2.怪奇!ニトログリセリン人間世に放たる! 1
その日の朝、明は11 時に事務所に出勤した。旭には資料室に来るように言われていた。
資料室では相も変わらずアキナリ氏が報告書を保存資料とするための編集作業を行っていた。
「おはよう」
アキナリ氏がにこやかに挨拶した。明も精一杯の笑顔で挨拶した。
「よく寝た?」
「はい。昨日はゆっくり眠れました。」
「旭さんはまだ来てないよ。もうちょっとしたら来るのとちがうかな?なんか大変なことにな
ってるみたいよ」
資料室のドアが開いた。旭がゆっくりと姿を現した。と、小柄な眼鏡の男性が続いた。
短く刈り上げられた上品な七三に淵のない眼鏡がぎらぎらと光っていた。
「おはようございます。こちら河村さんです。河村さん、研修生の」
旭が続けようとすると、河村がぎっと明を睨み付けた。
「旭さん、この任務は僕の任務です。それに研修生を同行させて良いような生易しい任務ではありませんよ。」
「でも、あんたはこの4 年間、見張ってるだけでなにもできませんでしたよね? 人型実体の誕生を許したのはあんたですよ? それに研修生を同伴させるかどうかは、私が決めます。寝ぼけたことを言わないでもらえますか?」
河村がなにか言いかけて口をつぐんだ。右の頬がぴくぴくと動いていた。
旭らは資料室奥の大きな四角い灰色の机を囲んで席に着いた。遠巻きにアキナリ氏が作業をしている物音が聞こえる。
「それで、今までの流れを説明してもらえますか?」
「…… もうちょっと待ってもらえないか?これは俺が追っていた山なんだ」
「言い訳は不要です。何故飛雄が生まれたのか、早く説明しなさい。」
旭が河村の目を迷いなく見つめながら言い放った。ゆっくりとした鋭い声が響いた。作業中のアキナリ氏の顔がこちらを向いた。
「飛雄じゃないかもしれない。」
河村氏が不承不承に口を開いた。
「白上という人がおりましてね。有名な人だ。ノーベル賞候補にもなった。ところが彼には不穏
な噂があった。それは死んだ人間を蘇らせようとしているのではないか、と。それについてはこちらも独自に調査をして、限りなく黒に近い答えは出た。それで俺は白上を4年かけて追ったわけだ。あんたにしてみりゃあ、4年も追ってなにもなかったと思うかもしれないが本当に、何の動きもなかったんだ。」
「必要な情報だけいただければ結構です。これ以上私に余計なことを言わせないでください。」
「…… 3日前だ。白上の研究室のコンビニエンスストアで強盗があった。コンビニエンスストアだけじゃない。近隣の小規模なところで強盗が相次いだ。その前日、白上の研究室から言い争うような声を聞いたという情報も入っている。白上の研究室には4年間、人の出入りがなかった。それが、急に言い争う声が聞こえたんだ。俺はずっとあいつを監視していたが、間違いなく、この4年間、奴以外、誰一人出入りしていない。入った痕跡などなかった。だが、急に人が増えたんだよ。」
旭が懐からいつもの大きな葉巻を取り出した。が、火をつけようとしてつけないままに、懐にしまった。
「ついにやったんだよ。白上は。あいつは人を一人、新しく生み出したんだよ。」
「不思議な話でしょう?人を一人新しくつくったのなら、早く収容してしまえば良い。と。強盗を働くような危険な人型実体なら、なおさら早く収容すべきだ、と思うでしょう?」
旭が明に言った。
「河村さん、白上の研究室にどんな危険物質がもちこまれていたか、改めて教えてもらえます
か?」
「…… ニトログリセリンだ。」
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