第2話 野菜炒めと資本主義

「野菜炒めは作ったことある?」

「野菜炒めくらいなら作ったことありますよ。」

 客は煙草をくゆらせ、一息をつく。

 地下から半分見える地上は煌々と電灯で照らされ、蛾が舞った。

 もうすでにシャッター街と化した商店街の中では雨から商品を守るビニールの天井も維持費を支払うことができなくなったのか取り壊されてしまった。

薄暗く営業しているかもわからないような店でも、なぜか人はきて俺に説教まがいをする。

「野菜炒めはとにかく、材料を入れて火にかけてまぜてりゃ3分ぐらいでできちまう。」

 新客は酔えば口が軽くなるタイプらしい。酒、たばこ、ときて最後に女でもいれば少しでも花がある話になっただろう。

「ただかき混ぜなきゃいい味が出ねぇ。ほっとくと焦げ付くし、混ぜすぎると肉に火がしっかりと通らない。」

 軽口になったとはいえ野菜炒めの話をされるとは同業の奴らも信じないだろう。

「なんかこれがさ、似てると思ってよ。」

「何にですか?」

「『神の見えざる手』ってやつにだよ。あんちゃん知っているかい。」

 片手のグラスをぐいっと一気に飲み、突き出してくる。同じ酒を準備する間、目の前の男は話を続けた。

「中学にでもなれば習うだろう。買うと売る、需要と供給は絶えず循環していて需要が少なくなれば、供給も減る。逆もまたしかり。過去にはそういう自然な流れがあるからこそ、政府は何の介入も必要ないという放任主義という考え方もあった。」

手首を使いグラスをまわす。そこにたまっていた原液の部分が浮かびあがりくねくねとした線が浮遊する。

 こりゃまた終着点が「神の見えざる手」だとは恐れ入った。

「かき混ぜなけりゃどこかが金が焼け付いちまうんだ。かき混ぜたと思っていたら一か所うまく回っていなくて火が通っていない。かき混ぜすぎていたら疲れちまう。神様は俺らで野菜炒めを作ってんだなってそう思ったんだよ。時々失敗するのはありゃフライパンのあおり方を間違えて盛大にひっくり返したんだろうよ。」

 ガハハハッ。

 静かに聞き耳を立ててた常連客達がその男の話を聞いて笑い声をあげる。僕はあまり笑えなかった。

「僕らはフライパンにしがみつかなきゃなんないし、しがみついてると焦げ付くしどこへ行けばいいんですかね。」

「そんなもんはほっといて酒でも飲んでいりゃいいんだよ。ほら、あんたにもおごるからさ自分の好きな酒飲みなよ。」

「じゃ、お言葉に甘えて。」

 僕は客が飲んでいるものと同じものをコップに注ぎこみ一気に流し込んだ。

「いい飲みぷりだね。あんちゃんはそんなこと気にしなくても何とかなるよ。」

「そうですかね。」

「そうだよ。」



 パチンコ帰りの通りにあるバーだがありゃ、気分がいいもんだ。店主が客の話をよく聞いてくれていた。ありゃ今後も生き残っていくバーになるだろう。一度来てみてくせになったね。

 十時まで打ち明かして今日もどっこいどっこいの成果だったが、酒を何杯か飲むくらいのお金はあった。定年退職してからというものあまり遊んでこなかったが家にいるくらいならパチンコでも行って来たらと妻に言われた。しぶしぶ行ってみたらパチンコはまぁいいもんだと思ったよ。

 朝は早起きしてパチンコのために雑誌を読み、昼、妻の買い物を手伝った後、パチンコへ行く。晩御飯はもちろん戻る。そしてまた出て行って家へ帰る。

「ありゃ良かった。今日も行ってみよう。」

 期待を胸に抱えて店へ向かった。いつも通りシャッターでとじられ通りを行った。街灯は今日も明るく等間隔に光る。

 そうして店についた。

「閉店。空テナント。御用の方は下記の電話番号へご連絡ください…」

 街灯の下には羽の取れた蛾が落ちていた。

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