはどこだ。私は何をされる。知らない。いつもはこんなところじゃない。私の口の中に何を入れる。やめろ。やめろ。やめろ。

 388日目、いつもの場所へ戻ってきた。お前たちは私に何をやった。怖い。今度は私に何をするのか。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 そういう思いでいるのかもしれない。その子が幸せだと思う保証がどこにある。どこにもない。けれど、ただの僕の希望かもしれないが、できるだけ一緒にいてほしい。

 その子は今日も僕のお腹の上にのってきて、今日も眠気眼で僕を見つめる。できる限りその子の眠気を守るように呼吸を浅する。彼女の額をそっと撫でて、一緒に寝た。

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