1.頭の皿 -13

 翌日、明と旭はSMDS 日本支部の事務所に呼ばれた。

 事務室で旭と明は机を挟んで向かい合った。旭は明の前に二枚の無機質な書類を差し出した。

「昨日はお疲れ様でした。結論から申し上げますと、あの後、CAT の活躍で斑紋派の河童たちは無事に確保できました。昨日収容された河童たちはエリア724に収容されています。彼らはそこで未確認動物として生涯を終えることとなるでしょう。今日は報告書を書いていただきます。」

 旭は胸ポケットからボールペンを取り出し、明に差し出した。それから先ほど差し出した書類のうち一枚を指さし

「ひとまずこれがうちの岩崎という捜査員が書いた報告書です。彼も斑紋派の河童をとらえたこ

とがありましてね。これを参考にして書いてみてください。」

 明はじっと書類を睨んだ。

 事務室に無機質なノックの音が響いた。旭がどうぞ、と叫んだ。大柄な男がぬっと姿を現した。

「旭さん、お疲れ様です。昨日はありがとうございました。おかげさまで」

「芥川君、聞いてますよ。負傷者ゼロとはね。流石じゃないですか。」

「運が良かっただけです。」

「彼も昨日、私に同行してくれていたのですよ。CAT の芥川君ですよ。見た目は怖いが優しいお

とこです。」

 芥川氏は頬を緩めながら明に向き直った。

「昨日はありがとう。おかげで助かった。すごく仕事がしやすかったよ。君のおかげだ。」

 一言断ると、芥川氏は書きかけの報告書を手に取った。

「旭さん、まだ手書き報告書を教えてるんですか?電子報告書で良いじゃないですか?」

「電子は書き慣れてからで結構です。今は文書のフォーマットをつかんでもらわないと。」

 芥川氏が退室すると、沈黙が事務室に残った。聞こえるのは明がペンを動かす音だけだった。

 彼は一時間かけて報告書を書き上げたが、旭がそれを却下したために、一定の形になるまでに二時間かかった。

 旭は明を資料室に案内した。

「ぜひ会って欲しい人がいましてね。河童に対して悪いイメージをお持ちだといけませんから。」

旭が司書のドアを開けると、無機質な事務机に向かって河童がのんびりと仕事をしていた。

「彼がアキナリさんです。アキナリさん、新人です。こないだの任務にも同行してもらいまして

ね」

「ああ、ありがとう。うちの馬鹿を止めてくれて。ごめんね。…… 僕は司書のアキナリです。見ての通り、河童よ。河童。」

 アキナリ氏は明と強く握手した。

「アキナリさんは河童国と日本の国交正常化の立役者なんですよ。」

「いやぁ、そんなすごい人と違うよ。外交官やったから。…… またうちの馬鹿が暴れ出したって

いうから、ひやひやしてたんよ。」

 アキナリ氏は明と旭に来客用の椅子を差し出し、冷蔵庫から適当に牛乳を取り出して彼らに勧めた。

「河童と人間はね、なかなか難しい関係やったんよ。でも、今となっては同盟国やもんね。すごいね。…… 君、河童と相撲したんか?」

「はい、相撲しました。」

 明が今までよりも心なしか快活に答えた。

「どうやった?強かった?」

「投げ飛ばされそうになりましたけど、急に向こうが転んでしまって。怯えてるみたいでした。」

「君、お父さんとお母さんは?」

「二人とも亡くなっています。」

「…… ああ、そういうことか。」

「なにかありますか?」

 アキナリ氏は明の後ろに目をやった。親愛なる友人に挨拶するような目であった。

「君のお父さんとお母さんがお不動さんみたいになって、君のことを守ってくれてるんよ。」

 アキナリ氏の磨き上げられた頭の皿が優しく光った。

 

頭の皿終

 

つづく

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